愛妻弁当。







中庭での会話を聞いていた彼はその後、海道は図書館の隠し部屋で映画を見ていた。



『パンっ!パンっ!』


『進めぇ!!』


『うぉぉぉぉぉ!!』



「ーー・・....。」

 

 スクリーン内では、激しい銃撃戦が行われており高そうな音響設備から、本当に戦場にいるかのような没入感が感じられた。


 そして、その時スクリーン内では星条旗を持った主人公の腹違いの弟が、先陣を切って敵塹壕へと突き進んでいた。


『....パンっ!』


すると、先までの銃撃や砲撃音や阿鼻叫喚が一切に制止し、無音に包まれた。そして、一発の銃撃音のみが反響してすぐに、彼は後ろから頭を撃ち抜かれた。


『...トサッ。』


そして、無音の中、彼を灯すかのように星条旗が地面に突き刺された。


『.....。』


 ヘルメットを深く被っているせいか、顔の見えない主人公は静かに弟がいた場所から、銃の照準を下ろした。

 


ピッ


 それを観測した彼は、テレビを消した。


「.....。」


 サブスク配信サイトから物色している時に、トップ画面でアカデミー賞かなんかを獲得した映画ということで、何気なしに視聴を始めたものの、その内容は見事に彼にクリティカルヒットしていた。



「..はぁ...縁起でもねぇ...」


 一応、彼は弟である芝春に対し、許嫁(仮)を寝取られた事について憎しみや復讐心などは持ち合わせていない。

だが、この映画もそうだが、何かによって、どこかそうなるように仕向けられているような感じがして、思わず冷や汗をかいた。


そして、変に汗をかいた彼は気分転換に、隠し部屋に敷設しているバスルームでシャワーを浴びることにした。



「...てか、本当になんでもあるな。」


 ここの隠し部屋を利用してからそこそこ経つが、今更ながら部屋の設備の充実具合をタオルで水気を拭きながら、感嘆していた。


「..さすが、ゲームクリア者のみしか使えない場所といったところか」


そういう仕様なのだろうか、着替えのシャツやインナーなども俺のサイズにぴったりのものが備え付けられていた。



「...ぷはぁ。飲み物も次来た時には補充されてるし、ゴミだって片されてる...それに...」


 彼はミネラルウォーターを飲みながら、改めて周囲の設備を見回していると、家にあるベッドと変わらないくらい広々としたフカフカそうなベッドが目に入った。


「...まぁ、そういうことだよな。」


 先の弟への復讐インセンティブではないが、ただ仮眠をとるにしては本格的なベッドな造りであったり、定期的に洗う前提のシーツや枕の数など、さも好きに使ってくださいと言われているようで少々癪だった。

 




そうして、シャワーを浴びてさっぱりした彼はそろそろ家に帰ることにし、荷物を取りに教室へと向かった。


「松陽っ...ファイオッ!..ファイオ!」


 黄昏時、部活動に精を出している生徒たちの声が聞こえ、校舎内に居ても青春臭い空気を感じられた。


「....。」


前の世界では部活をやっていたわけでも、この時間まで残っていたことなんてなかったはずなのだが、じんわりと一種のノスタルジックな気分に浸れた。


(...ほんと、なんで俺だったんだろ。)


そして、ふとなぜ自分がこの世界に転生したのか、本来であればもっと不遇な青春や、不憫な事情で青春を体験できなかった者こそが、この世界に転生すべきだと思った。


(まぁ、それだと天使とかが管理している全寮制の学校とかになるか、それは嫌だな..)


あの世界だと、そういう仕様なのか最悪NPCになりかねないからなと何でもない事を考えていたが、ただ、それでもこういったする筈のなかった経験をさせてくれた、ラブコメの神様に感謝することにした。


(...兎角、感謝するよ。ラブコメの神様。)


そうして、何でもない思考に耽っていると、案外早く教室の前についた。

 

 後ろのドアから、教室内を覗くと中には逆光で少し見えにくいが、数人の女子生徒が何やら作業をしていたようだった。


「...まだ残ってるのか。」


ガラッ


 なるべく彼女らの邪魔をしないように、静かに扉を開けたが作業を中断させてしまった。


「「!?」」


「悪い...ってお前らか」


「....なんだ、海道くんですか...脅かさないでよ」


「一瞬、心臓止まるかと思いました..」


作業中の女子生徒は、久留米と青鷺だった。


「悪い悪い...なんの作業だ?」


 見知った人たちだったので、空謝りをして、結構な量が積まれている書類に目を移した。


「あー、クラス委員のアンケートとかだね。」


「そうなのか..」


 ふんわりと教えられたが、明らかにそれ以外のものも混ざっていたように見えた。


「...ん?」


「どうしたんですか?」


「いや、なんでもない。」


 また、作業途中の用紙を見ても気がかりな点がいくつかあったが、彼女らにいう事でもないと飲み込んだ。


「取り敢えず、集計と整理をすればいいんだろ?」


 彼はそう言って机に置かれている書類をごっそりと持って、自分の机に置き作業を始めた。


「え、えぇ...そ、そうですね。」


 青鷺は少し驚きながらも彼の確認を肯定した。


「「....。」」カリカリ


  その後、3馬力でハイペースに作業が履行された事で思った以上に早く終わり、下校時間前には完了した。



「ーー・・ふぅー、なんとか終わったね。」


「うんっ!みんなありがとー、助かったよぉ」


 どうやら、元々は青鷺が頼まれたものだそうで、久留米は力添えしていたようだった。


「ふふっ、いいえー。」ヨシヨシ


「...へへへ///」


青鷺の素直な感謝に、久留米は労いの意も込めて彼女の頭を撫でていると、嬉しそうに頬を緩ませていた。



(...いつの間に仲が..って、久留米なら前からか)


