虎野 信貞(この のぶさだ)
始業時間のチャイムと共に、道場での動乱は終息を迎えた。
「...はぁ。」
朝からドット疲れたため、一度気を休めるために図書館の隠し部屋のソファーでくつろいでいた。
「..ほんと、朝から勘弁してほしい。」
天井を見上げ、誰に届くでもない呟きを放った。
「ん..」
ふと、ぷかぷかと浮かんで祀られている特殊アイテムが目に入る。
それはゲームクリア回数が数回かつ任意の条件をクリアしなければ、手に入らない"惚れ薬"とやらである。
ネットでもその存在は都市伝説化しており、実際に手にしたプレイヤーはほぼ居ないに等しかった。
また、このギャルゲーは一人の開発者と画期的なAIエンジンで開発されたため、惚れ薬は開発者の遊び心なのか、それともAIが何かこの世界を調整するために設けたのか、転生した今となっては確かめようがなかった。
どちらにせよ、やはり人の人格を上書きするような事は倫理的にきついので、使わないだろうし、使いたくない。
やはり謎は多いものの、そこまで実生活に影響する事はないのでその事は一度、頭の外に追いやった。
「...まぁ、いいか。さて、と」
そして、気分を変えるために一風呂浴びる事にした。
「ーー・・ふぅ。」
ピッ
タオルで水滴を拭きながら、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを出して飲み、ソファーに深く座ってテレビをつけた。
「ーー・・本日はお昼から夕方にかけて、曇り空が広がり関東では雨が散見するでしょう。では、次のニュースです...」
「..雨か。」
テレビに映し出される気象マップを見てもここの地域では、雨天になりそうなのが予想でき、傘を忘れた事を思い出した。
下校時間を迎え、傘など持ってきていなかったため、ただ無力に降り注ぐ雨を眺めていた。
「ーー・・どうすっかな..タクシー呼ぶか..」
色々聞きたいこともあったので、久留米とかを待つことを考えたが、既に先に帰ってる可能性もあったため、このままいつまでも待ってるわけにも行かなかないため、タクシーでも呼ぼうかと思っていた。
「・・おーいっ!海道っ!」
すると、校門の方から聞き新しい明朗快活な声がこちらへと向けられていた。
「おーいっ!海道っ!家まで送ろうか?」
声の方をよく見ると、一際異彩を放つ黒のロールスロイスが止まっており、黒スーツの女が虎野に傘を差していた。
「あー....」
なぜか黒スーツの女がこちらにガチな殺気を送っていたが、彼はそれよりも彼女の提案に何か含みがないか勘繰っていた。
そして、タクシーを待つにも時間かかるだろうと、まぁ良いか。とお言葉に甘えることにした。
「あぁ・・ーー」
車に乗せてもらい数分経ったところで、もうすでにその選択を後悔していた。
「ーー・・やっぱ、この辺で...」
「....。」ゴゴゴっ
後ろの席で、スーツの女を挟んで俺と虎野が座っており、スーツの女は何かいうでも此方を見るでもなく、ただただ純粋な殺気こちらに向けていた。
「まだ雨足は強い。おすすめはせんな。」
妙に落ち着いている虎野は、珍しく意見を押し付けるでもなくそうアドバイスした。
「まぁ、そうだな。」
(こいつも、こういう時があるんだな...)
