「祖父」

遠い昔の記憶は

あまりないのだが

ひとつだけ

はっきりと憶えていることがある

わたしが二歳半のじぶんに

祖父が亡くなったのである

肺癌であった

父方の祖父で

初孫であったわたしは

たいそう溺愛され

とても祖父になついた

何処へ行くにもついてまわっていた。

その当時

越前海岸の沿岸道路(現しおかぜライン)は

まだ有料道路であり

祖父の職場までの途中にある料金所で

釣り銭を受け取り、財布に収めるのが

わたしの仕事であり

楽しみであった

祖父は職場までの道中

幾度となく車を停め

道端におちているゴミや

空缶を拾いながら

毎日通勤するのである

事務所には祖父しかおらず

仕事をしている傍で

わたしは一人工作をしたり

海を眺めたりして過ごした

祖父の葬儀は今でも

鮮明に憶えている

仏間で横たわる祖父

その枕元に座り

祖父の顔を黙って見詰める父

父の横に座り

その二人を眺めているわたし

祖母や参列者は

皆泣いていたが

父は最後まで涙を見せなかった

後に母から聞いた話だが

亡くなったとの連絡を

真夜中に電話で受けた父は

その場で腰を抜かしたらしい

わたしは子供ごころに

その場の雰囲気と

父の姿をみて

人というのは

いずれこうなるのだと認識した

それが死というものだと

知ることになるのは

また後の話である

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