楢崎 綾香(なさらき あやか)。


「ごくっ..ごくっ...明日からはもう少し増やすか...」


少々手応えがなくなってきた朝ジムを終え、きな粉味のプロテインを飲んでいると丁度、校門を通過した時に呼び止められた。


「おいっ、君っ!」


「....」スィ


彼はイヤホンを付けていたため、彼女の声が聞こえずそのままスルーしてしまった。


「待ちたまえっ!!」ドンっ!


それが気に入らなかった彼女は、海道の前に立ちはだかり、ようやく気づいた彼はイヤホンを外し立ち止まった。


「...なにか用か?」


「用か?ではないっ!なんだその服装は?!制服はどうした?」


「今日は着てないな...」


朝ジムを終え、程よく火照っている体に通気性の悪い制服なんて着ているわけがなかった。


「学生が制服を着ていないとはどういうことだっ!」


朝から随分と生きが良い彼女の声は、やけに周りに響いた。


「わぁーったよ...着る。」


「なら行ってよし。引き留めて悪かった。」


変に注目を浴びたのに懲りた海道は渋々了承すると、彼女は満足げに道を開けたが、海道は彼女以上に面倒な存在だった。



「....その内な。」


ビュゥウンっ!!


海道は隙を見て、その場から走り去った。


「なっ?!ちょっ、待てっ....」


彼女の声が遠くなる中、海道は明日からの登校ルートの変更を余儀なくされた。


(次からは裏門から行くか...)





「ふぅ....」


 毎度のことのように、やっとの思いで到着した席に着き、ようやく一息つける事が出来た。


ビュぅぅー


(気分がいい風だな...)


窓から吹く朝日に暖められた心地の良い風は、走った体を程よくクールダウンさせた。





キーンコーンカーンコーン


「ーー・・えぇー、今日はここまで。」


スイッチでモンスターの厳選をしていると、あっという間に昼飯の時間になった。


(この辺にしとくか...)



ガラッ


「.....。」ジィーー


丁度、目星のモンスターが得られた海道はスイッチをカバンに仕舞い、教室を出ると朝の件の女が待ち伏せしていた。


「.....。」ガラガラっ


しばらく目があったのち、静かに教室のドアを閉め、前のドアへ向かった。



「おいっ待てぇ!海道っ!!」ガラガラっ!


なぜか名前が割れており、彼女はどこかキレ気味に勢いよく開け彼に詰め寄った。


「....ふぅ、今度はなんだ。」


毎回対応しなければならないように追い詰められている、海道は今回も同様に渋々相手をすることにした。



「楢崎先輩だ...」


「抱いてぇーっ!」


「「「キャァーかっこいいー///」」」



 どうやら彼女には一定のファン?がいるらしく、小さな歓声が教室にこだました。


「なんだとはなんだ!、今朝の件。私から逃げおったな!」


「...そら、始業時間近かったからな」


「むっ..それもそうか、って2度も御されぬぞっ!」


素直に人のことを聞きすぎる彼女は、またもや彼に言いくるめられそうになった。



「..よしっ、海道っ!お前の腐った根性を一から叩き直してやるっ!!」


そして、彼女は主導権を得るかのように、海道に無茶な要求を課した。



(俺の昼飯が...)


