乃木坂 ソフィア


「ーー・・ふぅ、おもろかった。」


先の本をキリのいいところまで、読み終えた海道は本をカバンに仕舞い、のんびりと朝の暖かい陽を浴びていた。



「..うわぁぁ、遅刻遅刻っ!!!」


(確かに、こうしてみるとラブコメ世界っぽいな....)


前まで、前の世界と変わらず平和な生活を営んでいたが、許嫁NTR事件からかこのような王道の展開に二回も遭遇した事に感心しながら、天真爛漫っぽい女を一瞥した。


 そして、多分時間を勘違いしている彼女は、左右確認せずに十字路を突っ切りかけた。


「..ぁ...」


ぷぅぅぅーーーーー


ーー・・ぎゅっ!


一時停止を突っ切ってきた、こちらも随分と急いでいる車は彼女を轢きそうになったが、寸前で彼女の後ろから誰かの腕が伸びて、間一髪で歩道まで引っ張られた。


「あっ....ぶねぇ...」


「...ぁ...ぇ...はぁ...はぁ..」


確実に死んだと思った彼女は、放心状態で生きている実感がない様で、海道の胸に力なく寄りかかっていた。


「大丈夫ですかっ?!」


「...ぇ..ぁぁ....」


一部始終を見ていたOLらしき通行人は彼女に声をかけたが、未だショックは消えていなかった。


「このバカ、頼みます。」


「えぇ....え?」


近くまで寄っていたOLに彼女を任せ、彼は運転者が既に通報した事を確認し、これ以上心臓に悪い事に関わりたくないため取り敢えず学校へと向かった。






「ふぅ...やれやれ...」


ようやく教室に着いた海道は妙に視線を感じながらも、今朝からギャルゲーらしからぬ事案に巻き込まれた疲労を忘れるかのように、ジム用の帽子を深く被り、深い眠りについた。


キーンコーンカーンコーン


「ーー・・で、あるからして....えぇ、ここまでで終わりにします。」


「....ん..飯か...」


昼休みを告げるチャイムで起こされた彼は、異様に正確な体内時計で今の時間を測った。


「....。」


今日の摂取タンパク質量をクリアするために、眠気をはぐらかしながら、海道は弁当を持って立ち上がった。


すると、彼が起きるのを待っていたのように、前の席の奴から声をかけられた。


「...おい...海道..だよな?」


「あぁ...っと....」


「名前忘れたのかよ...これでもお前とは小学校から同じだぜ...」


前世では友達が本当に0人だった彼は、この世界でもせいぜい、弟か元許嫁としか関わっていなかった。


そのため、当然、目の前の活発そうな男の名前を知らなかった。


「はぁ...篠蔵 大志だよ。芝春とも結構仲良いんだけどなー....」


見かねた彼は律儀に自己紹介してくれた。


(あぁー、芝春の親友キャラか...チュートリアルとか、女の情報とかサポートしてくれる...)


海道は、この世界における彼の役割を思い出した。


そして、前の世界でも彼の献身ぶりと友達思いからユーザーからの人気も高く、同人作品などで彼を幸せにするために主人公芝春とのBL同人が出来たほどである。


ん?それって篠蔵のためになってるのか?とイマイチ釈然としないのは一旦置いておいて、彼の質問に答える事にした。


「篠蔵と言ったか....俺は海道清澄で間違いない。」スッ



「「「えぇぇぇぇぇーーー?!?!」」」


一応に、質問に答えた海道は教室を出ていくと、しばらくして教室が騒がしく湧いたが、無視してさっさと屋上へと向かった。





ガチャっ..キィィィ


屋上の扉を開くと、そこには天空の城が潜んでいそうなでっかな雲と、それに添うように暖かい陽が佇んでいた。


「スゥ....いい天気だ。」


海道は軽く体を伸ばして、誰もいないであろう屋上の快活な空気を大きく吸った。


そして、日当たりと日陰の加減が良さそうな所のベンチに座り、ペットボトルのお茶を飲んだ。


「ごくっ..ごくっ...ぷはぁ..」


このギャルゲー世界でも、少し濃いめのお茶は変わらず心に安らぎをもたらしてくれていた。


そうして、一人でほっとしていると、どこからか声が聞こえた。



「..Это хороший напиток.」(良い飲みっぷりね。)


「?」


声の方向を見ると、そこには同じように弁当箱を持った、透き通るような白髪と、全てが見通しているような蒼く澄んだ瞳、そしてきめ細やかで、雪のような冷ややかさを感じる真っ白い肌の女性が、僅かにニコやかに彼を見つめていた。


「Ох, я не знаю...」(あ、分からないよね...)


言語の壁を感じて、少し申し訳なさそうに彼女は目を伏せ立ち去ろうとしたが、シナリオには存在しない、本来なら起こらない事が発生した。


「По-русски немного...」(ロシア語なら、少々...)


