嘘の代償
「あ.........いや、ち、違います。」
冷や汗ダラダラの天堂はわかりやすく目が泳いでおり、全くそれを誤魔化せていなかった。
白木の時は、性別を超越してるせいか、今でもはっきりしてないが、天堂の場合はサッカー後の汗の匂いが顕著だった。
「.......。」
「........そうか、じゃ用は済んだ。」
彼は特に追及するわけでもなく、表情ひとつ変える事なく、ただじっくりと天堂改め、彼女を見つめてしばらくして、適当な相槌で切り上げて帰路に着こうとした。
「.....(ほぅ)」
彼の何でもない返しを聞いた天堂パパは心の中で感心していた。
「ぁ...のっ!なんでわかったんだ?」
あっさりとした反応もそうだが、中学から今まで一切バレるわけなかった完璧な男としての振る舞いが、まんまと看破された事に彼女は納得していない様子だった。
「.....」
それ以上追求したら面倒なことに巻き込まれそうだと思い、話をぶった斬った彼は彼女に引き止められ、目を若干細め渋い顔で彼女の方へ振り返った。
確かに、彼女は見た目だけであれば完璧な男というか、女子が夢見るような理想の金髪青瞳の王子様だった。
頭脳明晰で運動神経は抜群、今回の定期考査からも芝春をも上回るスペックで、尚且つ異性関連の噂もなし、そして何より、あれだけの女子生徒に囲まれているにも関わらず、暴走せずにそれをコントロールしている人身掌握術とそれを裏付ける優れた人間性。
どこを切り取っても、欠点のない、まさに芝春の上位互換ではあった。
普通なら、数年天堂と関わっている人ですらわからない彼女の正体を、会って初日の彼が見破れるわけがないのだが、それができたのは何とも原始的な理由だった。
「....まぁ、なんだ。匂いでわかった。」
「.....ぇ?はっ、臭いのか?!」
若干答えづらそうに彼がそういうと、彼女は自身の胸元を嗅いで自身の匂いが特徴的だと邪推していた。
「あー、いや....初めに会った時の汗の匂いでな。」
字面だけ見たら変態のようだが、生物的に強くなり五感が鋭くなったためか、男女の匂いの違いはかなりはっきりわかるようになっていた。
「んぅっ....そ、そんな臭かったか?!」
女性だったらデリケートに気を遣う面を突かれた彼女は、耳まで真っ赤にさせながら涼しげな王子様の風体を御して、彼に詰め寄った。
「いや、そういうのじゃなくてだな、ホルモンの...」
「くぅぅ...体育の後とはいえ...抜かったのが僕の落ち度か....」
彼女は彼の言葉端から曲解して理解していたが、女性ホルモン由来の匂いというか、一時期流行った女子高生の匂い?トリプトファン?ともかく、むしろ良い匂いだったというのが、本能的に女性だとみなしたというだけであった。
「っ....はははははっ!うん.....飛鳥。わかってるな?」
傍観していた天堂パパは、彼らのやりとりを見て笑い出したのち彼女に何かの釘を刺した。
「......は、はい。」
「...?」
真剣な眼差しでそれに答えた彼女を不思議に思ったが、その後は軽い挨拶をしてから何事もなく帰えることができた。
そして、次の日の朝。
朝になってもその事が引っかかっており、コップに注いだホットティー越しにその事を考えてみたがどう転んでもだったので、残り数日の学期を休もうとしたが、有難いことに久留米にモーニングコールを受けてしまい一緒に登校していた。
「・・お前、やってる事ストーカーだぞ」
「むっ、心外ですね。」
久留米だから何故か許してしまっているが、そう思われても仕方ないセンサーの立ち方だった。
「え、毎日こんな感じなの?」
そして、今日はソフィアも加わっており、いつの間にか彼女もまた彼の懐に入り込んでいた。
「えぇ、海道くんは遅刻が多いので仕方なしにですね...」
「おい、ここ数日の話だろ。」
微妙に答えていない彼女の話を修正すると、彼女は正論を突いてきた。
「でも、お陰で遅刻しなくなりましたよね?」
「ま、まぁ...そうだな。」
今となっては高校なんてどうでも良い面もあるが、それでも時間に間に合うというのはそう悪いものではなかった。
「ん.....なんか近くなってない?」
距離感というか実際の間隔でも、海道くんと久留米の距離感は近くなっておりソフィアは色々と想像してしまっていた。
「気のせいですよー」
「...っと、おい。」
いつものからかいモードに入った久留米は、彼の腕を掴んで豊満な胸に沈めようとしたが、二度は通用しない彼は腕を引っ込めて離れていった。
「環奈。合鍵は持ってるの?」
