心地よい日常。
「...っ...すっ...220...221...223...」
ぽたっ....ぽたっ....
汗が地面に落ちつつも淡々とレップ数を数えながら、逆立ちで片手腕立てをしていた。
あの日から、俺は前よりも適当に学校に行き、ひたすらに鍛錬を続けていた。
「224...225...226...227..228」
あの時は俺一人だったが、2割減デバフ位の隙を見せる事態でも、これからの俺の平穏な生活に最小限に抑えたかった。
だから、微妙なデバフを与えてくるトラウマを克服するため、一から鍛え直す必要があった。
また、心技体の中で何が一番重要かとよく議論になるが、やはり俺は間違いなく体だと断定している。
いくらメンタルが強くても、肉体がついてこなければ気持ちだけ熱い奴になり、そして、洗練された技術の出力を100%引き出すには、その時になったら体が勝手に動くまで反復して、限界まで追い込み体に覚えさせるのが1番の近道である。
「....248..249..250...251」
まぁ、それでも過去は変えられないことは知っている。が、意外と早く時間が解決してくれることも知っている。
俺自身も前の世界では、まぁまぁキッツイ事を真正面からくらった事が何度もあるが、時が経てばとっくに許してしまっていた。
そうこう考えているうち、逡巡し始めた思考は、腹を据えて、目の前のことだけに集中し、一から鍛え直す。という事に帰着した。
ピンポーン
「..252...ん?」
ぴっ
『..用件は?』
自宅ジムにも応答できるインターホン対応パネルをタップし、いつものように用件を尋ねた。
『あっ..あの、久留米 環奈です。その、最近学校来てないから心配で..』
パネル越しに、久留米とソフィアらが心配そうにしていた。
『....入れ。』
正直、普通に久しぶりのガチな鍛錬が楽しいのもあって、早く再開したかったが、彼女らに無為な心配をさせないため顔くらいは見せる事にした。
そして、ミケがいない方の鍵を開ける事にした。
ピッ..ガチャっ
コンっ..
大使館のような厳重な扉が開くと、そこには和テイストな庭園が広がっており、ししおどしの音が程なく鳴り響いていた。
「ーー・・うわぁ..すごいですね。」
「本当に諜報員か、殺し屋かしら....」
「ソフィアさん...それ、どういう思考回路ですか?」
実は、母以外に海道邸に訪問したのは彼女らで、それぞれ感嘆、疑念、困惑などさまざまな思いが入り混じっていた。
「...あれ、ここにもインターホン?」
「警戒心高すぎませんか...」
本邸の玄関口に着き、彼の異様な防犯意識に感嘆しながらもインターホンを鳴らした。
ピンポーンっ
...ガチャっ
「...久しぶりだな。」
海道はシャワーを浴び損ねてしまい、上着だけ着替え、タオルで未だ滴る汗を拭きながらドアを開けた。
「っ...え、えぇ//...そうね。」
「うわっ...すご..」
先までがっつりトレーニングをしていたせいで、おそらくテストステロン値がいつもよりも上がっており、彼のソレは彼女らの中の本能的な何かを打ち抜いていた。
「?....まぁ、せっかく来たなら、上がれ。特別だ。」
若干取り乱していた彼女らを不思議に思ったが、立ち話もなんなんだったので、家に連れ込む事にした。
...おい、人聞き悪いな。
「は、はいっ//」
「....結構大胆なのね。」
「?」
ソフィアは何か覚悟を決めるように、大袈裟な返事をしていた。また、背後からは、久留米が訳わからん事を言っており、彼は疑問符を浮かんでいた。
「ーー・・はい、お茶。」
「ど、どうも...」
「わぁー、いい茶葉使ってますね。」
「そうなのか?貰いもんだからな、ようわからん。」
この茶葉は新居祝いで鮎川さんからもらったものだった。
「ごくっ..あちち..」
「ふふっ、フーフーしますか?フーフー」
「ちょっ、大丈夫だからっ!」
久留米は普段通りだが、ソフィアはどこかよそよそしい様子に見えた。
「ふっ...」
俺がいない間でも、特に問題なく仲良くしていたようで微笑ましかった。
そうこうしている内に、久留米は彼に向き直り本題に入った。
「...そして、海道くん。最近何かあったんですか?学校には殆ど来てないですが..」
「あー..大したことではない。ただ、最近体が鈍っててな、鍛え直してるところだ。」
ソフィアも無言で心配そうにこちらを見つめており、無為に心配させてしまった事に流石の彼も胸を痛めた。
「「......。」」
最近の彼の不良具合の真相を知った彼女らは、唖然としていた。
「...はぁ....いったい何を目指しているんですか...私はてっきり...」
程なくして、久留米は心配して損したという気持ちに苛まれながら、どこか安心した。
一拍して、ソフィアはスタスタと彼に駆け寄り、リズミカルに強めな肩パンを食らわせた。
「....本当なんでっ!こんな心配させるのよっ!!バカ海道」ドンっドンっドン!!