『えっ?喋れるの?!』


母国の言語が通じた感動と困惑で、彼女は信じられないといった様子で口を抑えていた。


『あぁ...ちょっとだけだが...』


『すごいっ...日本来て初めてだわ...』


そう、彼女はゲームの中でもマジでロシア語か英語しか話せず、数多のユーザーたちは人気投票一位の彼女を攻略するために、グーグル翻訳機を片手にゲームをプレイしていた。

中には、本当に攻略したい者はロシア語を一から勉強していた猛者も居た程、彼女の人気は絶大だった。


また、選択の待ち時間や、音声入力システムという特性上、グーグル翻訳はちゃんと攻略したい人にとっては悪手であったため、彼女のおかげで英語ないしはロシア語を話せるようになった者も少なくない。

同時に、彼女の攻略を断念した者も少なくない、実際俺がその一人だった...ロシア語難しいっ!!


そして、現実でも変に間があったり、テンポが悪い会話をすると確かに良い印象を持たれないのは事実であるが、やはりこのギャルゲーの開発者のリアリティ追求は計り知れなかった。

それは、音声入力で会話をし、それに対し現実の女性のように状況にあった会話が構築されるため、毎回プレイするたびに生成AIエンジンが場面やシナリオを作成するシステムだったので、このギャルゲーのやり込み具合は無限に近かった。


中には、このゲームをプレイするうちに女性との会話練習を積め、現実でも彼女ができたなんて言う、妄想染みた都市伝説もある。


 都市伝説だよなぁ?!あぁ”?!文句あるかぁ?!


というのは置いておいて、今に戻る事にしよう。



『ーー・・英語もか?』


『いえ、それは...この学校にも何人かは居たわ...でも、その...』


 英語であったら、学校中で数人は話せる人がいそうだったが、必ずしも気が合うわけではなさそうだった。


『悪い、不躾な質問だった。』


どこか歯切れの悪い感触だったので、早々に話を終わらせた。


『いえっ、良いのよ。それよりも...どうしてロシア語を?シベリア出身なの?』


彼女は特に気にしていない様子で、すぐにこちらに向き直り、彼女は異国の地で同郷に会ったかのような喜びを滲ませながら彼に惹かれていた。


『あぁ..自己紹介がまだだったな、俺は海道 清澄。出身は日本だ。両親も日本人。』


『へぇーそうなのね。あっ、隣いいかしら?』


『あぁ。』


流れ的にこちらが彼女をベンチ越しに、見上げるような形だったため、彼女は気を使って彼の隣に座る断りを入れた。


『良いしょっ、うーん...ここ結構穴場ね。気分の良い風が吹いてるわ』


彼女はまさに丁度落ち着いてお昼を食べるのに最適なこの場所を気に入っていた。


『あっ...私の名前は乃木坂 ソフィア。出身はロシアで、父がロシア人で母が日本人よ。』


あまりに素晴らしいスポットにほっと一息ついていた彼女は、ハッと思い出したかのように自己紹介をした。


『あぁ、改めてよろしく。ソフィア。』


『っ...えぇ、よろしく清澄』ニコッ


子供の頃は当たり前に出来ていた普通の自己紹介が、高校生になった今では少し気恥ずかしさがあったように見えたが、ソフィアはそれが少しこそばゆくとも、どこか心地が良かった。


『そういえば、英語はどこで?』


『えぇ、父が外交官だから、ヨーロッパ中を転々と駐在してたの。それで身についた感じかな。』


『凄いな』


『それ、あなたが言う?私は今、日本語にかなり苦労しているのに...』


海道の褒め言葉が、彼女にとっては芳しくなかったようで思い出したかのように少し落ち込んでいた。


『わ、悪い...あー、力になれるか分からないが、日本語教えようか?』


『ほんと?!お願いしても良いかしら』


意外にも表情豊かな彼女は、パァッと花が咲くような明るい表情で海道の提案を受け入れた。


『あぁ、構わない。』


自分が誰かに教えるに足る人であるか定かではなかったが、あまりに信頼され、引くに引けず素直に引き受けることになった。


『やったぁ!お母さん、あんまり教えるの得意じゃないから助かるわ。』ぎゅっ


嬉しさのあまり彼女は彼の手を取り、か弱くしなやかな手で握った。


『『....。』』


気づけばしばらく見つめ合う形になり、お互いに何故だか目を離せなかった。


そして、見かねた彼は手を優しく振り払い、正式に依頼を受領した。


『...取り敢えず、引き受けた。』フイッ


『あっ///..えぇ、そ、そうねっ...ありがとう清澄。』


ソフィアはショートボブの綺麗な髪から、覗かれる可愛らしい耳が若干紅潮させながら、胸に残る微かな寂しさを感じていたが、それを紛らわすために聞き忘れていたことを彼に聞いた。


