「無為な日々」

これまで住み慣れた土地をとび出し

名古屋に来て

はや半年余りが経っていた

当初勤めていた栄にある風俗店は

店の女の子と半同棲をしていたのが露見し

三ヶ月たらずでクビになった

その後、仲の良い先輩の紹介で務めたのが

錦二丁目の長者町通り沿いにあった

当時、某有名ファッションヘルスの店である

奇抜なデザインの店構えで三階建て

一階は手前が社長のバイクの展示場所

その奥が倉庫、風俗嬢たちの撮影場所

一階から三階までのエレベーター

金色に輝く階段

上がって二階の扉を開けると正面に受付

左側に十人ほどが座れるバーカウンター

その後ろの壁一面の水槽には

様々な熱帯魚が泳いでいた

その奥にはカーテンで仕切れる

三つのボックス席があり

芸能人がお忍びで来た際にはここへ案内する

二階の右奥と三階は

全部で十九部屋の接客部屋

煌びやかなチャイナドレスを身に纏った

風俗嬢たちの待機場所兼休憩場所が

各階に一部屋ずつ

内装は高級ホテルを彷彿とさせた

その当時シフトが過酷だった

そのため店泊が許されていたため

朝早い者は皆、接客部屋で寝泊まりするのである

冷暖房にシャワー、ベッドもあるので

何不自由することはない

ただ、目覚めても窓がないので

時計をみなければ、朝か夜かもわからなかった

食事はコンビニで済ませ

一分でも早く眠りにつく

睡眠時間が四時間あればいいほうだった

目覚ましの音で飛び起きる

二階に降り、リストのホワイトボードを覗く

自分の他に三人が泊まっている

誰もいないバーカウンター

しんと静まり返っている

なかへ入ってフィルターをセットし

豆を入れ、お湯を注ぐ

じっと熱帯魚をみつめる

「……なに泳いどんだ?コラ」

魚にケンカを売ってみる

魚たちは無機質な眼でわたしを見つめ

身を翻して反対側に泳いでいく

コーヒーを啜りながら

セブンスターに火を点ける

深く喫い込み

肺の隅々まで行き渡らせる

そしてゆっくりと吐き出す

夢もない

とくにやりたいこともなければ

行くべき場所もない

現実がとおく霞む

吐き出した煙が薄暗い照明のなかを

所在なげに

ただ、漂っていた

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