いつもは元気一番な彼女だが、今の彼女は名家の跡取りとしての自覚と身の振りが感じられ、不意に感心してしまった。
それが伝わったのか、なぜかスーツの女は先よりも濃ゆい殺気を送ってきた。
「.....。」ゴゴゴッ
「....スゥ..」
それでも、彼は変わらず涼しい顔で息を深く吸って、今も尚、車の窓を越えようとしている、風に乗ってきた雨の水滴をぼんやりと眺めていた。
「・・..寄りたいとこってここか?」
車が止まったところは、漆喰の塀に守られた城のようで、はたまた荘厳な屋敷の門の前だった。
「あぁ、とりあえず付いて来てくれ。」
「あ..あぁ。」
いや、俺いらんだろとも思ったが、未だ雨足が強まっており車で待つのも考えたが、それはそれでスーツの女と二人っきりになりそうだったので、渋々ついていく事にした。
「....。」
虎野についていくままについていくと、塀の中はよく手入れが行き渡っている池に、年季が入った紅色の橋、公園くらいの敷地を占有している動植物豊かな庭園があり、そして、どういう設計になっているのか一向に雨がかかってこない外廊下からそれらを眺めていた。
明らかに普通のところではなく、歯に衣着せねば闇社会のアジトに似た雰囲気が醸し出されていた。
(...きな臭いな。)
門を通ってから虎野は、一回もこちらを見ることもなく真っ直ぐに目的地へと向かっていた。
そして、その腹の据わった様子に加えて、虎野は確かに代々続く政治家家系とは言っていたため、自身の求婚への申し出が真っ向から断られては、家の面子が立たないとかで、俺を消すことして無かった事にするとか、やろうと思えばできるなどと色々考えてしまっていた。
(...一応、連絡しとくか。)
最悪そういう事態になっても逃げられるよう知人に現在位置と逃走の手筈を、ポケット内の衛星携帯から連絡しておいた。
「...海道様。ここでの携帯の使用は厳禁です。お預かりいたします。」
その様子はスーツの女にがっつり見られていた。
この時、虎野が先頭で歩いており、後ろにはスーツの女。そして、その間に俺が挟まれており、逃さんぞという強い意思が感じられた。
「...すまない、海道。従ってくれ」
「あぁ。」
ここでごねて、機嫌を悪くしたフリをして直帰することも考えたが、初めてこちらを向いた虎野が真剣な様子でそう言ったのと、すでに連絡も済んでいたため素直に応じた。
(...今はついて行くか、虎野の意図も気になるしな。)
どちらにせよ、今更ながらわかりやすい嘘な方便まで使って虎野がわざわざこんな所まで連れてきた意味を知りたかった。
(...もし強行的な行為に出張るなら、こちらも遠慮しなくていいだろうし)
そして、仮にそういう事態になろうが、彼にとっては大した事では無かった。
しばらく無駄に長い外廊下を歩いた所、黒スーツの大男が二人が佇んでいる襖に着いたところで虎野の足が止まった。
「ーー・・失礼します。京奈です。」
「入れ。」
どうやらここが目的地らしく、虎野が声を立てて掛け声を上げると、襖の向こうからは静謐ながらも重心が低く渋い声が響いた。
そして、断りを入れた虎野は襖を開いた。
ススッ
「パパ上っ、連れて参りました!」
すると、虎野は先までの真剣な様子から、打って変わりいつものような元気一番な笑顔でそう言い放った。
(ん...パパ上?)
彼女の妙な言い名に引っかかっていると、俺の入室の許可が出た。
「うむ、入れ。」
その和室に入ると派手さはなくとも置物や掛け軸、灯りに至るまで全てに手入れが行き通っており、置かれている配置一つ一つに家主のこだわりが感じた。
そして何よりも、真っ先に目に入った座椅子に佇んでいる隻眼の老年が発する空気はカタギのものではなく、俺のジィさんに匹敵する何かすら感じた。
「....。」
おそらく虎野の父でありそうなその人も含め、総じて、ボスステージのようだったので、此方はいつでも抜けるように体を脱力していた。
「「....。」」
パパ上はわずかに一瞬目を見開いたが、剣呑な目つきでこちらを見定めるような眼を向けてきていたので、こちらからは文字通り上から見下ろしていた。
「...ふっ..座れ。」
しばらくそうしていると、生意気な童の媚びぬ不遜な態度を軽くあしらうかのように僅かに笑った。たった一言で、比喩ではなく数々の死線を乗り越えてきた凄みを感じさせられた。
そういったところから、どこか目の前のパパ上を認めてしまっている自分がいたため大人しく座った。
「「....。」」
そして、隻眼のパパ上は着物の袖の内に腕を組んでいたが、一方で彼は胡座で両手をフリーにしており、いつでも来いといった容態だった。
一向に緊迫した空気は弛む事なく、虎野ですらこの空気で会話を始めようか迷っており、固唾を飲んでいた。
すると、案外あっさりと隻眼のおっさんが口を開いた。
「海道 清澄といったか」
おっさんは既にこちらの名を把握しており、虎野経由で色々知られているだろうと思い、虎野を一瞥した。
「あぁ。」
「っ...ピュー」
そして、一瞬彼に見られた虎野はわかりやすく口笛を吹いて誤魔化していた。
「?..良い名だ。だがその姓は無性に込み上げるものがあるな。」
虎野の様子を訝しみながらも、パパ上は意味深なことを言っていた。
「どういう意味だ」
「昔の知人に、お前のような厄介な男がいてな。」
すかさず彼が聞き直すと、パパ上は立ち上がりながら後ろに置かれている業物を手に取った。
「...へぇ、それで?」
既に体を解し終えていた彼は、直ちに立ち上がり若干挑発気味にそう聞いた。
「ちょ、ちょっ..パパ上っ?!」
「そいつぁ...ワシとの勝負から勝ち逃げしてのぉ...致仕方ないにせよ、やはり許せんのだ。」
シュイィィンっ!