「はははっ...悪い悪い。許せソフィア。」ポンポンっ
相変わらずびくともしていない彼は、弛まず殴ってくる彼女を嗜めるため頭をポンポンした。
すると、彼女は顔を伏せていても、綺麗な純白髪から覗く抗いようなく紅く染まった小耳を覗かせ、彼の肩に優しく拳を当てた。
「....っ///...もぅ、ほんと...なんか奢ってくれたら、許してやらんでもない...」ぽすんっ
「ははっ...どっちだよ。」
会わないうちに、彼女の日本語は日本人と差し支えなかいほど上達していた。
「なっ!私も怒ってますよ。だから...」ぽすんっ
頭をポンポンするトリガーが、怒りを露わにすることだと勘違いした久留米さんは、彼の隣に駆け寄りぽすんっと肩を叩き、彼が撫でやすいように頭を差し出した。
「あぁ...悪かった。久留米」ヨシヨシ
「んっ..ぁ//...」ゴロゴロ
ミディアムロングの黒髪は毛並みの良い艶やかな黒猫のように見え、喉をごろごろと鳴らしていた。
(...まずい、とまらん。)
両手に花というよりかは何か白猫と黒猫を愛でてるいるようで、夢中になっていたが、これ以上はまずいと思いなんとか撫でるのを終わりにした。
「...もういいだろ。この辺で許し...」
「きよすみぃ...」
すると、ソフィアが名残惜しそうに、彼に撫でられていた腕をしなやかで柔い手で添えて、白猫撫で声で続きを懇願していた。
「私も...」
久留米もそれに乗っかり、彼の肩に頭を乗っけて上目遣いで彼をうるうると見つめ、同じように続きを求めていた。
ドサッ
「っ?!...やめだ。お前ら、落ち着け」
流石にこれ以上はまずいと思った彼は、逃げるように立ち上がり少し離れて、正気に戻るよう説得した。
「っ...私、何して...」
「....まぁ。」
正直に、ソフィアは我に帰っていたが、久留米は我に帰ったふりをしながらも若干の不服さを垣間見せていた。
すべからず彼女らと会っていなかった時間は、彼女らへ深刻な海道不足を引き起こしていた。
「...とりあえず、明日からは普通に行く。」
トレーニングもひと段落していた所というのもあり、一旦、この場を収めるための言葉を残した。
「え..えぇ、ならいいわっ。じゃあ、また明日ね!」シュバっ
「ふふ、続きはまた今度ね、海道くん。また明日。」ニコッ
彼の言葉を聞いて、ソフィアは先の恥ずかしい事態を流すように、足早に荷物を持って行ってしまった。対して、同世代のはずの久留米はやはりどこか大人の余裕をもった様子で、にこやかに手を振りながら帰っていった。
一応、彼女らをゲートから出るのをモニターで確認し、一人残された俺は先まで彼女らと座っていたソファーに座ると、どっと疲れを感じていた。
「....ふぅ...やれやれ。とりあえず、シャワー浴びるか」
一息つきたい所だったが、変に汗をかいたのでシャワーを浴びに浴室へと向かった。
白猫と黒猫さんを愛でた次の日。
また、楢崎に何か言われるだろうと思い彼は結局裏門から学校に入り、朝から賑わっている教室に到着した。
ガラガラっ
「「「.....。」」」
扉を開けると、先まで賑わっていたはずの教室は鷹に睨まれたように静まり返っていた。
「?」
疑問には思ったが、すぐに他の思考に流され静かに席に着くと、篠蔵が口に裏手を添えながら在らぬことを聞いてきた。
「ーー・・よう。海道...お前喧嘩で停学になったって本当か?」
「スゥゥ....」
(そういうことかぁ...)