「ふふっ...いえ、それはまだですね。」
「.....それは?ってどういう事なの、清澄ぃ?」
またややっこい言い方をした彼女から、ソフィアは鉄仮面のような微笑みで彼に詰め寄っていた。
「あのな...俺はソフィアが想像しているような事は誓って一切してない。」
「っ....まぁ、それもそうね、清澄は奥手だし」
キリッとした顔でそう言い切られた彼女は、今までの彼の人となりと、自身の宗派に近しい言い様からも信じざるを得なかった。
「えいっ...」
「ちょ...っとぉ....環奈っ...」
隙を見逃さなかった久留米は、ソフィアの暖かそうなコートの隙間に手を差し込んで彼女の何かを弄っていた。
「...ソフィアさんは、強引なのが良いのですか?」
そして、おふざけが過ぎる彼女はソフィアの耳元で優しい誘いを囁いた。
「違っ...別に、そういうわけ...じゃぁ...ん....」
「ふふふ、良いではないか.....うっ」
朝から元気な彼女は変なスイッチが入り始めていたが、見かねた彼におでこを触るか触らないかでツンっとされた。
「....スゥ、その辺にしとけ。」
「ふぅ...今日は、この辺で許しましょう。続きは、また今度...ふぅー」
彼に気を戻された彼女はひとしきり満足したのか、艶目のある肌を照らしながら最後にソフィアの耳元に息を吹きかけて開放した。
「んっ....もっ、朝から勘弁してよぉ...」
女友達同士のじゃれ合い程度と言っていいのか、かなりのカロリーを使ったソフィアは恥ずかしさと、嫌に抗えない気持ち良さに朝からどっと疲れていた。
(....冬休みは、家を留守にしよう。)
冬休みも家に来られるのは出来れば避けたい彼は固くそう決意した。
そうして、教室へ向かう道中、彼は見知った人らが話し込んでいる所に遭遇してしまった。
「・・む、天堂。お前は女子生徒へのハラスメントを認めないのか?」
「意識の相違だよ。僕は可愛い彼女らに故意のハラスメントはしていないよ。」
その見知った人とは、虎野と相変わらず女子生徒たちに囲まれている天堂で、なにやら揉めている様子だった。
「....どういう状況なんだ?」
「うぉっ....っと、なんだ海道か...熊かと思ったぜ」
「お前な...」
野次馬の一人である篠蔵に声をかけると、一瞬とはいえ人と認識されず酷い扱いにため息を吐いた。
「悪い悪い、なんか...」
「うーん、天堂くんが周りの女子に押されて、間違って女子のお尻でも触ったのを虎野ちゃんに見られたってとこですかね。」
「え...まぁその通りです。」
篠蔵が説明しようとしたが、久留米が先に大体を察して説明してくれた。
「.....そうか」
普通、こういった事態に遭遇したら、同性の中で庇ったりする奴が居たりするものだが、いかんせん天堂は同性人気はゼロに等しいため、野次馬の男子たちは嫌なヤジを飛ばしていた。
「おいおい、朝から我慢できなかったのかー?」
「王子様にもおっさんみたいな所あるんだな。」
「ち、違いますっ!天堂くんはわざとそんな事しませんっ!」
「うむ、しかしそれは証明の仕様がないだろう?」
「え、まぁ...それは....」
「......」
囲いの女子が庇おうとするが、虎野の詰問には答えられずに良くない流れになり始めていた。
「それに、海道との決闘も、君からふっかけたそうじゃないか」
「え?」
「決闘に負け、付き合ってもない女子にその鬱憤を晴らすか。許せんな」
虎野の中で、良い噂は無いが、女子に言い寄られても線引きがはっきりしている海道と対照的に天堂が写っているようだった。
「違っ、私は別に天堂くんにならっ!」
「そう!私もっ!」
暗黙とはいえ両者合意の上であれば、確かに外野から口出しされる言われようはないが、それは今の状況では悪手だった。
「むっやはり、不埒な仲であるか。それも複数....とにかく、続きは職員室で聞こう。丁度監視カメラに映る場所だ。見れば分かる。来い」
「っ...え、あ...っと...」
天堂は虎野にガッツリ腕を捕まれ、監視カメラの映像を確認しようと職員室へと連れていかれそうになっていた。
普通なら、今朝の久留米とソフィアのじゃれあいでしか無いのだが、天堂が男とされている中で、囲いとはいえ女子生徒の尻を触った所を目撃された時点で、彼女は駅員室に連れてかれる冤罪サラリーマンであり、彼女の今の立場からしたらそれは処刑台に登るのと同義であった。
「スゥ....」
そして、見かねた街道は小さく息を吐いて天堂たちの方へと向かった。
「え...海道?」
「ふふっ....」
(やっぱりな....)