虎野の声に耳を傾けず、初めからその気だったようにパパ上は業物から刀を抜いた。
(..デケェな。)
肩幅から相当な体回りだと推測できたが、いざ刀も携えた立ち姿に見合っていると、否応なしに実際の大きさ以上にデカく見えた。
「...それって義隆ジィちゃんのことか?」
年代的には、俺のジィさんと被ってそうであり、今までの言動からもジィさんの知り合いであることは間違いなさそうだった。
「愚問だ。あやつの孫なんぞに、娘はやらんぞぉぉぉ!」
「チェストォォッ!!」
パパ上は問答無用で俺がいたところで、ちょうど喉元があった位置に目掛け一直線に刀を貫いてきた。また、パパ上の縮地と突きは楢崎の比ではなく本物の実戦で数多の敵を葬ってきたそれであった。
「っ!...いきなり突きか...剣士のサガか。」
そして、お遊びのそれとは異なって本物の殺気が溢れており、マジで本気で殺そうとしてきていた。
「...虎野、悪いが手加減できないぞ。」
一旦距離を取りながら、虎野に断りを入れた。
「あぁ!今の状態だと一度倒すか、体力が切れるまで私の話も聞かない!なんとかしてくれっ!」
すると彼女は、盛大に勘違いと受け継がれた因縁でバーサーカーモードになっているパパ上を止めてくれと言った。
「...わかった。お前は離れてろ。」
いや、お前。まず前もって説明しろよとか色々言いたいことはあったが、一旦飲み込み目の前の歴戦の武人に集中した。
「「.....。」」
騒がしかった空気が澄み、数多の戦地を切り拓いてきたであろう日本刀を構えた武人と、嫌な予感が当たってしまい即座に腹を括った若い男が睨み合い、示し合わせたかのように互いに距離を一気に詰めた。
「きぇぇぇぇいっ!!」
容赦無く脳天に振りかざされた刀と、イカれた鍛錬の末に得た、明らかに出る世界を間違えている隕石をも霧散するような無敵の拳が激突した。
ドンっ..
あまりの速さとエネルギーが激突したが、その瞬間、意外にも僅かな衝撃音のみ一瞬にして生んだ。
..ギンィィンっ!!
それでも、確かに拳と刀が拮抗し合う所を中心に空気が歪み、遅れて真の衝撃音が鳴り響いた。
「....やるな、パパ上。」
それの衝撃の反動に耐えきれたのは、カウボーイのように銃口の代わりに拳に息を吹きかけている海道のみだった。
「・・スゥ...ぐぬぅ...」
掛け軸の方まで吹き飛ばされたパパ上は、膝をつきながらも投げ捨てた鞘を杖にして立ち上がった。
「お前にパパ上と呼ばれる筋合いはないっ!俺は虎野家9代目当主 虎野 信貞。」
「チェストォォっ!!」
ーー・・ギンィン!!
「...くっ。」
「オラァァ!!」
「...はぁ...っ。」
古傷で満足に動けていなかったように見えたが雰囲気が変わり、斬撃を重ねるたびに動きにキレが出始めており、彼は庭の方まで押し出されてしまった。
「....さみぃな。」
雨足は先よりも強くなっており、容赦なしに冷たい雨が体に滴る。
「まだ余裕があるな小僧...シッ」
着物を脱ぎ、軽装になったパパ上は刀についた水滴を一振りで弾き切った。
「..いいから、こいよ。」
未だダメージらしいダメージを受けていない海道は、傍目で後ろを確認してから構えを崩さずそういった。
「ヌゥッ!!」
ギンっ..ギンっ..ギンっ!!
