「追憶」

これまで忘れていた

幼い頃の遠い記憶

まだ三歳くらいだったろうか

これまで暮らしていた

矢放町の団地から少し離れた

四郎丸町にある一軒家へと

移り住んだばかりだった

わたしは母に

公園にいこうとせがんだ

小雨の降るなか母とふたり

近所の公園へと歩いた

こまどり第一公園という小さな公園

奥の角には大きな桜の木があり

葉が生い茂った屋根のあるベンチ

ひととおりの遊具があり

どれも雨に濡れていたが

わたしはかまわなかった

さほど高くはない平均台

わたしは母の注意を聞き流し

その上を歩き始めた

二、三歩目で足を滑らし

錆びついた濡れた鉄の台に

したたかに顔を打ちつけた

なにが起きたのかわからなかった

鼻から血が止めどなく噴き出てくる

息ができず

気が遠のいていく

母はわたしを抱え

走っていた

薄れていく意識のなか

その腕のなかで

母の顔を見上げていた

青ざめた顔で

いまにも泣きだしそうに

小雨の降るなかを

必死に走っていた

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