『ーーー・・えーっと、ちゃんと、手加減してくださいね。』
そして、その際、久留米を一瞥すると優しく微笑んでおり、今更ながら決闘時の妙な一言に納得がいった。
やはり、この場で自分とおそらくもう一人しか天堂の正体を知らないのと、失うものが多い彼女と失うものというか最悪退学になっても痛くない...てかその方が面倒なイベントに遭わないため好都合な彼と言ったところからも、自然と足が前へ進み、無理矢理にでも連れて行こうとする虎野の腕を掴んだ。
「....待て。」
「っ...海道っ!...っごほん。なんだ?今から不埒者を職員室へ連れていく途中なのだが」
基本、楢崎と虎野は生徒会や委員会、部活と忙しいため物理的に会う時間がないため、久しぶりに話しかけられ、触れられた虎野は満天の嬉々とした表情を浮かべたが、すぐに気を取り直してやるべき事に意識を戻した。
「虎野、天堂を離してやってくれ」
「....どういう意味だ?」
虎野の知る海道はこの状況で天堂を庇うような真似をしないため、静かにその意味を聞いた。
「.....お前には、貸しがあるよな?」
「っ....海道。それは本気か?」
そう虎野からしたら、はっきりしていないとはいえ、海道が天堂の暗黙合意痴漢?を庇っているように見えており、それは虎野が持つ海道への尊敬にヒビが入る事案というのと、ここで二つある貸しの一つを痴漢容疑の男(天堂)に使うのは理解に苦しんだ。
「あぁ、俺は天堂がそういう浅はかな人じゃないと、今ここで保証する。」
虎野はいい奴だが、だからと言って彼女というか、そもそも他人にどう見られようともどうでも良い彼は天堂の立つ背になる事にした。
「.......そうか、わかった。」
決闘での勝利報酬、一度命を救われたという二つの貸しか、それとも海道の人間性からの担保か、どちらが虎野の手を引かせたのかはわからないが、顔を伏せ難しい顔をしながらも確かに彼女は手を引いた。
ーーーーーキーンコーンカーンコーン
「....ふぅ...?」
タイミングよくHR5分前のチャイムが鳴り、野次馬たちは蜘蛛の子散らすように解散していく中、一仕事した彼は隠し部屋で一眠りしようと行こうとしたが、彼女に服をちょこんと摘まれ引き止められた。
「....ぁ...の、あり..」
ホームルームまでの5分の取り巻きが居ない彼女の自由な時間で、秘密を共有している彼にしか見せない、弱々しい顔でその蒼い瞳を震わせながら感謝を伝えようとしていた。
「可哀想だからお前を助けたんじゃない、あれはフェアじゃ無いからな。」
男は疑いをかけられた時点で社会的に死ぬため、彼女の事情がどうであれ虎野の疑わきは罰せよは通ってはいけないものだった。
「っ!....でも...」
「いらん心配するな。俺は大丈夫だ。」
彼女は俺が痴漢男を庇った事へ懸念していたが、かつてキモデブだった彼にとっては今更どうでも良い事だったため、安心させるためにゴールデンレトリバーのような彼女の金色に輝く頭を優しく撫でた。
「っ.....」
彼女は何か言いたげに頬を赤らめながら、顔を上げるがすぐに顔を伏せて、今はただ彼の大きく暖かい掌に身を委ねていた。
「....う"んう"ん」
「うぅ....純愛ですね」
実は遠巻きに見ていた天堂の取り巻き数人が、彼らの様子をなにやら勝手に補完して感動していた。
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