うまいけどブスだから死ね
私は意を決して「しほりん」を検索してみることにした。
検索窓に入力すると、重なるように「しほりん ブス」と出てくる。
続いて「しほりん 不細工」。
以前志帆から教えてもらったが、これはサジェストといって、多くの人々がこのワードを関連付けて検索しているということらしい。
「しほりん 歌唱力」「しほりん 歌うまい」などもあったが、ずらりと並んで出てきた半分以上がネガティブなワードで埋め尽くされており、早速めげそうになった。
しかし本気で志帆と向き合うのなら、志帆が「他人からどう見られているか」を知る必要がある。
インターネット百科事典・ピキペディアというものが、検索結果の一番上に出てきて「しほりん」の経歴を見ることができた。
志帆が黒歴史だと言って、私には教えてくれなかったものだ。
上部に「このページは荒らし行為により編集保護されています」とある。特に中傷するような文章は見られなかったが、察するに、今は何らかの規制が働いているのだろう。
続いて動画検索から、一番上にあるものを再生してみる。
ライブの様子を撮ったものなのか、今より40キロ以上痩せていた頃の志帆が、女の子らしい衣装を着てステージに出てきた。衣装の色はやはりターコイズブルーなのだが、しっかり化粧もしている。
今日パーティーの為にさせたヘアメイクに、セットで付いていたのを除いて、実家に帰ってからの志帆が化粧をしたところを見たことが無い。なので新鮮な感じだ。
志帆の言う通り、低評価は7万件――それから増えたのか、73261件ついていた。再生回数は二千万回を越えている。
すぐに開いたことを後悔した。
コメント欄には「ブスは消えろ」「うまいけどブスだから死ね」などの、およそ面識の無い人間に言うとは思えない言葉が並んでいる。
SNSでの誹謗中傷が問題になっているのをニュースで見てはいたが、私自身はSNSなどをやらないし、どこか外の世界の話として見ていた。
しかし今、ターゲットになっているのは私の娘だ。
見ず知らずの人間に、こうも心無い言葉を投げつけられるものなのか。僅かに歌唱力を評価するコメントが流れることもあるものの、ほとんどは志帆の容姿を罵倒するものだ。
「怒ったところを見たことがない」と会社で言われている私だが、腹の底から燃え上がるような怒りが湧いてくる。だがこれほどたくさんの匿名の悪意に対して、何をすればいいのか。ひとつひとつに法的措置を執ることは現実的でない。
それは志帆もわかっているのだろうし、これを私に見せたかった理由は「パパこそ現実を見てよ」ということに尽きるんだろう。
志帆が私に知ってほしかったのは恐らく、ネット上の誹謗中傷だけではない。世間の志帆を見る「目」そのものだ。容姿を罵倒するコメントの他には「ババア」や「BBA」などが目立つ。
普段の生活では、匿名の誹謗中傷ほど直接的なことは言われないかもしれない。
それでも志帆の言うように、世間には女性だけに理不尽に求められた若さや容姿の基準があり、その基準からあぶれた人を見下し侮辱するような、無意識の悪意が確かに存在するのだろう。
私個人がたまたま、女性にそういうものを求めないタイプなので意識してこなかったのか。否、私だって志帆が三十歳を過ぎてしまったから早く結婚を――と焦っていたではないか。
志帆の被害妄想が強いのは、診断を受けてからは病気のせいだと思っていた。
違う。私が被害妄想だと決めつけていたそれは、恐らく志帆が今までに、実際に他人から言われてきた言葉だ。
志帆はずっとSOSを出していたのに、思春期だから、女の子だから、よくあることと軽く捉えていた。
自殺未遂を起こした時でさえ、そのような行動に出たのは病気だからで、心のどこかで、自殺に追い込まれるような外的要因は無いと決めつけていた。
何より私は志帆が可愛いとしか思えないから、確かにそこにある志帆の苦しみを無いものとして扱い、無視してきたのも同然だ。
やっと気付いた。私はどうすべきだったのか。
それはたぶん、ただ「辛かったね」と認めてあげることだった。
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