「親」

「おまえはいったい何がしたいのだ」

「べつになにも」

「だったらこの家から出ていけ」

「こんな家出ていってやるよ」

その日のうちに

寮のある就職先と

翌日の高速バスのチケットを手配した

行き先は名古屋である

その夜

母にその意を伝えると

溜め息がひとつ

返ってきただけであった

なにを言っても

覆ることはないというわたしの性格を

よく理解しているのだ

二度と戻ってくるつもりはない

それでも

これまで何不自由なく育てられた

その感謝の意は伝えなければと

そうおもうわたしは

翌朝、父はどこかと母にたずねると

早くに出ていないとのこと

感傷に浸っていた自分が

馬鹿らしくおもえた

玄関先で母が

父からだといって封筒を渡してきた

わたしは中をみようともせず

鞄に投げ入れた

武生インターまで母に車で送ってもらい

雨のなか

ふたり静かにバスを待った

乗り込む際に母が一言だけ

「身体に気をつけて」

と言った

見えなくなるまで

ずっと見送っていた

バスの中で封筒をあけた

中には一万円札が十枚入っていた

いつの日か

かならずまた戻ってくるから

いつかまた……

そうこころのなかで呟いた

十九の春であった

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