虎野 京奈(この きょうな)






(...カレーだと最低三日はカレー尽くしになるからな...)


紅葉が散り始め、終わりが近い秋風に乗って空を切っていく様を見ながら、彼は今日の晩飯のメニューをぼんやりと考えていた。


 すると、勢いよく教室の扉が開かれた。


ガラガラッ!!


しかし、彼はヘッドホンを付けていたため気づかず、のんびりと窓の外を眺めていた。



(..豚汁でいいか、野菜も取れるし豚汁なら飽きがない。)


タンタンタンッ


それでも、その訪問者は彼の元へ足音を立てながら近づいていた。


「?」

(なんか、騒がしいな)


その振動を察知した彼は、ようやくその振動先を向いた。



「ーー・・お前っ!俺と勝負しろ!!」


「....。」


一人だけ世界観というか、調子が違う彼女に話しかけられた彼は、そのまま椅子から立ち上がった。


「っ!....ん!」


  彼女は立ち上がった彼の威圧感に気圧され、少し狼狽えるが、腰に両手を当て張り合うように胸を張って、気丈さを醸していた。


「?...」


 彼女の競合的な態度を不思議に思いつつも、彼は軽く会釈をしてその場を離れた。


「....っおい!!無視するなっ!!」


(かぁー、誤魔化せんか...)


 明らかに面倒そうな空気だったので、聞こえないふりをして逃亡を図ったが、彼女は流されてくれず、彼は渋々ヘッドホンを外した。


「お前、夏休みの時に男に絡まれてた女を助けていたであろう?その時の所作や、雰囲気、只者では無いと見た」


(お前もかぁぁぁ...)


何気ない出来事がバタフライエフェクト的に、この世界における俺の生活範囲に多大な影響を及ぼしていた様だった。


「いや、人違いだ。」


 あの時はフードを深く被っていたので、まず顔は見られていないため、まだ言い逃れの余地があった。


(いや、言い逃れの余地って...俺悪いことした人みたいやん。)


 しかし、結局その目論見も頓挫してしまった。


「えっ...そうなのか?!でも久留米はお前に助けられたと...」


 ちらっと久留米の方を向くと、にこやかにこちらに手を振っていた。


「..!。」


「フゥゥゥ....」


大方、教えたら面白そうになると思ってのことだと察し、眉間を押さえながら大きく息を吐くと同時に現状を肺に吸い込んだ。



(...して、なぜこうも毎度、暴力的な手段に収束するんだ。)


どんどんと逃げ場がなくなる彼は、デジャブのようにこれから予想される展開にやれやれ度数が上がってくのを感じた。






結局、道場まで彼女に連れられ決闘がセッティングされた。


「ーー・・おい、道着は着ないのか?服が敗れるかもだぞ。」


 相手の力量を測れていない彼女は、いまだ彼へ気遣いするだけの余裕があった。


「必要ない。」


「むっ...確認だが、寝技、関節、打撃なんでもありだ。それと、女だからといって舐めてかかると痛い目に遭うぞ。」


さっきオーディエンスの方から聞こえたが、彼女は公式戦無敗らしく、男女混合無差別級で何度もチャンピオンになっているらしい。


「あぁ。はいはい。」

 

 しかし、そんなことは彼にとってどうでもよく、さっさと終わらしてお昼寝したかった。


「っ!...どうやら手加減はいらないそうだな。」


 彼の舐めた態度から、彼女は本気でやろうと意気込んでいた。


「あぁ、さっさとしろ」


ピキッ...


適当に相槌したせいで彼女の闘争心に火をつけ、両者陣内で向き合った。



『レディー...ファイっ!!』


「せいっ!!」


先の舐めた相槌のせいか、彼女は容赦無く上段蹴りを防具なしの彼の頭めがけて、振り切った....


「..ぇ...」


....はずだったが、彼の姿は一切の痕跡を残さずに、目の前から消え去った。


さっきまで目の前に居たはずの自分よりも2回りも3回りも大きく、相当の質量を持つ男を探そうとしたが、すぐに彼女の視界はいきなり真っ暗になった。


「..動くな」


そして、彼の一声でその正体はすぐにわかり、いなくなったはずの海道は、その大きな掌で彼女の顔を寸前で覆っていた。


「なっ...!?」


状況を飲み込めなていない彼女は、以前として動けず、ただただ困惑していた。


しかし、ただ2つ今の状況から得た結果を理解した。


(ん...こやつは...あの時の...)


「ま、参りました。」



「嘘だろ、一瞬で...」


「信じられない...虎野ちゃんが負けるなんて...」


「どうなってんだ」



彼女もオーディエンスも何が起こったかわからない様子で、道場内の空気は混乱していた。


「ふぅ...じゃ....」


そんな彼らを無視して、彼はその場を去ろうとしたが、敵意のない手が彼の腕を引いた。


「?」


「...くっ...ぉ」


プルプルと肩を震わせて顔を伏せながら、彼女は口を開いた。


「..お前、海道って、言ったか?」


「あぁ...」


俺の名を聞いた彼女は、顔を上げ目をキラキラさせながら爆弾発言を放った。


「...海道。お前...私と付き合えっ!!!」


しばらく彼女の情熱的な緋く輝く目で見つめられるが、海道の答えは既に決まっていた。


「断る。」



「「「えぇぇぇぇぇぇ?!」」」


物理的に難攻不落の女とされていた彼女が告白した事と、それをあっさり断った男への驚愕と混乱の嵐が道場に響き渡った。




その後、運よくチャイムが鳴ったが、教室に帰るとまた面倒な質問などに晒されそうだと思い、授業で出払っている生徒たちがいない静かな図書館へ向かった。


「ーー・・ふぅ。」


 そして、いつものように隠れ部屋に入って、冷蔵庫の中からコークコーラを取り出した。


プシュー


 炭酸が弾ける音が脳に震盪するのを感じながら、焦茶基調のソファーで一息ついた。


「...ぷはっ...やれやれ」


 平穏をかき乱すような事案は一度、仕事終わりの一杯のような格別なドリンクで流すのが吉である。


ブブッー


 ソファーにもたれながら、静かに目を瞑っているとスマホのバイブレーションがなった。


「ん...」


『災難でしたねー。』


 メッセージ先は少々おしゃべりな久留米さんだった。


彼女は虎野事案の元凶というほどではないが、キッカケにはなったのは事実だった。


『後でお仕置きだ』


 怒ってはいないものの、これ以上の厄介事を起こしてもらわないために楔を打っておいた。


 まぁ、効果あるかはわからんが


「...?」

 

いつもなら既読がついたら、すぐにメッセージが返ってくるはずなのだが今は違った。


「...まぁ、いいか。」


クシャッ...ぽいっ


 変だなと思いながらも持っていた缶を飲み干し、十円玉くらいに握りつぶしてゴミ箱に投げた。


「...なんかあったのか..って...はぁ..寝るか。」


 少し連絡が返ってこないくらいで、頭の中で久留米のことを考えてしまっていたが、それをはぐらかすようにベッドに倒れ落ちた。



ちっ...ちっ..ちっ...。


「....。」


 妙にいつもより空調と時計の針が進む音が、頭に響く。


「...ったく、何考えてんだ。今は授業中だろ...」


 彼はそう呟きながらも、底なし沼のような引力を持つふかふかのベッドに身を沈めた。




 


「ーー・・...んぁ...今は...」


そして、つい気持ちよくて数時間くらい寝てしまい、スマホを確認すると既に17時を回っていた。


「ん..?」


携帯のトップ画面には彼女からのメッセージが届いており、開くとグッドサインをしている太ったパンダのスタンプが送られていた。


「こいつ...」


おそらく懲りていなさそうな感じであったため、本気で何かお仕置きを考えることにした。


ぴこっん


そうしていると、前に通っていたゴールディングジムの更新通知も届いた。 


「あれ、解約してなかったか...」


彼はそういえばとジムの解約を忘れていたことを思い出し、荷物を取ってジムへと向かった。



「ーー・・はい。これで退会完了となりますが、今月一杯まではご利用可能です。」


「どうも。」


無事に解約を終えた彼はついで、ジムで今日のメニューを消化することにした。


 その時、後ろから聞き新しい声に話しかけられた。


「ーー・・よっ!海道っ!!」


「・・お前..ジムにまでつけてきたのか?」


 なんとなく察しがついていながら、嫌々振り返ると案の定、件の女、虎野 京奈だった。


「いやっ!?違うぞっ!...俺はずっと前からこのジムに通ってるのだぞ!海道がが通い始めるずっと前からな。」


「..お前、なんで知って...」


彼は重ねて彼の情報が筒抜けなところに若干引いていた。


「そりゃ目立つぞ、最近まで、ずっとフード被りながらサウナスーツ着てただろ、結構有名人だったぞ。」


 彼女は彼のドン引き具合に目もくれずに腰に両手を添えて、どこか偉そうに説明した。


「あー、そういえばそうだったな。」


最も効率よく脂肪を削ぎ落とし、筋肉を培うにはそれが効率的だった。


今は増やしすぎず、減らしすぎずで肉体を最適化しているため、そう言う荒療治はしてないが


「..で、何のようだ?」


これ以上彼女と話すことのない彼は、さっさと要件を聞いた。


「何のようだとは何だ?昼休みの時の告白のことであろう。」


 彼女は何をいっているのだという表情で、昼の決闘の件を挙げていたが、彼はその話は既に終わったものだと思っていた。


「それは断っただろ。」


「一回目はな、でも、これからもそうとは限らないだろ。」


変な方向に熱を帯び始め、何やら良いことを言っているようにも見えた彼女を前に、彼は天を仰ぎ始めた。


「....スゥ」


(おい....勘弁してくれ)


また、このジムはアクセスが良かったので、今月一杯までは学校終わりに利用しようかと思ったが見事に頓挫してしまった。


(..少し勿体無いが、明日からは家ジムだけでいいか。)


 しかし、明日からこのジムに通わないだけで、彼女との関わりを無くせるわけでもなかった。


「・・我が家の後継を産まねばならんのに、最近の男は軟弱でな楢崎先輩のような男がいればと思ってたところ、海道!お前が現れた!」


「...俺より強い奴はいるだろ。」


 実際、世界は広いので、探せば芝春の上位互換みたいな奴もいるだろう。


 とまぁ、色々ツッコミどころは多かったが、彼はとりあえずターゲットをなんとかそらそうとしていたが、効果は芳しくなかった。


「俺はお前にビビッとくるものを感じた!これは運命だっ!」


「は、はぁ...」


彼女の熱量についていけず、高低差で頭がキーンとなりそうだった。


「だっ...だっ..だっ」


そして、あまり人が少ない時間帯のため、彼女の声はジム内をこだましていた。


「てか、お前名前...」


 実は彼がヘッドホンをつけてた時に名乗っていたのだが、彼女は改めて名乗った。


「はっ!これは失礼した。これから夫となる男に名を名乗ってなかったとは」


「いや、ならんから」


いつの間にか勝手に話が進んでおり、このままでは一方的に婚約が締結されそうな勢いだった。


「俺の名は虎野 京奈。末長くよろしく頼む。」


「へぇ。」


 変に相槌を打つことで末長くよろしくしないために、彼はどれとも取れない反応を示した。


「むっ...つれないな。」


 彼女は結構策士のようで、やはり言質を取ろうとしていた。


「して、虎野と言ったか。」


「うむ!」


 そして、これ以上、悩みの種を明日に持ち越したくない彼は一手打つことにした。


「お前の言う後継ぎってのは、なんなんだ?」


「言ってなかったか、俺の家は代々政治家家系でな強く聡く親身な公人たれ、が家訓である。」


「..つまりお前は俺の子供に、その責務を押し付けると言うことか。」


 彼女の言っていることは、まぁ、あり得ないのだが生まれてきた俺の子供の生き方を制限すると言うことであった。


「むっ、先人たちが積み上げてきたものを受け継ぎ、次に渡すことが私の責務であり、幸せだ。」


彼女の言い分自体は本気そうではあったが、どこか受け売りというか、親の言ったことをそのまま鵜呑みにし過ぎており、それを次へと勝手に押し付けようとしていたように見えた。


 それが、堪らなく気に入らなかった。


「お前の都合はどうでもいい、大人なんぞが子供の選択肢を限定するなど、一切まかり通らん。」


「っ?!...しかし...」


彼女自身も今は、将来的にそう言う道に進む事自体は受け入れてはいるが、過去には嫌だと思ったことは確かにあったそうに見えた。


「.....。」


「..とかく、子供にくだらん大人の都合を押し付けるなど、俺は御免だ。それに、そういう社会を作らないために政治家はいると思うだがな。」


「っ....」


親がどんなに素晴らしいレールを引いたとしても、そこに子供の意思決定がないのであれば、その先どんなに成功を収めようと、それは真の自己実現には達しない。


それは、あまりに酷い事だと言える。


 それに、親が責任を取れる範囲なんて限られてるから、子供には自分で考え決断させて好きにさせた方が良いだろうし、どのみち彼女の価値観には賛成し得ない。


「じゃあな」


 そうして、言うだけ言った彼は黙りこくった虎野が復帰するのを待たずして、その場から離れた。


 結局、不気味なくらいに消沈していた虎野は追ってくることもなく、彼は無事に家に帰宅できた。


「・・ふぅ...」


ジムでシャワーを浴び損ねたため、すぐにシャワーを浴びて水気を拭きながら、ソファーに寛いでいた。


「できれば、これで終わってほしいが...」


そして、天井を見上げ楽観的に呟くが、彼の周囲を取り巻く環境は着々とうねり始めていた。








後書き


虎野 京奈 コノ キョウナ 178cm 65kg 筋肉質

陸上部と空手部兼任、褐色、薄茶髪、茶色の目。

親が極右政治家。


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