「牛落としの谷」

この谷の下には

無数の骨が散らばっていたであろう

それらはすべて

牛の骨である

病気や怪我で動けなくなり

畑仕事ができなくなった牛を

この漁村の村人たちは

海岸沿いの谷へ

まるで使い古した道具のように

投げ捨てにきたのである

これまで共に働き

共に生活してきたのだ

その者たちに

生きたまま投げ捨てられるのである

すぐに死ねればまだよい

死にきれずに

苦しそうに

哀しそうに

なんともいいようのない

噎び哭く声が

誰もいない闇夜の中に

響き渡っていたという

幼かった父は

暗闇の中

そこを通るたびに

耳を塞いで駆け抜けたそうである

いまでも夜ともなれば

昔と変わらぬその崖の下から

冷たい波風が吹き上がり

その風の音は

彼等の哀しい哭き声のように

きこえるではないか

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