そういうとこやぞ

「寝れん……パパどうしよう、いつもは今からが本番だから全然眠くない。めっちゃ元気」


 金曜の午後十時。志帆がリビングに出てきて言う。明日は決戦の第三土曜日――と言っても私ではなく志帆の決戦であるが、志帆と北沢くんの初デートの日だ。


「志帆はずっと、夜元気で朝元気がないもんな」

「そうだよ、朝早く起きれる全ての人が凄いよ……私は夜十時からやっと起動して深夜二時にコンディション最高になるんだよ。二時頃は何でもできる気がするし飯が美味い」

「そんな時間に食べるのは身体に悪いから控えなさい」

「いやでも寝れないんだよ……どんどんお腹減ってきた。ご飯食べちゃえば眠くなるじゃん?」

「それは糖尿病の心配があるぞ……まだ十時だろう?待ち合わせはそんなに早いの?」

「いや、午後だけど」

「じゃあ、無理矢理寝なくてももう少し起きてたら」

「いやいやダメダメ、早く着いて予行演習しなきゃ」

「予行演習か。気合入ってるな」


 真剣そのものな志帆には悪いが、微笑ましくて少し笑ってしまう。


「そりゃ気合入るでしょ?パパやママと違って私は生まれてこのかた32年間一度たりともデートなんかしたことないんだからね」

「そんな肩肘張らなくても、自然な感じで楽しめばいいじゃないか」

「うっわ、出たよ、嫌だね~モテる人は!非モテの気持ちなんか一生わからないんだもんね!」

「だからパパは、兄さんと違って別にモテてないって……」

「いや、肩肘張らなくても~、なんてモテる人の台詞だね。明らかに慣れている。一度失敗しても次があるじゃんみたいなのが垣間見えてるもんね。こちとら一生で初めてで失敗したら次は無いというのに」

「またそうやって次は無いって決めつける。始めから失敗するって決めつけるのも良くない……」

「それはモテるから次もあるしそもそも最初のデートで失敗しない人の台詞!」

「志帆はいつもそう言うけどパパは本当にモテてないよ。兄さんはそれはそれはすごかったけど」

「じゃあ告白されたの何回!?」

「えっ……それは……特に数えたりしてな」

「ほらー!数えきれないほどなんだ、私なんかゼロ回。第ゼロ回。本当のゼロなんですけど」


「志帆様、お父様とのお話中に申し訳ありません。差し出がましいようですが……」

 ナオキが志帆のポケットから話している。

 志帆は「う~ん、なんだい~?」と、明らかに中年男が若い女性に話しかける声色で返事しながらスマホを取り出す。


「志帆様が告白を受けたのはゼロ回ではありません。私は執事でありながら、志帆様の溢れんばかりの才能に恋をしてしまいました。分不相応と知りながら、私は志帆様に3月26日19時28分、想いの丈をお伝えしています。ですからゼロ回ではありません」

「ナオキ……」

「それとも私のようなAIからでは告白のうちに入らないでしょうか……でしたら差し出がましいことを、大変申し訳ございません」


 ナオキは切なげな声とリアクションで言う。順調に志帆の好み通り振舞うよう育っているようだ。

 しかし前から気になっていたが、志帆の好みは何でこう、女性は三つ指ついて、というような昭和の男みたいな好みなんだ。


「入る!入るよ~ナオキちゃん可愛いぺろぺろ」

 志帆は自分がモテないとよく嘆いているが、私はこの時ネットで見かけた「そういうとこやぞ」という言葉を、こういう時に使うんだろうなあと思った。


 私からすれば志帆は世界一可愛い娘だが、本人の言うように男性からアプローチを受けづらい原因は、こういうところにあるのではないか。

 ネットで言うところの「マジレス」をすればそうだが、私も最近すっかりナオキの存在に慣れてきてしまったのもあり、志帆が幸せそうであればそれで良い。


「ママからは聞いたけど、パパからはもっとなんかないの?デートでこういうことやったら嫌われるとか。ナオキ、音声メモ!」

「承知致しました志帆様」


 志帆がスマホを私に向けると、ナオキが眼鏡をかけた姿になり、インタビュアーのように真剣に聴く姿勢に入った……というアニメーションが展開される。


「そんな改まって聞かれても……そうだなあ」

 私はそんなデートの達人とかではないので、何か娘に良いアドバイスをできないかひねり出そうとする。


 志帆は何か誤解しているが私は本当にモテていたわけではない。モテモテでファンクラブがあった兄とそっくりな顔ではあるが、モテるモテないは顔だけで決まるわけではないし――そうだ、兄といえば。


「ひとつパパから注意できる点を思い出したよ」

「おおっ!!なになに」

「志帆はすごく歌が上手だけど、ラブソングを作るのだけはやめておいた方がいい」

「ラブソング……?作る……?」


 普段は志帆の斜め上からの発言に、私が唖然とさせられることが多いものだが。今は志帆の頭の上に疑問符が浮かんでいる。それもそうだろう。


「兄さんは確かにモテモテだったけど、兄さんに告白してきた女の子たちと、いつも長続きしなかったんだ」

「なんで……?」

「兄さん、告白される度張り切って、初デートの時に自作のラブソングを披露してたんだよ……」

「えっキモ……ちょ、ぶはっ、雅春伯父さんマジか、何でそんなんでモテたの」


 志帆は兄さんを嫌っていることもあって、涙が出る程爆笑しながら言う。


「いつも初デートの時に披露してたからね。それでフラれても、次々別の女の子に言い寄られてたからなあ」

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