某、元甲子園常連校のような相槌しながら、教室が静まり返った事に合点がいった。
「....悪魔の証明って知ってるか?」
彼はここで否定しても効果がないと知っていたので、小話を挟んだ。
「は?なんだそれ、厨二病か?」
「...いいから聞け。」
「あ、あぁ。」
篠蔵はなんだそれ、食えるのか位にしか思っていなかったので、少し黙って聞いてもらうよう促した。
「この世界に絶対がない限り、ない事を証明できないって事だよ。」
「あー、つまり、お前が他校の不良を数十人病院送りにしていない事を証明できないってことか?」
「はぁ...大体そういう事だ。」
意外にも彼は飲み込みが早く、ニュアンスは伝わっていたが、出回っている噂内容の酷さにため息が漏れた。
「でもよー停学じゃなかったら、なんで学校来てなかったんだよ。」
「まぁ、他にやることがあったからな。」
もっともな質問に、彼は素直に答えた。
「他にやることか....まぁ、そういうのもあるか。」
「....海道くんは、トレーニングに忙しくて学校に来てなかっただけですよ。」
デリケートな事かもと変に深読みしてくれたことで、篠蔵は勝手に配慮してくれたが、いつの間にか居た久留米が詳細を簡潔に説明した。
「えっ?!そうなのか、てか、なんで久留米さんが知ってるんだ?」
「あぁ、まぁそんなところだ。」
「..ふふっ、秘密です。」
当然の疑問に対し、彼女は意地悪に指でバッテンを作って、口に添えていた。
「..ね」ちらっ
「ふっ..」
彼女が二人だけの秘密を確かめるかのように、海道を一瞥し、彼もそれに乗った。
「あぁ?!...海道。お前、いつの間に...」
分け隔てなく皆に優しい彼女は、当然ながら校内で結構な人気を持っており、その人と海道が仲が良さそうな事が信じられないといった様子だった。
そして、非情にもチャイムがそれ以上の追求を阻み、ホームルームが始まった。
キーンコーンカーンコン
「ーー・・今日は、中間なのでみなさん頑張ってください。では、これで以上です。」
ホームルームが始まり、手短に終わりそうな雰囲気だと思ったら、意識外からの情報が飛び込んで来てすぐ、久留米の方に視線を移した。
(....ファ?...お前...)
