渡貫くん聞いてるぅ?

「渡貫くん、ねえ今度は銀龍に三人で行っちゃおう。小野田社長に内緒で!」


 スパイ行為をお断りしてから半年、私と真野さんと鈴木さんの三人は、およそ予想した通りややこしいことになっていた。

 断り切れず三人で呑んだところ、真野さんと鈴木さんが仲良くなってしまったのだ。


 真野さんはクネクネと私に纏わりついてはしゃいでいる。鈴木さんと仲良くなってからは、副社長室以外でもこれだから私にとってはたまったものではない。


 銀龍は何も小野田社長の持ち物ではないのだし、自由に行けば良いと思うのだが。真野さんはまるで、先生に隠れて何かするのを楽しんでいる学生のようだ。

 本当に、卒業から一体何十年経っているのだろうか。


「せっかくの機会なので、鈴木副社長とお二人でおいでになられては如何でしょうか」

「そんなつれないこと言うなよぉ。渡貫くんがいなきゃ始まらないじゃないか」


 私は何も始まってほしくはないのだが。


 同じ会議に出席するので仕方ないが、真野さんにあれこれ仕事と関係ない話をされながら廊下を歩く。

 しかし、私も人のことは言えないかもしれない。実はここ数日、社内で北沢くんと偶然会えることをずっと願っていた。


 志帆が北沢くんと交際を始めてそろそろ半年経つが、このところ彼と連絡が取れないらしい。メッセージアプリや電話も全て、無視されているというのだ。

 当初は「忙しいんじゃない?」と宥めたが、そのまま一週間経ち、二週間経ち、志帆は落ち込んでいる様子で、一度に食べる白米の量も減った。(それ自体は良いことだが)。


 北沢くんが欠勤している様子はない。私から聞いてあげたいのは山々だが、成人同士であるし親が割って入るのもどうかと悩む。

 たまたま顔を合わせればそれとなく様子を窺えそうだが、そういう時に限って、広い社内で偶然顔を合わせることがない。


「渡貫くん聞いてるぅ?」

「はい、聞いております――」

 心ここにあらずで真野さんの話を聞き流しつつ歩いていたが、エレベーターホールが見えてきたところで、私は驚きに足を止めた。


 ちょうど真中の一基から、北沢くんが降りてきたのである。急に立ち止まったので背中に真野さんがぶつかってきた。


「痛いなぁ、渡貫くんちゃんと前見て歩きなさ――おや、広報のハンサムくん?」


 北沢くんは私と真野さんに深々と頭を下げた。

 今は真野さんが一緒なのでプライベートなことは話せない。真野さんに志帆と彼とのことを知られたら、絶対にややこしいことになるからだ。


 無言で見つめ合ってしまう私と北沢くんを、真野さんは後ろから交互に見ては、流石にただならぬ気配を感じ取ったらしい。予想外に大人しく様子を見守り始めた。

 上役の私たちが動かないので、北沢くんもエレベーターホールに立ち尽くしたまま動けないでいる。


 このままこうしていても仕方がないか……


「……き、北沢くん。志帆が君と連絡が取れないって、心配していたよ」


 真野さんが「エッ⁉」と大げさに声を上げ、どういうことなのか聞きたそうにしているのを背中で感じるが、今はそれどころではない。


 北沢くんは目を伏せて少し考えていたが、一歩私に近寄ってきて応えた。


「そのことなんですが……一度三人でお話できますか」

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