黒い涙

「えっ何パパどうしたの……何で泣いてんの」


 志帆の部屋の前まで来て扉をノックすると、返事はなかったが少し間を置いてから本人が出てきた。


 整髪料をそのままにして寝ていたのか、パンクロッカーみたいになった志帆の頭を撫でながら言う。

「しほりん、検索してみたよ。パパはずっと……志帆が辛かったことを被害妄想だって決めつけて、無かったことにしてきたよな。ごめんな」

「………」

「辛かったね、今までよく頑張ったな」

「……ぅ、え……」


 志帆はそれこそ火の付いた赤ん坊のように大泣きした。

 化粧もそのままにしていたので、どんどん目の下が黒くなり今度はヘヴィメタルのようになっていくのを見て、私も泣きながら笑ってしまった。


 志帆は泣き過ぎで言葉を発せないが、今度こそ、私の選択は間違っていなかったのだとわかる。志帆の部屋にあったティッシュを箱ごと持ってきて、目の下に出来た真っ黒な線を拭いてやりながら言う。


「でも、パパは志帆が可愛いんだ。それだけはわかってくれ」

 志帆は黒い涙をぼろぼろと落としつつ、勢いよく何度も頷いた。私の手にある箱からティッシュを大量に取って、ぶひゅー、と音を立てて鼻をかんでいる。


 しゃくり上げていた志帆の呼吸が落ち着くのを待ってから、彼女がリビングに置き忘れていったスマホを手渡す。


「ナオキを忘れてたぞ」

「……ぁ、りがと」

「あとこれ、北沢くんの名刺。連絡先、無理矢理交換させようとして悪かった。でも渡してって言われたから、後は志帆の意志に任せるよ」


 志帆は名刺を受け取ったが、しばらく黙ってそれを見ている。


「……パパに媚びるの失敗させちゃってごめんって言っとく」

「志帆」

「冗談だよ、私の態度は失礼だったよね……謝っとく」


 頷いてから居間に戻ろうとすると、志帆が「パパ」と彼女にしては小さい声で私を呼び止めた。


「……結婚は無理だけど、ニートは卒業できるように色々受けてるから、待っててほしい」

「うん。志帆のペースでいいからな」

「パパ……いつもありがとう」


 この子が世間からどう思われていても、私はこの子の親になって良かった。

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