何十にも折り重なった剣撃が彼を襲う。
「そういうっ!巫山戯た態度もっ!!あいつと変わらんなぁぁ!!」
ドッ...ギュイン!!
「...シッ。」
剣撃を重ねるたびに威力が増しており、受けに回っている内に着実に池を駆ける橋の方まで追いやられていった。
「そんな奴に!可愛い娘をやってたまるかぁ!!」
キンッ!
「...あっ。」
そして、普段なら落ち葉ひとつすら落ちていないはずの橋の上で、海道は雨に連れられた落ち葉に足を滑らせた。
「待って!!パパ上っ!!」
「・・貰ったぁ!!」
娘の静止を聞いたところで、今のパパ上がそれを逃すわけがなかった。
ズサッ...
しかし、刀を振り下ろしたものの、それは血飛沫が上がる音ではなかった。
「..なっ!」
勝機に目が眩んだパパ上は、数百年とこの土地に根を張っていた橋の重厚な木目に刀を取られていた。
「...ふぅ。俺の勝ちだ。」
そして、海道はしてやったりと言った顔で立ち上がり無敵の拳をパパ上の眉間に頭に添えた。
「...っ..つはぁ...あぁ。」
刀を橋抜こうとしたその瞬間に、真剣を壊しかねない拳を受けたパパ上は無理が祟ったのか、刀は決して離さずとも膝をついた。
雨足が弱まり、一寸だけ彼の地に陽が灯った。
「....。」
勝者を讃える陽に照らされた彼は、パパ上に手を差し伸べていた。
「...っ!...完敗だな。」
叶わぬはずの勝負の先で真っ向から挑み、堪ふる力を振り絞った歴戦の武人は、憑き物が落ちた表情でそう言って彼の手を取った。
「・・できれば全盛期のあんたとやりたかった。」
パパ上はなんとか立ち上がり、鞘に収めた刀を支えにしながら屋敷へ向かっている途中、一つだけ叶うならとそう呟いた。
「ふっ、したら、お主は死んどる。」
確実に衰えてはいた虎野 信貞だったが、決して簡単な相手ではなく、一瞬でも気を抜けば本当に殺されかねなかった。
「..かもな。」
それでも、俺は最盛期の虎野 信貞と戦いたかった。
「..清澄。お前、狙ってやったのか?」
そして、海道は初撃の時点で、パパ上の斬撃に打ち勝っており、実はやろうと思えば刀を殴り壊すこともできたのを、パパ上は直感的に感じ取っていた。
「...まぁ、たまたまだ。」
少し間がありながらも、彼はそれとなく誤魔化した。
ただ、おそらく数百年は降らないほどの年季が入っているが、よく手入れされ、代々受け継がれてきたその刀の死に場所は、ここではなかったというだけである。
「..ほぅ。」
話を逸らしたり、誤魔化したりするのが出来ない性は、しっかりと海道 義隆の孫に受け継がれていた。
「...ったく、生意気な。」
そういった清澄の計らいを察していたのか、パパ上はジィさん譲りの彼のそういう不器用なところが生意気で、実に可愛かった。
「おいっ..やめろ。」
久しぶりに上手から頭を荒っぽく撫でられる感覚は、少しこそばゆくも、どこか懐かしかった。
そうして、スーツの女に叱られながら軽く処置を受けたパパ上は、改まって京奈を同席させて話を続けた。
「ーー・・娘が欲しいそうだな。この虎野家に嫁ぐとなれば、それ相応と覚悟と資質を...」
「いや、違う。」
「ん?...ゴホンっ、いざ婚姻を前にして怖気付いたのかぁ!?」
先までの熱い戦いの後で良い余韻に浸ってる中、そもそも前提状況が異なる両者で見事に食い違っていた。
「いや、違うぞ。俺はそんなこと言った覚えはない。」
これ以上付き合ってられないので、彼ははっきりとそういった。
「ん...京奈。どういうことだ?」
「あの、黒崎には伝えたんですが...」
「えっ?!私ですか?!」
どうやら、全てが京奈のせいではなく黒スーツの女に要因があるらしかった。
「そうなのか?」
「いや...え?!違いますよ!」
もっとお年を考えてください。あなたが倒れたらどうするんですか?!などとパパ上を叱っていた黒スーツの女が、一転して問い詰められる側にまわっていた。
「お嬢っ、私は確かにうまくいったとお聞きしましたが」
「え?俺は電話でなんとかして上手く行かせると言ったのだが...」
