Family Name
七色いずも
娘の部屋で
「お父さん……♡だめ……らめぇ……♡」
私は娘の部屋に立ち尽くし震えていた。指先が段々と冷えていくのに対し、掌には汗が滲んでくる。
私の手の中で、妙に瞳の大きなおかっぱ頭の少女が――眼鏡をかけた青年に組み敷かれ、頬を赤らめ悶えている。
少女は「だめ」「いや」などとハートマーク付きで無意味な感嘆詞を発しているが、その表情は妙に蠱惑的であり、しっかりと青年の腕にしがみついている。私の手の中で。
何だこれは。
十四歳になる娘の部屋で、私はとんでもなく如何わしい漫画を見つけてしまい戦慄していた。
「だめ……僕、男の子だよぉ♡」
何だこの子は、男の子なのか……いやいや待て待て、そういう問題ではない。
問題はこの子が如何わしい行為の相手を「お父さん」と呼んでいることだ。更に最初の方のページでは、このおかっぱ頭の少年が中学二年生であることが示されていた。二重に問題がある。
娘が性的なものに興味を持つのは、まあ、年頃だから仕方あるまい。
私自身は早熟でなかったため、あまりそういうものを欲したことのない中学生だったが、友人たちは揃ってベッドの下やアンプの後ろにそういうものを隠していて、半ば無理矢理見せられたこともある。だから気持ちはわからなくもない。
年頃の女の子の部屋にあるものを、勝手に見た私も悪かった。これが単に、少女漫画の性的表現の強いものだったなら、そっと私の心の中だけに留めておくこともできただろう。
しかし中学二年生の男の子とその父親が肉体関係を持つというこのストーリーは、いくらなんでも倫理的に問題があり過ぎる。
もっと問題なのは、これは書店で購入した本ではないということだ。
表紙を見ると作者名には「†彩虹 真斗†」とある。
この短剣符が何を意味するのかはよくわからないが、これは娘のペンネームだ。娘は通学鞄や筆箱など、ありとあらゆるところにこの名前を書いている。
そう、これは娘が自分で描いた漫画だ。大学ノートに鉛筆で描かれた、娘の「作品」なのである。
テレビゲームに夢中になっている娘に、そろそろ宿題をしなさいと言ったところ「今手が離せないから部屋からとってきて」と返ってきた。
自分で取りに行きなさいと言うべきだったが、娘に甘い私はやる気はあるのだからと、彼女の部屋に向かった。
娘の部屋はいつも雑然としており、アニメやアイドルのポスターなどが壁一面に貼られている。机の上に大学ノートが数冊あったがどれが宿題なのか分からず、そのうちの一冊を手に取ったところ、娘のとんでもない「作品」を発掘してしまった。
子育ては日々、思いもよらないことの連続だ。
私は父親になって十四年であるが、そう来たか……描いたのか。自分で。こういう漫画を持っていただけでも大問題なのに、自分で描いてしまったか。
絵心がゼロの私から見れば、人物の顔以外が少々雑であるが、中学生でこれだけ描けるのは素直に感心する。「お父さん」と呼ばれているキャラクターが若すぎるのではないか?という違和感はあるものの、十分漫画として読むことができる。
これが普通の、可愛らしい少女漫画だったなら。将来有望だと喜ぶこともできた。
年頃の娘のことで頭を悩ませるなら、もっとこう、あるだろう。
クソ親父と呼ばれてしまうとか、私のものと洗濯を一緒にするなと言われるとか、ヘビーな問題なら悪い男と付き合っているようだとか。これは想定外すぎる。
「娘が、父と息子の近親相姦の漫画を描いている」なんて悩みを、誰に相談すれば良いのだろう?
娘の将来が心配でならない……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます