冤罪。


「....。」


(ちょっと時間があいたから少し戻って読むか、)


翌日の朝、教室につきホームルームまで本でも読んでいようと、彼は読みかけの本を取り出してくたびれたしおりを取っていた。



「...おい、ここだ。」


「よし。」


すると、廊下の方から朝練帰りの道着姿の男たちが、ゾロゾロとこちらに向かって歩いてきた。


「ーー・・海道って奴はお前か?」


 一際ガタイがでかい男が、彼に声を掛けた。


「いや、人違いだ。」


 明らかにややこしい空気を感じたので、知らんぷりした。


「そ、そうか悪い...このクラスのはずなんだが...」


「気にするな..」


 脳みそまで筋肉でできていそうだったので誤魔化せるかと思ったが、どうやら少しは脳みそが残っていたようだった


「...部長。でも190cm越えてる男ってこいつくらいですよ!」


「そうっすよ!」


「むむっ、確かにそうだな。すまない、君。彼が海道で間違いないか?」


 周囲の者たちに説得され、その男は近くにいた男子生徒にそう確認した。


「え、えぇ。そうですよ。」



「....はぁ。」


 適当にやり過ごそうと思ったが、結局そうもいかなかった。


 



無事に三回目の道場まで連れてこられた。


「ーー・・ここでいい。」


「...部長っ!もうやっちまいましょうよ!」


「そうっすよ!!許せないっす。」


「?」


 血気盛んな部員?たちは、どうやら俺のことが許せないらしかった。


「待て、お前ら。まずは話を聞いてからだ。」


しかし、わざわざ道場まで連れてきたくせに、意外と部長の方は冷静に見えた。


「...初めに、空手部部長として、昨日の決闘を見て結果には納得している。京奈が吹っ掛けたことだ、真正面から向かって敗北した。ただそれだけの事だ。」


「部長っ!」


 回りくどい言い方が気に食わないのか、一人の部員が不満そうに声を上げた。


「聞いてろ。」


「は、はい。」


 しかし、すぐに黙らされていた。


「..はぁ」


 海道は正直、部長さんからの要件の真意を掴めずにいた。


「だが、海道。お前に関する噂はどれも耳障りの悪いものばかりだ。」


 部長さんの空気は一気に変わり、声に怒気が帯びていた。


「...噂?」


(確かに、二週間くらい家でトレーニングとかしてた時は喧嘩で停学とか、そのせいで青鷺からも不良呼ばわりされてたな...しかし、別にわかりやすく悪い事をした覚えはないな、税金も払ってるし。)


 やはり、彼が知る限り噂と呼ばれるものは、そう大したものではないモノばかりであった。


「今朝の虎野の様子は明らかにおかしかった。話しかけても虚な目で適当に返してくる。」


「お前何かしたんだろっ!!」


「そうだそうだ!!」


 どうやら今朝の虎野は様子がおかしく、おそらくだがその原因が俺にあると踏んでいるようだった。


「..仮に昨日の件でそう言う関係になったとしても、酷いことをした可能性は拭えない。」


「無茶言うなよ」


 可能性の話したらなんでもそうだろと思ったが、部長さんには届きそうになかった。 


「スゥ...ここで、決闘を申し込む。俺が勝ったら京奈を返してもらう。」


 彼の適当な態度に部長さんは勝手にピキリ始めており、彼の返答を聞くまでもなく、ついには決闘にまで発展した。


「もし俺が勝ったら?」


ここで、弁明しても流れが変わるわけでもないので、もうなんかいつものように話を進めた方が早く終われると思い至り、さっさと先へと舵を切った。


「ふんっ..なんでもいう事を聞いてやる。」


 部長さんは自信満々にそう答えていた。


(...いや、いらねぇな。)


 筋骨隆々の男を好きにできると言われても、勿論何もトキめく事はなく、いつものように何のメリットのない決闘だった。


 しかし、今までの決闘とは異なり、相手は女ではなく空手黒帯をわかりやすく引っ提げていたので、今回はそこまで気を使わなくても良さそうで、胸の奥から僅かに何かが沸るのを感じた。



『ーー・・はじめっ!』


「シュッ!!」


 この学校の格闘系の部活人は血の気が多いのか、部長さんは問答無用で俺の顎先を上段蹴りした。

 

「・・はっ?!」


 はずが、空間が歪んだかのように、縮地で海道の間合いにおびき寄せられた形になった。


「ぐっ!」


しかし、上段蹴りのモーションは未だ終えておらず、振り切ってなんとか右足を地面につけようしていた。


(..まずいっ、このままだと...)


 ご丁寧に胴元が曝け出されている形だったが、彼は一向に手を出そうとしていなかった。


(こいつ...まさかっ?!)


 そう彼は部長さんが受けの構えができるまで、待っていたのだった。


「・・舐めやがってっ!!」


パキィィっ!!


 待ってもらった部長さんは、なんとか右足を地面につけ受けの姿勢をとったその時、体の芯が軋む音と共に視界が反転した。


「...ぁ..はぁっ...ふすぅー...スピー」


 腰を落とし左肩を竦めて丸まるように、彼からの何かを万全に受けたはずが、数メートル程吹っ飛ばされ両肺の空気が一気に押し出されて、呼吸すらままならないまま、部長さんはうずくまるしかなかった。


「....。」


海道は部長さんを薙ぎ飛ばした右足を下ろして、ゆっくりと彼の元へ近づいた。


「お、お前っ!!シッ!」


ドゴっ!


「ぐはっ?!....ぁ」


 見ていた部員らは海道が部長にトドメでも刺そうしていると思ったのか、彼に殴りかかろうとして決闘に水をさしたが、無事に海道に蹴り飛ばされた。


「もう、黙っておけねぇやっちまえ!」


「「「おうっ!!」」」


 それを見た他の部員たちは、同じように飛びかかってきたが案の定だった。


ドンっ!ドゴっ..ドガッ...


「..おま...え..ら..プスゥ...スゥ..」


 部長さんは海道に蹴り飛ばされている部員たちを止めようと、なんとか声を上げるが未だ呼吸すらままならなかった。


「・・うぅ...」


「かはっ...はぁ..」


「...スゥ...すぅ...」



「.....。」

 

 部員たちを無事に蹴り飛ばし終えた海道は、変わらず涼しい顔をしていた。


 そして、まだ倒れたままの部長さんはいまだに甘いことを言っていた。


「部員らは...関係、ない...」


「こいつらは拳を抜いた。その意味位わかるだろ。」


海道は退屈そうに、一向に立ち上がれそうにないを部長さんを一瞥してそう言った。


「ぐっ...」


 部長さんの口からはぐうの音が出ることはなかった。


「そんなことより、俺に関する噂って...」


彼はその話を聞いた時から、気がかりになってた事を聞こうとしたが事の発端者が現れた。


「ーー・・なっ?!どう言うこと、なんだ...」

 

 教室で一部始終を見ていた久留米から聞かされ、駆けつけた虎野はこの惨状に驚いていた。


「...うぅ....虎野..ちゃん..」


 虎野に気づいた部員Aは、立ち上がれない中彼女の名を呼んだ


「なっ..大丈夫か!?梅野っ!」


「....。」


 なんか嫌な流れを感じた海道は、決闘の決着も付いたところだったので気配を消して離れようとしたが、部員を労っている虎野に呼び止められた。


「....これは、海道がやったのか?」


 事実俺がやったのは間違いないし、状況証拠的に、俺が一方的に御したように見えていても仕方なかった。


「ま、まぁ、そうなるな。」


「..っ..俺が気に入らないならっ!俺に当たってくればいいだろっ!」


どう言う思考回路なのか、俺が彼女への当てつけとして彼らをやっつけたという認識らしい。


「えぇ...」


 彼は彼女の無茶苦茶解釈に、本当に勘弁してほしいと思った。


「なんで...こんなぁ...うぐぅ..」


 そして、虎野は弱々しく彼に縋って、まるで許しを懇願しているようだった。


「はぁ...やれやれ。久留米、説明してやれ」


「っ...ははっ、バレてたかぁ...」


ダウンしている部員たちが起きない中、すれ違ってしまった情報のすり合わせはできないので、代わりにうまく盗み見していた久留米と、いつでも駆けつけられるように腕を鳴らしていた青鷺に間に入ってもらうことにした。

 

「ーー・・彼らは、海道くんが京奈ちゃんに酷い目を合わせたせいで、今朝の京奈ちゃんの様子がおかしくなった。と勘違いしたのよ。」


 つまり、部員たちは、海道が虎野に決闘の報酬としてあらぬ事をしたのではないかと踏んで、ある意味敵討ちをしようとした結果この有様になった。


「なっ?!そうだったのか....しかし、酷い目って...」


なんとか事の経緯が虎野へ伝わったが、酷い目と言われる内容に引っかかっていた。


「京奈ちゃん、ちょっと...」


 そこで、久留米が彼女に手招きし、耳元で何やら吹き込んでいた。


「違っ..俺はもっと、節度を持ってっ!...くぅっ///」


 どう説明されたのか、虎野はお顔が真っ赤になりながら弁明していたが、海道と目が合った際に耐えきれず久留米に顔を埋めた。

 

「ふふっ、お可愛いですね。」ヨシヨシ


「...んぅ..俺はそんな変態じゃ...もぉ//」


 久留米はでかい猫を愛でるように虎野の頭を撫でていた。


甘い雰囲気になっているところだったが、もう一つ彼女に説明を求めた。


「したら、今朝の様子がおかしかったと言うのは何だったんだ?」


「..それは、昨日海道に言われた事について考えてたんだ。俺は答えが出るまで辞めれんのだ。」


「あー、そうか。」


「昨日言われたこと?」


「海道くん。また何かしたんですか?」


 彼は虎野の言い分に納得したが、久留米や青鷺はそれを聞き逃さなかった。


「おい、人聞き悪りぃな。」


「何か無茶な要求でもしたんですか?それは、シメないとだな。」


 青鷺はメガネを取って胸ポケットに入れ、拳を鳴らしながら不良時代の空気を纏い始めていた。


「いいから聞け、言っていいか?」


「...構わない。」


 彼は一応虎野に断りを入れると、立ち直り始めていた虎野は了承した。


「こいつは政治家家系でな、強い男の後継が欲しいとかで迫ってきたんだが、まぁあり得ないにせよ、俺の子供が大人の都合にふり回されるのは御免って話をした。」


「..こ、後継?」

 

「あら、そこまで話が進んでたんですね。」

 

 一通り聞いたはずの久留米は、彼が了承した前提で話していた。


「おい、勝手に話を進めるな。」


「ふふっ、冗談ですよ。ただ、海道くんの意見には賛成ですね。」

 

もちろん冗談で、彼女は一変して真剣な様子で彼に賛成した。


「それで答えは出たのか?」


 虎野の今の様子は昨日と一緒で、朝の様子とは違うと思われたので答えが出たのだと考えられた。


「ああ、初めに、俺は子供の幸せを最優先にする。それには、家業の継承への強制は言語道断。して、俺は最低三人は子作りするが、全員が家業を継ぎたいわけではないだろう。その時は、党員の中から何とかして後継者を選任し、責任を取って家から抜ける。これが俺の答えだ。」


「ほぅ...」


彼女が出した結論は想像の5倍くらい思い切ったものであり、仮にそのような事態になった場合には、勘当も辞さないようだった。


「あら、これは責任取らないとですね。海道くん。」


「海道くんっ!こっ、こ、子供は三人は..欲しいんですかっ?!」


「おい、落ち着け青鷺。俺は一回も了承した覚えないぞ。てか、付き合ってすらねぇだろ。」


 いつの間にか、虎野の申し出に俺が了承した事になっており、付き合ってもないのに話が飛躍していた。


「..海道!末長くよろしく頼む。」


 その流れに乗って、虎野はどさくさに紛れて関係を結ぼうとしていた。


「うわぁー!海道くん。行っちゃダメですよぉー!私を一人にしないでくださーいぃ」


「うぅ...私とは遊びだったのね..シクシク。」


そして、すっかり雰囲気に呑まれ彼の腕を掴みながら叫んでいる青鷺と、明らかにこの空気を楽しんでいる久留米が俺にダル絡みしてきていた。


「はぁ、お前ら...絶対わざとやってるだろ..」


既に収拾はつかなそうな状況に陥り、彼はされるがままカオスな空気に身を任せていた。



「..やれやれ。」


 結局、彼女らの本気なのか冗談なのかわからない絡みは、始業時間まで続いた。







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