どうやら、結構な伝達ミスがあったようで、さらにその要因は黒崎さんにあった。
「あーっ!...そういえば、あの時この屋敷の近くでお嬢から電話を受けた気が...」
「なっ...黒崎。お前、ここ本部に配属された初めの初めに、ここ周辺で電子機器は使えんと...」
(..俺のは出来たから、妨害電波か。)
知人への連絡はできたので、盗聴防止の妨害電波あたりだと踏んでいた。
「す、すみません。」
「それだと護衛隊の隊長の件は厳しくなるかも知れぬ...」
「それだけはっ!」
「しかしなぁ、わしも人のこと言えんが...」
「すまん、虎野トイレに行きたいんだが案内してくれるか?」
「あ、あぁ、わかった・・ーー」
しばらく続きそうだったので、俺はそろそろ駆けつけてきそうな知人の従業員を止めに行くことにした。
「ーー・・後2分で突入。相手は極右団体、銃撃戦もありうるが、社長の知人だ死んでも救い出せ。」
「「「「了解。」」」」
ある警備会社仕様のハイエースには、5、6人の完全武装した者たちが待機しており、モニターには門番をしている黒スーツの男が数人写っていた。
「おい、お前ら何してる。」
パトロールしている黒スーツの男が、ハイエースの運転手に声をかけた。
「...あー、近所の契約者様への点検で回ってます。」
「そうですか、ご苦労様です...な訳ねぇだろ、この地区一体はうちの党員しかいねぇよ。両手上げて車から降りろ、後ろの奴らも」
(..急とはいえ詰めが甘かったか、この国の空気にやられすぎたな。)
「はい。」
リーダー格の運転手はシートベルトをとるに見せて、銃を引き抜こうとした。
「ーー・・待て、飯田。そ奴らは客人の関係者だ。」
その寸前で、運よく海道と虎野が現れた。
「なっ..本当ですか?」
「あぁ、そうだ。とりあえず離れていい。」
「は、はぁ。失礼します。」
次期当主の発言力は強力で、あっさりと話が通った。
「これでいいのか?」
「あぁ、助かった。来てもらった所すまないが、問題なくなった。」
事前に彼女の行動への指示を行なっていた彼は、彼女の確認を了承し、知人の従業員たちへ率直な報告した。
「了解。あ、社長がよろしくと。」
「あぁ。」
依頼の完了を受け、それだけ言い残して彼らはどこかへいってしまった。
「..なぁ、海道くん。彼らは...」
「知らない方がいい。」
虎野もそういった人らは知っているだろうが、彼らはそういった類とは一線を画す者らなので彼はそれだけいった。
「....そうか。」
彼女も運転手のみチラリと見たが、彼クラスがハイエースに少なくとも5人乗っている事から本当に間に合ってよかったと心底安心していた。
「ーー・・おう、長いトイレだったな。」
「....。」
先の和室に戻ると、さきと変わらずスッキリしている表情のパパ上と、しょんぼりしている黒崎さんが座っていた。
「でだ、事情はわかった。すまない、色々と重なってしまい危うく殺しかけてしまった。重ねてお詫び申し上げる。」
伝達ミスによる早とちりと理解したパパ上は、今までの行為への謝罪として頭を深く下げた。
「当主っ!」
それは叱られ意気消沈していた黒崎さんでも憚ってしまう姿だった。
「黙っとれ。」
「っ..。」
この国政治を握る党の党首でもあり、虎野家の当主でもあるパパ上の謝罪姿は、この家の威厳に関わるものだったため、これ以上受けられなかった。
「それは構わない。頭を上げてくれ。」
彼からの許しを得たパパ上は頭を上げ、妙に据わった目で何やら脈絡なしに不穏なことを言い始めた。
「...若き義隆をも越える純粋な強さ、そしてどっしりと構え物事に赴き、寛容な視点で物事を俯瞰し先を据える審美眼.....清澄。そんなお主に折いって頼みがある。」
(うわ、嫌な予感。)
そう思った時には、既に厄介なことを言い始めていた。
「是非、京奈をたの...」
「断る。」
嫌な予感が的中しない確率は、見事に期待値割れしていた。
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