蕎麦処、やまぎ
銭湯で顔見知りとなった
ある日、やや曇り空となった
「いらっしゃい、あらまあ、新右衛門さんに
慈浪が戸を開けて顔をだすなり、明るい声でおみつが近寄ってきた。奉公先で結坊と親しげな呼び方をする人物は、おみつが初めてだった少年は、なんとなく気恥ずかしい思いをした。おみつは、一階の床几ではなく、二階の客間へ慈浪たちを案内すると、注文をとって調理場へ戻っていく。
まもなく、盆に
蕎麦処の二階には客間だけでなく奥座敷があり、一階で蕎麦をすする者あれば、二階で情事に浸る者ありと落語で語られるほど、色気のある空間とされている。実際、蕎麦が茹でるまでの間だけと云って、男女が愛し合った。薬種問屋の大旦那は、よく蕎麦処へ出かけていき、なにやらすっきりした顔で帰ってくることがあった。気の強い抄子を組み敷くことができない大旦那は、
天麩羅そばを完食した結之丞は、手のひらを合わせ、番頭に向かって「ごちそうさまでした」と頭をさげた。奥座敷から着物の衿をゆるめた女が歩いてくると、目が合った手代たちは、そわそわと肩をゆらした。かつんと、廊下に
「新右衛門さん、新右衛門さん」
人数ぶんの勘定をすませ、長財布を帯に差しこむ番頭に、おみつが耳打ちをした。
「ちょいと頼みたいことがあってね、あとで結坊っちゃんを、あたしに貸しておくれよ。どうしても、子どもの手が必要なんだ」
慈浪もおみつも独り身につき、いざというときは、立場に理解を示せる仲間を頼るしかない。結之丞が外へでると、
〘つづく〙
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