『...あっ、そういえば清澄はどこでロシア語を?』


『あー...ジィちゃんがよくロシア語で話しかけてくれてな』


(まぁ、それもあるが、殆どはチート脳で休み中にマスターしたってだけなんだがな...改めて、神にありったけの感謝を)


『オジィさんはロシア人なの?』


『...まぁ..時効だが、大戦中にロシアで諜報活動とかしてたらしい。』


一拍開けて、海道は一応の事実を述べると、彼女の雰囲気が変わり不敵な笑みを浮かべていた。



『...ふふっ...ついに白状したわね。清澄..私はKGB。あなたをロシアに連行します。』


『....ほぅ、通りでKGBの名残で右手を固定していたのか。いつでも銃を取れるよう』


実際、彼女は彼と相対してからずっと、右手をポケットに入っているであろう銃に最短距離で置いていた。


『ふふっ...バレては仕方ないわね..さぁ立ちなさい。Mr.清澄』カチャッ


彼の指摘を受け、彼女はポケットから銃を取り出し彼の脇腹に突きつけた。


『嫌だ....と言ったら?』


『少し痛い目を見てもらうわよ。』


『へぇ、どんな?』


海道の煽りに彼女は確かな重みを帯びた銃の引き金を引いた。


『こんな事よ。』カチっ


ウィィぃぃんっ



『..あっ、ライターじゃなかったのか』


『えぇ、これは毛玉とりよ、これで清澄の制服はタダではすまないわ』


『それは困る。どうやら従うしかないようだ。』


『『.....。』』


一連のやり取りが終わると、互いに見つめあって沈黙が流れ、すぐに笑いに変わった。


『『ははっはははっ!!』』


『なんだよ、毛玉取りって....』


『清澄こそ、KGBの名残りって...』


洋画ごっこが思ったよりスムーズに乗り、お互い結構楽しんでいた。


『『はははっははっ』』


互いの指摘にまたもう人笑い起こってしまった。


『...KGBの名残りの事は本当だ。ソフィア。』


ひとしきり笑った後、彼は一応の訂正をしておいた。


『えぇ、知ってるわ。父にKGBの見分け方を教わったもの』


『へぇ、他にもあるのか?』


海道はそう何気なく聞いては見たものの、彼女のガードは思ったより固かった。


『言えないわ。例え、あなたでも...。ただ、ロシア人の婿養子になったら教えるわ。』


『ふっ...随分と遠い話だな。』


『いえ、意外と早いかもよ。』


この時の彼女は妙に目が据わっており、またもや不敵な笑みを浮かべて、からかうようにそう付け加えた。


『そうか....』


(ん?どっちなんだ?ソフィアは...)


海道は何気なく相槌をしていたが彼女のその様子を見てしまい。


正直、彼女が本当にそっち側かどうか、はっきりとした判断が不鮮明になっていた。


すると、タイミング良く、その微妙な膠着状態を時間が打破してくれた。


キーンコーンカーンコーン



『あ、チャイムなってしまったわね....うぅーん』


彼女はそう言って、立ち上がりながら体を伸ばし扉へ向かった。


『あぁ』


『あれ、行かないの?』


一向に動こうとしない海道を見て、 ソフィアはベンチに戻って彼にそう問うた。


『昼寝がまだでな...少し寝る。』


『え、でも...授業が...』


彼の自由奔放な態度に、ソフィアは少し打たれていた。


『つまらん授業なら、受けない方が良いだろ...』


『....うん。それもそうね。それに、日本語わからないし!』


ストンっ


一見悪魔の囁きに聞こえる彼の言葉に、どこか腑におちた彼女は彼の隣に座った。


『おっ...ソフィアも悪い子だな...』


『うん...悪い子かも....』ニコッ


彼女はそう言って天使のような笑顔で笑いかけた。


『ふっ...とはいえど日本語はどうにかしないとだな』


『うぅっ...わかりました。先生...』


『あぁ、母音と子音、簡単な単語は問題なさそうだから、まずは文法だな・・ーー』


若干誤魔化そうとした彼女を差し置いて、流石にソフィアが日本に何年かは過ごす限り、日本語は話せるようになった方が良いので簡単な授業から始まった。


そうして、海道は昼寝にはありつけず、結局放課後まで異様に設備が良い図書館でソフィアに日本語の基礎を教えていた。


余談だが、ソフィアの父は外交官ってこともあり、高校での授業の受講は自由で図書館で自習しても良いらしい。









後書き


この学校は模試や定期テストの点数が良ければ、自由に過ごして良いという校風です。

今の海道くんは実は、夏休み中に数量統計学のコンテストで優勝したので、それに相当します。


人物紹介。


乃木坂 ソフィア 175cm 56kg


ロシアと日本のハーフ。白い髪、蒼い瞳、透き通るような肌、ショートカットボブ。親が外交官。

後学期から転校してきた。

今はロシア語と英語しか話せない。

緊張すると怖い顔になる。

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