「ふふっ..」
彼の反応を予測していたかのように、彼女はいたずらに微笑んでおり、まぁこれくらいは変に心配させた罰ですよ。といった意図を感じた。
とかありつつも、結局何事もなく今日の分の中間試験を終え、昼を挟まずに午前中で学校は終業となった。
「ーー・・ふぅ。」
「よっ。テストはどうだった?」
篠蔵の真似だろうか、久留米はいつもより気さくな感じで声をかけてきた。
「普通。」
「なーんだっ、つまんないなー。」
彼の簡潔かつ内容のない普通な返答に、不満そうな久留米さんに、お前なぁ..と思いつつ、ちょっと返す事にした。
「...後でお仕置きだな。」
彼は久留米の無防備で健康的な首筋の近くに、顔を近づけ、彼女だけに聞こえるように耳元で囁いた。
「んぅ..っ....もぅ。なんか、それえっちだよ。」
彼女は肩を怯ませながらも、どこか期待している表情で彼の血管の浮いた強靭な腕を掴み、絞るように小声で呟いた。
「ふっ...冗談だ。」
「..わ、わかってるってば。それ、位...」
彼のからかいを何となく察してはいたが、実際、少し期待してたことは拭えず残念さが香っていた。
「....おい、俺いるんだけど。」
一通り見せつけられた篠蔵は、変に冷静に注意した。
「わっ..そ、そうだった...ごめんなさい・・ーー」
流石に気まずくなった久留米は、みかねた海道に手を引かれ教室を出た。
そして、彼女らが待ち合わせしていた場所でソフィアと落ち合った。
「ーー・・むっ..遅かったわね。何してたのかしら?」
久留米が彼に腕を引かれているのをチラ見した彼女は、眉を少し尖らせ凍てついた表情で説明を促した。
「えぇ、それは、色々と...」
すっかり気を取り直した久留米は、またいつもの様に含みのある言い方をした。
「へぇ..色々ねぇ...」ゴゴゴッ
久留米の言葉をそのまま受け止めたソフィアは、周囲の空間を歪ませていた。
「いや、試験終わって少ししか経ってないだろ。」
「あっ..」
彼の最もな事実に要らぬ誤解は融解すると、久留米はバラされてしまったと残念がっていた。
「...それもそうね。今回はスペシャルクレープ全部載せ奢りで許すわ。」
「仰せのままに。」
ドンっ!
そして、彼は変に心配させてしまった事も含まれたのも含まれた返しとして、ソフィアの要求に素直に屈したが、無事に肩パンされた。
「ーー・・うぅーんっ..美味しい..日本のスイーツは素晴らしいわね」
「確かにうまいな。」
結構穴場なのか並ぶことなくクレープにありつけ、ソフィアのみならず彼も存分に堪能していた。
「..ふふっ、クリームがお口に付いてますよ。」ペロッ
「わっ..ちょ///清澄の前でやめてってば...」
久留米は、無邪気に楽しんでいたソフィアの口元についていたクリームを、指で掠め取って彼女に見せつけるように舐めた。
(何してんだ、こいつ...)
彼は普通に、久留米の行為の意図がよくわからず、多分嫌われてはいないだろうが、今だに彼女の深層が見えずにいた。
「海道くんの美味しそうですね。一口ください。」
そんなことを考えていると、久留米は彼のビターチョコクレープに顔を向けそういった。
「あぁ、いい...」
「あーっむ...まぁまぁですね。」
「...ぞって、食うの早ぇよ。」
了承を得る前に、四分の一くらいを彼女の大きなお口が食べてしまった。
「すみません、モグモグ...口が勝手に...ふふ..」
見え透いた口ぶりながらも、幸せそうに口をもごもごさせていた。
「..わっ、私も一口食べていい?」
「あぁ。」
ソフィアも食べたそう続けてねだってきたので、ままよと彼女の小さなお口に差し出した。
「あーっむっ...これも、美味しいわねっ!」モグモグ
久留米とは異なり、彼女は控えめに齧り頬を抑えながら美味しそうに咀嚼していた。
「ふっ...」
(可愛い奴らだな...)
彼女らが幸せそうにクレープを堪能している様子を見ていると、思わず笑みが溢れた。
「清澄っ、私のも食べる?」
「...あぁ。」
普通の学生が経験しているであろう、こういったどこにでもありそうな放課後の景色と空気は案外良いもので、一人でゆっくりしている時とはまた違った心地よさを感じた。
「...うまいな。」
「ふふっ。」ニコッ
そして、海道の簡単に全てを消せないトラウマは未だ介在しているものの、彼女らとの関わりを続けて行くうちに、確かに優しく暖められて、それはゆっくり融和しつつあった。
後書き
久留米 環奈 笑顔
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