異しかるもの
「
夢のなかの老婦人は、うれしそうに口をすぼめ、皺のある指で生地を畳の上にひろげると、正面に坐った結之丞へ感想を求めた。上質な絹糸で織られた生地の表面には
それからしばらくの間、老婦人は楽しげな時間を過ごしていたが、蕎麦処へ戻る時刻が近づき、おみつが結之丞の肩を、つんと指で軽く押すと、おせんの顔色が変わった。
「なによ、どうしたの。あなたったら、また千を裏切るつもり。いいえ、こんどは許しません。さあ、行きたければ行きなさい。ただし、千も一緒よ。もう二度と、あんな思いはしたくないの。わかるでしょう」
突如、取り乱す老婦人は、結之丞の胴体にしがみついた。驚いた結之丞は「わあっ」と叫び、とっさに老婦人の腕から
「だめよ、許しません。千を残していくなんて、約束がちがうわ。ひとりきりにするなんて、ひどいじゃない。どうして、そんなひどいことをなさるの。あさひったら、どこまで千に恥をかかせる気なの」
おせんは泣きそうな顔で結之丞を
「なんてこと、いま助けるからね、結坊っちゃん」
あわてて
「およし、おせんさん。こんな真似、しちゃだめだよ」
美津子の呼びかけに老婦人が応じるようすはなく、鬼のような形相で結之丞を押し倒すと、馬乗りになって衿をつかんだ。
「さあ、白状しなさい、
また名前が変わっている。老婦人は途惑う結之丞を見おろし、「一緒に連れていって」と訴えた。いったいなんのことかわからない結之丞は、沈黙を保つしかない。いつのまにか美津子の姿が見あたらないが、その理由はすぐに判明した。
「結坊っちゃん、無事かい」
蕎麦処で待機する番頭を呼びにいって引き返してきた美津子は、「新右衛門さん、頼むよ」といって、老婦人に馬乗りにされて身動きできない結之丞を指さした。
「どういう状況だ」
「おせんさん、悪夢なら、そろそろ醒めてもいいころだろうに……。さっきの子はね、おせんさんを助けにきたんだよ。ほら、しっかり顔をあげて、あたしを見てごらん。だれか、わかるかい」
「……み……つこ、お嬢さま」
「あはは、まだそんなふうに呼んでもらえるとは、うれしいねぇ」
老婦人は、おみつの腕に支えられて涙をこぼした。遠い記憶に悩まされ、いつまでも
〘つづく〙
※今回のタイトルは、誤用ではなく意図的です。前のお話と同じ「けしかるもの」とお読みください。
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