失敗してごめんね

「城南大学医学部附属病院です。渡貫雅人様の携帯電話でよろしいでしょうか」


 私はあの日以来、城南大学医学部附属病院が怖い。

 娘の命を救ってくれた病院だというのに。


 志帆が実家を出てから五年経った頃、夕方だっただろうか、城南大学医学部附属病院から電話がかかってきた。雅子の勤務先とも違うし、会社の定期検診を行う病院とも違う。


「救命救急センター看護師の、如月と申します。お嬢様が当院に搬送されましたのでお越しいただきたく――」


 それから如月と聞いてもヒヤリとするようになってしまった。如月さんは若い看護師さんで、娘が退院するまでずっと気にかけてくれ、お世話になった方なのに申し訳ない。


「詳しくは担当医の西島よりご説明いたしますので、どうぞお気をつけてお越しください」


 娘の命の恩人である西島先生の名前にも、もちろん今でも反応してしまう。西島さんは取引先やご近所にもいる苗字なので、いちいち反応することになる訳だ。



 それくらい、娘が薬物の過剰摂取で自殺未遂を起こしたことは、私の人生において最も衝撃的な出来事だった。



「吐くの辛すぎて、自分で救急車呼んじゃった。失敗してごめんね」


 一命を取り留めた志帆は、私にそう言った。


 志帆は一人暮らしをしていた当時、あまり実家に帰らなかったので、その頃の彼女に何があったのかはわからない。

 ただ、私は娘に、自殺を「失敗してごめんね」と言われてしまうほど、それほどまでに育て方を間違えてしまったのかと、比喩でなく足元がぐらついた。


 志帆は幼い頃から感情の起伏が激しく、よく癇癪を起こす子ではあった。しかし私は、志帆はおしゃべりで自分のことを話すのが大好きな、どちらかと言えば社交的で明るい性格だと思い込んでいた。


 志帆が自殺を試みたということ自体、どこか非現実的に思えた。


「誰かに襲われたりしたのか」

「私なんかを襲う人がいるわけないでしょ」

「じゃあ、お金を騙し取られたり――」

「それは大丈夫。誰にも一円も取られてないよ。安心して」


 今思えば、駆け付けてすぐに理由を聞くべきではなかった。本当にそれらを苦にしてのことだったらどうする。

 私はそこに思い至らないほど、思い至ることができないほど狼狽えていたのだろう。


「じゃあ、何で――」

 いつの間にか私の方が涙声になっていて、病室のベッドに横たわる志帆は困惑した表情で言った。


「パパには理解不能だと思うけど、自分の顔が嫌で……」


 本当に理解不能だった。


 志帆が中高生の頃、何度もそう訴えていたのは知っている。

 女の子だし、思春期特有の誰にでもよくある悩みだろうと片付けていた。私が男だからかもしれないが、容姿についての悩みと自殺は、私の中では到底結び付かない。


 それに親の欲目と言われようと、志帆は私にとっては可愛い娘でしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る