拠りどころ
菊世の初産は、
「わ、若旦那さま、申しわけありません……」
「あやまらなくても、だいじょうぶですよ。無事に、元気な男の子が生まれました」
「本当ですか。よかったあ」
すっかり寝過ごしてしまった結之丞だが、仮に起きていたとしても、お産の現場で力になれたかどうか不明である。昨晩、使用人たちが話していた内容や、白無垢を羽織った人影を見た記憶は、夢だったのかもしれない。赤子の誕生にホッと胸を撫でおろす結之丞は、深く考えないことにした。
田宮家じゅうに赤子の泣き声が響き渡るなか、使用人たちは
「しっかりしろ」
前のめりに倒れる千幸の肩を、脇からのびてきた太い腕が支えた。
「あっ、番頭さん!」
「小僧も、お疲れさん」
屋敷のなかへは足を踏みいれず、生まれたばかりの泣き声が聞こえる塀の向こう側へ耳を傾ける
「こいつはな、医者のくせに軟弱で、いつまでたっても手間がかかる。とくに、大量の血を見たあとは、毒気にあてられたみたく、ぼんやりしちまうんだよ」
千幸は十代のころ、蘭方医たちが設立した医療集会所へ、たびたび足を運んでいた。その帰り道、うずくまって動けずにいる彼を見つけだすのは、慈浪の仕事のうちだった。
「……慈浪さん、申しわけありません」
「いいから寝てろ。そのようすだと、
「……ええ。……ですが、
「そうか。よくがんばったな」
「……はい。ありがとうございます」
千幸は慈浪の背中に身をまかせ、浅い眠りにつく。お
〘つづく〙
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