対して、海道は昼飯を一旦お預けになり落胆していた。







「ーー・・海道清澄っ!!私と決闘だっ!!」


流れるがままについていくと、そこは剣道場で楢崎は海道に決闘を宣告した。


「....分かった。」


決闘を受けない限り、このやり取りは終わらないと確信した海道は、すべからず受ける事にした。



「おいっ、また楢崎先輩が生意気な後輩を締めてるぜ。」


「うわぁー、前回は全治2ヶ月だったからな...今回はどうなることやら..」


「でも、今回はなんかやれそうだぞ」


「無茶言うなよ、先輩は男女混合の大会で全国優勝してんだぞ。」


「挑戦者は10倍ベット!チャンピオンは2倍だ!!」


「乗ったっ!俺は先輩に5000円!!」


いつの間にか、ひと足さきに昼飯を済ました者達が集まってきており、物騒な文言や彼女の驚くべき経歴など、中には賭けまで行われていた。


彼らのボルテージが段々と上がる中、楢崎は防具に身に着け終えていたが、海道は来たままの姿だった。


「おいっ、海道。早く着替えろ。それに...その木の枝はなんだ?」


「あぁ、剣道って聞いてな。要は、木の棒を振り回す競技だろ。」フリフリ


海道はその辺に落ちていた木の枝を竹刀代わりに、プラプラと振っていた。


そう、彼からしたら、彼女の剣道は真剣を扱うわけでもなく、木の棒を振り回しているだけのぬるい競技にしか見えず、同時に只の遊びだと思っていた。


「お前、どこまで私を愚弄する気だ....いいだろう、今回は少し痛めつけるだけにしようとしたが、本気で倒す。」メキメキっ..


彼女の神経を逆撫でする彼の行為は、目に余る行為であり、彼女の剣道を心底侮辱していた。


「両者、構え。」


「ーー・・いいな、時間的にも一回勝負だ。」


「あぁ」


(ったく、なんでこんな事に...)


海道はいまだにこの事態に納得していなかったが、賽は投げられた。


「始め。」


「シッ!!」


彼女の怒りは最高潮に達しており、過去最高、最速の突きが海道の喉溝に刺さる



「..なっ?!」


..はずだった。


ついさっきまで、居たはずのかなりの質量を持つ彼は楢崎の視界から、一切の痕跡を残さずに消え去っていた。


「どこにっ?!」


視界にはこちらを見つめる観衆のみで、横にも彼の姿はなかった。


そうしていると、彼女は後ろから肩をトントンと指で押された。


トントンっ


「ぬぁっ?!」


急いで、後ろを振り返りながら後ずさると、そこには退屈そうにこちらを見つめるトレーニングジャケット姿の男が木の枝をクルクル回していた。


「....もう、いいか?」


「のぉっ!!!」


彼女はまたも懲りずに最速の突きを海道の喉溝に刺そうとしたが、結果は同じであった。


容易に彼女の勢いを利用され足を引っ掛けられ、加減するかのように受け身を取らせるようにされながら、地面に倒れた。


バタンっ...


「はぁ....まだやるか?」


彼はこうなったらとことん彼女の遊びに付き合うつもりだった。



「....なぜだ....どうして..」


彼女は久しく見ていなかった誰かを見上げる景色に、困惑していた。


「真剣だったら、次なんてないんだがな...」トントンっ


海道は尚も煽るかのように、地面に倒れ、2度死んだ彼女の頭を木の枝でつついた。



「..っ...なぜ、剣道をそこまでコケにするっ?!」


腰が抜けながらも、なんとか竹刀を握りしめ胡座座りまで起き上がり、愚直でいて真っ直ぐな目で彼女は彼の舐めた態度を問うた。


それを聞いた海道は、ガラッと雰囲気が変容し、先までは見せなかった真剣な様子で語り始めた。



「..剣道ってのは殺し合いの技術を競う競技だ。今持っている竹刀が真剣ではないだけで、なぜ人を罰するためだけに剣を振るえる?」


『ーー・・いいか、これはただの竹刀ではない、人を殺せる剣だ・・ーー』


海道は剣を教えてくれたジィさんの姿を思い出した。


「っ?!...それは..」


「..はっ..ぁ..」


彼女は反論しようとしていたが、正義をもとに剣で相手を正す事に愉悦を覚えていた己に気づいた。


「一度剣を抜いた後は、敵が死ぬか己が死ぬかの結果のみが残る。お前はその事を理解していない、そしてそんな奴に剣を握る資格もない。お前こそ、剣を蔑ろにしてる。」


『ーー・・剣を抜くときは、人を殺す時だ。その時は、覚悟を持ち、人のために抜け・・ーー』


とめどなく爺さんの言葉と、鞘に収められた日本刀を手に取っている姿が頭に映し出される。


「......。」


楢崎は彼が愚弄していたのは、彼女自身の剣道である事を知り、そして、自らの無知と甘さを思い知らされた。



彼女の行為は、俺がどうこうではなく、爺さんと、今を生きる人々を生かしてくれた先人達を踏み躙った事に、容赦を忘れてしまった。



『ーー・・ワシは生かされた。亡き友に、同胞に、若き命に...靖国に眠る英霊達に。清澄。先人たちに恥じぬよう精一杯生きてくれ。・・ーー』


「...お前の剣の道は、先人たちが託して紡がれた道筋だ。私利私欲に使うものではない。」


トサッ..


