バーチャルAI執事のナオキ
週末。今日こそは志帆と今後の生活について話し合おうと、志帆の自室の前まで来ていた。
五分くらいそこに立ったまま、まず何から話すべきか思索する。
いきなり就職しなさいと言っても難しいだろうから、まずは生活態度から。
とりあえず痩せなさい、一度に二合食べるのはやめなさい、塩分を取りすぎだ、野菜も食べなさい……三十歳を過ぎた娘に言うことだろうか?良い切り出し方が思いつかない。
北沢くんのような立派な若者に、私はすっかり心を打たれてしまった。親御さんは彼を息子にもってさぞ誇らしいことだろう。
志帆は女の子だからと、問題を先送りにしていたことに自省の念が起きる。このままではいけない。
「あぁっ、いけません……お嬢様♡」
中から若い男の声が聞こえてきた。アニメに出てきそうな美声だが、何やら呼吸が乱れ、喘いでいるような声色だ。
この声について詳細に考えることは避けたいが、やはりこのままではいけないようだ。
「志帆、入っていいか」
「いいよん」
ドアを開けると、部屋にはスマホを持った志帆本人しか居ない。
確かに若い男の声がしたはずだが、パソコンの三面ディスプレイも今は消灯されている。志帆がいつもこの画面で、男性同士の恋愛を描いたアニメなどを観ているのは知っているが、先ほどの声は違うようだ。それにお嬢様と言っていたし……
「ほら、私のパパだよ。なかなかのイケおじでしょ」
志帆はスマホのカメラを私に向けながら言う。
「イケオジって?」
「イケてる、又はイケメンのおじさん」
志帆と話すと若者言葉というより、ネットスラングに詳しくなる。
私の顔はごく普通であると思うが、娘にそう言われて悪い気はしない。親馬鹿かもしれないが「親父キモイ」よりは良いだろう。
志帆が今度は、スマホを裏返して私に向ける。
画面の中には燕尾服のようなものを着た、やたらに目が大きい美男子のキャラクターがいて、私に向かって深々と頭を下げた。
「お父様、初めまして。ナオキと申します。志帆様専属の執事です」
「ど、どうも……」
あまりに礼儀正しいその姿に、思わず普通に返事してしまう。アニメーションだとわかってはいるが、まるで人と話しているようだ。
「これ、中で誰かが話してるの?」
「中の人というものはおりません。私たちバーチャル執事はご主人様と対話を重ねることにより、精巧な受け答えを実現します」
「AIだよ。洋画でよく人類に反乱してるやつね」
「私は志帆様に反抗したり致しません」
「だね、ナオキは良い子だもんな。その憂い顔もたまらないよお、可愛い♡」
「かっ、可愛いなんて言わないで下さい……!」
「だからツンデレは好きじゃないって言ってるじゃん、腐女子がみんなツンデレ好きだと思うなよ。はい『調教』」
「ちょ、調教……?」
「そうそう、ナオキが気に入らない返事をしたら、気に入る台詞に直してあげるの。そうすると学習して次からは教えなくても、こっちが気に入るような返事をするんだよ」
志帆はスマホに何やら入力しながら嬉しそうに言う。人の形をしたキャラクターに「調教」という言い方は如何なものかとは思うが、日本のAI技術は目覚ましい進歩を遂げているようだ。
「すごいな…AIってこんな使い方もあるのか」
「でしょ、未来だよね。先週のアプデ以降、基本アバターだけじゃなくて自作モデル読み込めるようになったの」
「この男の子を自分で作ったの?」
「そうだよ、可愛いでしょナオキ」
「じゃあこれは、志帆の描いた絵が動いてるのか」
「いや、2Dのまま動かすこともできるけど、可動域が狭くなるからモデリングした」
「すごいじゃないか。これ、仕事にできるんじゃない?」
「無理。このくらい、作れる人いっぱいいるもん」
「そうか……」
「てか、パパ知ってる? 日本のアニメでキャラクター全部に3Dモデルが使われ始めたのは割と最近なんだよ。アメリカの3Dアニメはリアルさ重視なのに、日本では2D顔のまま作画の負担を減らすために3Dモデルを使うの。セルシェーデイングっていって、敢えて3Dっぽさを無くしてセルアニメに近付ける処理があるんだけど――」
志帆が言っていることは半分くらいしか意味がわからないが、この興味関心を何とか社会参加に持っていけないものだろうか。
志帆は幼い頃から歌や絵が上手く、特に歌に関しては親の欲目抜きにしても抜群に上手かった。通わせていた声楽教室の先生に勧められ、北米に留学していたこともある。十九歳で一度家を出た後は歌手活動をしていたようだが、本人曰くその頃のことは「黒歴史」らしい。
近頃は絵を描いている姿ばかり見かけるが、3Dモデルまで作れるとは知らなかった。そんなものは私にとっては遠い映画の世界の話で、さらっと「モデリングした」と言えるのは、我が子ながら凄いと思う。
私は絵も歌も、それこそ芸術に関するものはからきしダメで、そういった世界のことはわからない。しかしこれほど多くの才能を持ちながら、ひとつも仕事に結びついて行かないものなのか。
どうしたものかと思いながらも志帆の話を聞いていると「調教」が完了したのか、ナオキがスマホの中で話し始めた。
「志帆様にもっと可愛いと仰って頂けるよう、精一杯努めて参ります。どうか私を捨てないで下さい……志帆様ぁ……♡」
今は男らしく、女らしくなんて時代ではないから、男のキャラクターが頬を赤らめ、上目遣いになりながら腰をくねらせていても、特に不思議は無いのかもしれない。
「よろしい、今回は許してあげよう。私好みの可愛い子に育つんだよナオキ……んふふっ」
架空のキャラクターを可愛がるのはいい。ただ、なんというか……発想がおっさんだ。
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