老婦人、おせん
「ちょいと頼みたいことがあってね、あとで結坊っちゃんを、あたしに貸しておくれよ。どうしても、子どもの手が必要なんだ」
数日前、蕎麦処の
「あの、きょうはどちらへ……」
「やまぎだ」
早足で歩く慈浪のうしろを、小走りでついていく
銭湯で顔見知りとなった女中頭の美津子は、結之丞から見れば母親のような年齢差があるが、彼女は独り者である。結之丞のように十代前半で奉公人となった者でも、雇われ先から独立できるころには三十を過ぎており、男であれ女であれ、生涯未婚の人がほとんどだった。また、身分制度の名残りがあり、武家や商家などの中上層では、同格の
「あらあ、結坊っちゃん。よくきたね」
「おみつさん、こんにちは」
「はいよ、こんにちは。
やまぎの暖簾をくぐり、床几に腰をおろした慈浪は、「
「さあ、結坊っちゃんは、こっちにおいで。時間がないから、説明はあとまわしだよ」
おみつに急かされたので席を立つ結之丞は、知らん顔をする番頭の表情を見て、自分が連れてこられた意味を理解した。いったいなにが始まるのか少しばかり緊張しながらおみつのあとをついていくと、蕎麦処の裏手に位置する小さな家に住む老婦人を紹介された。頭部はまだ黒いが白銀の長い髪をゆるめに束ねており、濃い茄子紺の着物がよく合っている。
「悪いね、結坊っちゃん。このひとは
おみつが身内の話を聞かせる間、老婦人は結之丞の顔を熱心に見つめていた。少年の心臓はどくんどくんと強い鼓動を刻み、なんとなく気まずく感じた。おみつの話によると、おせんには孫がひとり誕生したが、
〘つづく〙
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