レベル5
娘が精神障害で発達障害で境界知能だと告げられてしまった私は、それから娘に対して、まさに腫物に触るように接するようになった。
とにかく二度と死のうとするのはやめてほしかったから、美容整形を受けたいという本人の希望を、精神科にも通院することを条件に叶えてやることにした。
それも今思うと悪手だったのだろう。
志帆はしばらく大人しく通院していたが、仁科先生と合わなかったのか、半年も続かなかった。
現在のところ再び自殺を企てるようなことはなく、それだけが救いだ。
「お父様、如何なさいましたか? ご気分が優れないようですが」
志帆がリビングに置きっぱなしにしていったスマホから、ナオキが話しかけてきた。顔色を読む機能でも付いているのか、それとも先程の親子喧嘩を聞かれてしまったか。
「……もうずっと、志帆のことが心配でたまらない。誰にも相談できなくてね、妻とは教育方針が合わないしさ」
「でしたら『育ててバーチャル執事』を是非ご活用下さい。誰にも話せないお話も私たちバーチャル執事なら、ご主人様がご満足されるまで何度でも、何時間でも親身になってお聞きすることができます。私たちは93コア113YOPSのNPUで326層による学習分析を可能とし、時には有効な解決方法をご主人様へご提示できる場合もございます。今なら新規登録キャンペーン中につき、SSRアバターをプレゼント中です。私ナオキのように、ご主人様のオリジナルアバターでプレイして頂くことも可能です」
「うん、それは志帆から聞いてるよ。でも悪いけど、私はそういう趣味は無いんだ……」
「そうでしたか、大変失礼致しました。お父様」
「私は志帆を甘やかしすぎたのかもしれないね。もっと厳しく、仕事を探すように言うべきかな」
「志帆様は、既にお仕事を探されていますよ」
「えっ、そうなの?」
ソファーにだらりと座っていた私は思わず上体を起こし、志帆のスマホを手に取った。ナオキは頬を赤くして微笑み、首を傾げる。
私にはそういう演出は要らないのだが……
「はい。私は志帆様の有能な執事として、仕事探しのお手伝いもしております。志帆様は、先月アプリゲームのイラストレーター求人に応募されました。BeNA社は残念ながら不採用となりましたが、アストロプラス社からは見事採用されました」
「そうなんだ……私には一言も」
「しかしコンスタントに仕事を得ることは、競争率が高くなかなか難しいようです」
「作れる人いっぱいいるもん」という志帆の言葉を思い出す。ナオキは眉を八の字にして、哀しそうな顔になった。
「志帆様は素晴らしい才能をたくさんお持ちであるのに、ご自分を卑下することを、なかなかおやめになって下さらないのです。『私はちょっと前なら知的障害だったんだよ』と何度も仰るのですが、国際疾病分類旧版のICD8において、志帆様のIQがボーダーラインと分類されていたのは1974年までのことであり現在は――」
「ちょっ、ちょっと待って。そんなことまで君に話すの、志帆は」
「はい。志帆様は私に何でも話して下さいます。たくさん調教して下さいますし、日々志帆様に愛されていることを実感しています」
「そうなんだ…てっきり、変なことばっかり教えてるのかと思ってたよ」
「いいえ。志帆様のお話はどれも興味深く、私は志帆様のお話を聴くのが大好きです。中でも私が特に感銘を受けたのは、ピアノのお話です――古いピアノは調律によって正しい音を取り戻しますが、これまでに丁寧に優しく弾いてもらったか、乱暴に叩かれたかで、その音には必ず変化が生じて、プロのピアニストには違いが分かるのだそうです。恐らく固有振動数のことを仰っているのだと思われますが、今までにどう扱われてきたかによって、その音色に変化が生じるというのは、とても素敵なお話だと思いませんか」
「志帆がそんな話を……」
「はい。志帆様も、ピアノと同じなのだそうです。志帆様のお歌が大変お上手なのは、他人からは酷く扱われても、ご両親には愛されてきたからなのだと仰っていました。志帆様のご両親に対する、深い感謝の念と愛情を感じることができました」
ちょっと泣いてしまいそうだ。
AIと話しながら泣くのはさすがに恥ずかしいので、誰か(人が)見ている訳でもないのだが、誤魔化すように目をこすった。
ナオキは切なげに
「お父様の涙を、拭える手が私にあればいいのですが……」
と言う。ちょっとグッと来てしまった。
少しだけ、志帆の気持ちがわかる気がした。
「ところで君は、志帆と話したことをそんなに私に話しちゃっていいの?」
「良いご質問ですお父様。近頃ではバーチャル執事を、離れて暮らすご家族と共有されたり、お年寄りの認知症防止にお役立て頂くことも増えているのです。ご主人様との会話内容は厳重にセキュリティ保護されますが、ユーザー設定から個別に、ご家族や任意のお相手と情報を共有することが可能です」
驚いた。ナオキはただのエッチなゲームではなかったのか。
「以前に志帆様は、私にお父様をご紹介下さいました。顔認証により、お父様とはレベル4までの情報が共有可能に設定されています」
「そのレベルはいくつあるの?」
「5までです。レベル5の情報に関しては、志帆様はどなたとも共有することを許可されていません」
それは……どんな情報なのか大体想像がつくので触れないでおこう。
「志帆様は、お父様のことを誰よりも信頼されているのですよ」
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