斬新な髪型

「やっぱりセットしてもらって良かったじゃないか。綺麗になってるよ」

「パパから見ればそうだろうね。まあパパのお金だし、パパが満足してくれたならそれでいいよ」


 いよいよパーティーの当日。

 捻くれたことを言う志帆だが、ドレスアップした娘を可愛く思わない父親がどこに居ようか。

 志帆はドレスも靴もアクセサリーも、やはり全てターコイズブルーを選んだ。普段やや異質に見えていたのは色よりも形のせいだったのか、これはこれで統一感があって良い。


「美容師の人に意地悪なんか言われなかっただろ?」

「男の人だったからね。『斬新な髪型っすね』とは言われたけど顔のことじゃないからいいや」


 そ、それは割と失礼な発言だな……しかし志帆が気にしていないなら良かろう。


 会場は港区に古くからある由緒正しき洋館で、敷地内にある薔薇園が有名だ。開始までまだ時間があったので、受付を済ませてから志帆を連れて庭に出てきた。


「ナオキ、見て見てこの建物かっこよくね?」

「はい。とても素敵なデザインですね。こちらの洋風建築は、かの有名な猫鳴館を設計したことで知られるジョナサン・コルト氏によって設計され、1901年に着工、1907年に竣工しました。一万九千坪もの敷地の中心に建つこの西洋館は、エリザベス様式を基調とした重厚な趣が――」

「こら、ナオキは仕舞っておきなさい」

「えーー」


 外観を見せるだけで建造物の歴史を語ってくれるのは凄いと思うが、ここに来てまでAIとおしゃべりしているようでは、嫌がる本人を着飾らせて連れてきた意味がない。

 志帆はナオキに話しかけるのをやめたが、今度はAR写真モードにして、洋館や庭をナオキと共に撮り始めた。「せっかくなんだから志帆も一緒に写ったら」と、撮ってあげようとしたが拒否されてしまった。まあ、楽しそうにしているから良いか。


「このビルが見えなければ、もっと雰囲気があるんだろうけどね」


 先程ナオキが紹介した西洋館の周りを、薔薇が咲き誇る庭園が取り囲む。外郭には背の高い木が茂り、ちょっとした森となっているが、都心にある為に鉄道会社や大手カメラメーカーのビルなどが、更にその上から顔を出していた。


「え、セントラルパークみたいでかっこいいじゃん」

 なるほど、そういう見方もあるか。言われてみると、これはこれで趣があるようにも思えてきた。


 志帆の発想はいつも独特で、やはり彼女は芸術家なのだろう。ちなみに以前、それを本人に言ったところ

「それさぁ、よく言われて若い頃は喜んでたけど『芸術家だね』ってのは『社会不適合者だね』をオブラートに包んでるだけなんだよね」

 といって落ち込ませてしまったので、心の中だけに留めておく。


 今週はずっと雨が続いていたが、今日は雲一つない晴天でまさに昼間のパーティーにぴったりだ。そう言えば志帆は幼い頃から強力な晴れ女だったから、そのお陰かもしれないな。


「渡貫くん、こっちこっち」

 真野副社長に目ざとく見つけられてしまったが、笑顔でそちらに向かう。

 志帆もナオキを――スマホをハンドバッグに仕舞って後に続いた。


 人が多いところが怖いと言っていた志帆は、特に問題なく、会う人全員にきちんと対応できていた。この調子で、北沢くんたち同世代の人間とも親交を深めてくれるといいが。


「渡貫くん、良いなぁ。志帆ちゃんが来てくれたんですね」

「鈴木副社長。今日は伸児くん、いらっしゃらないんですか?」

「それがね、息子は館山で診療所を開いたんですが……近くに他の医療機関が無いから忙しいんだって」


 鈴木さんは関西訛りのゆったりした話し方でそう言うと、少し寂し気に笑った。

 そうか、志帆が三十歳を過ぎたということは、鈴木さんにとって遅い息子だった伸児くんも、もう同じくらいになるのか。お互い役員になってからというもの、子どもの話題で盛り上がることもなくなっていたが、時の流れを感じる。


「開業医ですか、喜ばしいことじゃないですか。でも伸児くん、あれだけいつも鈴木さんから離れないパパっ子だったから……少し寂しいですね」

「そうなんですよ。志帆ちゃんは構ってくれていいなぁ」


 そうかもしれないが、彼女の目的はあくまで食事だ。志帆はもちろん鈴木さんにも頭を下げて挨拶し、私の後ろで大人しくしていたのだが――先程からちらちらと、食べ物がある方ばかりに視線が向いている。


 そろそろ食べてきていいよと言いたいところだが、その前に北沢くんに会わせたい。鈴木さんと別れ、志帆を連れて広い会場の中を探した。


「パパ、お腹すいた」

「わかってるよ。でも北沢くんに会ってからな」

「えっ嫌だイケメン怖いからいい。もうパパより偉い人には挨拶し終わったでしょ」

「そうだけど、せっかくなんだから同世代と話す機会を――」

「同世代じゃなくね? イケメン私より年下でしょ……ねえパパいいってば、イケメンからしたら迷惑じゃんやめよ」

「何で、そんなことないよ。あ、いたいた」


 会場の隅に、腕章を付けた中村くんと、立派な一眼レフカメラを持った北沢くんを発見した。逃げようとしている志帆の背中を押して連れて行く。


「渡貫常務。志帆さんも。こんにちは」

「今日は来て下さってありがとうございます」

「こ、こんにちは……」


 北沢くんも中村くんも、若者らしい爽やかな笑顔で挨拶する。志帆は先程とは打って変わっておどおどしながら応えているが、まあ、好みの美男子を前に緊張しているだけだろう。


「北沢くんは、社内報の撮影?」

「はい。中村は会場担当で、僕は撮影担当です。良かったらお二人もお撮りしましょうか?」

「うん、じゃあお願いするよ」

「け、結構です。父一人で撮ってあげて下さい」

「いや、私一人じゃ――」

「あそこに美味しそうなホタテが居たので食べてきます。失礼します!」


 志帆は勢いよく頭を下げると、今度こそ食事の置いてある方へ逃げて行ってしまった。美味しそうなホタテが「居た」って……。

 中村くんは呆気にとられているが、北沢くんは笑顔のままだった。

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