去り際に、海道は木の枝と、それだけを最後に残して道場を去った。



「....っ...私は...」ギリッ


剣が人殺すためのモノである事という当たり前の事実を忘れ、剣道という道を私用し、ただ己を高めるだけに剣を振るう事こそ彼女の中の剣への冒涜であった。


その事が身に染みて、わからされた彼女は今までの自分の行いや振る舞い、根本的な精神性への疎かさに怒りで顔を曇らせた。





静まり返っている道場を出た海道は、少し反省していた。


「ふぅ...」


(喋りすぎたな...まぁ、とかく、ようやく昼飯に....)グゥゥ


爺さんの話を思い出してしまい、つい熱くなってしまった海道は少し頭を冷やし、対して消費していないカロリーの補給を欲した。



キーンコーンカーンコーン


結局、昼飯にありつけず、海道の腹の虫は昼休み終了のチャイムでかき消された。






というのも、今の海道くんには関係なく午後の授業が始まってもなお、彼は弁当箱を持って屋上へと向かった。


ビューーー


「フゥゥゥ...」


昨日とはまた違った、昼下がりの少し涼しげな風が彼を優しく迎えてくれた。



『..ふふっ、遅かったわね。』


『あ、居たのか。ソフィア。』


昼休みを終わった頃の屋上のため、すっかり一人だと思い体を伸ばしていると、御伽話からそのまま出てきたかのような、非現実的な空気を帯びている女性がいつものベンチに佇んでいた。


『えぇ、悪いかしら?』


『ふっ...あぁ、悪い子だな。』


海道が吹き込んだお陰で、彼女も彼のサボり仲間の一員になってしまった。


『..そうさせたのは、あなたよ。清澄。』


そして、ソフィアは隣に座った海道を見計らって、彼の顔を覗くようにイタズラにそう囁いたが、海道は我関せずと言った様子で相槌を打った。


『あぁ、そうかもな。』


『うーん....清澄って、本当に高校生?』


からかいに動じなかった彼の様子が不服だったのか、ソフィアはあらぬ事を言った。


『...なんだ急だな』


一瞬、自分がこの世界の人間ではない事に勘づかれたと思い、少し警戒したが、まずそんな感じでもなかった。


『だって、私そこそこ見れる外見なのに全然乱れないし...本当にスパイみたい』


『お前な...』


彼はこの世界がギャルゲー世界である事を知っている。


そのため、やはり目の前の出来事や憧憬は現実味がなく、実際に前世ではまず相対する事のないような女性を前にしても、どこか冷めていた。



『.....。』


(まぁ、この世界に来て15年も経ったからな、歳で言えば37歳か.....嫌でも余裕が生まれてしまうか)


それっぽい自己分析から、2度目の高校生活が冷めてしまうものになる事を懸案した。



『..あの...怒らせちゃった?ごめん..清澄』


彼女の指摘に考え込んでしまったと思った彼女は、申し訳なさそうに謝った。


『...ん。いや、なんでもない...下らん考え事に耽ってた。』


思考を今に戻した海道は、はぐらかすようにそういった。


『...あの、何かあったら言ってね。その....一応tomodachiなんだし。』フイッ


彼にも言えないことくらいあるとわかっていた彼女は、気恥ずかしそうに目を逸らしながら日本語でそう呟いた。


『あぁ、わかった。ありがとな、ソフィア。』


『っ///...い、良いのよ..その、tomodachiだからっ!』


友達というワードが気に入っているのか、念押しに励ましてくれた。



『..あぁ...さて、今日も行きます、か。』


『うんっ!』


話が落ち着いたところで、いつものように彼女らは日本語の勉強をしに図書館へ向かった。




後書き


楢崎 綾香 ならさき あやか 169cm 54kg

ベリーショート。かなり体が引き締まっている。

剣道部、堅物、バカ真面目。色々でかい。



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