 その甘々な空気から少し離れ、彼は久留米の交友範囲の広さとイカれたコミュ力に屈しない者は限られていると、妙に腑に落ちていた。



「...いい雰囲気の所悪いが、残った用紙は担任に持ってけばいいのか?」


そんなことより彼は最低限にそれだけ確認して、さっさと帰りたかった。


「良い..雰囲気って...いやっ!そういうのじゃ!?」


「えぇ、そうですよ。」


 想像力豊かな青鷺は、彼の言葉を曲解して解釈していたが、久留米は冷静に答えていた。


「わかった。」


 それだけ聞いた彼は足早に教室から出ようとしたが、まだ何か用がありそうな青鷺に呼び止められた。


「あっ...あのっ!」


「..なんだ?」


 早く帰りたい彼は、顔だけ青鷺の方を向いて要件を聞いた。


「..その、か、海道くんもありがと、助かったよ!」


 青鷺の屈託のない笑顔から発せられたその言葉は、作業を手伝った甲斐があったと思わせてくれた。


「...ふっ、あぁ。」フイッ


 正直、人からの直接的な感謝の言葉というのは気恥ずかしく、彼はその顔を見られないように、顔をそらしながら愛想なく応えた。



ガラッ


 職員室に着き、彼は勢いよく扉を開けると、先生らはびっくりした表情で彼を見た。


「「「?!」」」


しかし、彼はそれを意に介さず、発端であるであろう担任先生を見つけ、そいつの元へ向かった。


ドンっ!


「おい、お前。」


彼は担任の机に山積みの用紙を置き、冷たく重厚な声で呼び掛けた。


「はいっ...な、なんでしょうか」


ただ事ではないと、担任は思わず背筋を正した。


「お前、青鷺に教師の仕事押し付けてるだろ」


 おそらく少し前まで不良だった青鷺は、真面目になろうと愚直に頑張っていたんだろう。


「えっ、いや...私はそんな....」


「言い訳か...舐めた先公だなァ...あ”?」


そして、そこを下らん大人につけ込まれた事に彼は憤っていた。


「...はい、すみません...すこーし任せてました。」


素直に謝罪だけすれば、これ以上悪化しなかったが最後の小狡い一言が余計だった。


「はぁ?少しだァ?!」


「東雲さん。一体...何事ですか?」


「きょ..教頭先生!?...これはっ...そのぉ・・ーー」


彼のこれでも抑え気味の圧に一瞬で屈したそいつは、その後、駆けつけた教頭にみっちりと説教されていた。



「....大人こわいよぉ。」


「そこですか...」

 

実は彼の跡をつけていた青鷺と久留米は、それぞれ違う印象を持っていた。

 


 


「ーー・・そうか、わかった。」


「うん...ほんと、ごめんね..」


翌日のお昼、またも白木に断られた彼は内心しょぼくれており、気を少しでも晴らすように購買へ向かおうとしたところ、久留米に呼び止められた。


「ーー・・よっ!海道くん。今日もフラれちゃったねー」



「...そうだな。」


「ぅっ...そんな君に良いものをこしらえたよ。」


「そうか..」


「とにかくっ..行こっ!」


 思ったより落ち込んでいた彼に久留米の胸の内がズキっとしたが、彼女は彼に元気を注入するかのように、彼の腕をガッチリと掴んでいつもの場所へと向かった。





 

「ーー・・あっ、清澄」


「久しいな!」


 連れてこられたのは、女子会に占拠させた屋上だった。


「はい、ここ座って。」


「...あ、あぁ。」


 そして、なぜか彼女らの中心に座らされた。


「海道くん。今日はお弁当持ってきてますか?」


 いつの間にか、女子会に加わっていた青鷺にそう聞かれた。



「..ん?あぁ、今日は購買で済まそうかと」


自炊だと変に理性が効いて健康的な食事ばかりになってしまうので、時折外のもので済ましていた。

 

「よかったぁ..はい。召し上がれー!」

 

 彼がそういうと、安堵した久留米は大袈裟に大きめの弁当箱を広げた。


「おぉ...」


 彼女が広げた弁当箱は、唐揚げに卵焼き、一口ハンバーグ、ブロッコリーに可愛らしいおにぎりと、全体的に男が好きそうなものが多かった。


「..凄いな、久留米が作ったのか?」


まぁまぁな量だったので、仮に朝から作っていたら結構な手間がかかっていると容易に想像できた。


「あー私だけじゃなくて、奈緒子ちゃんと一緒に作ったよ」


「..そうなのか?」ちらっ


「う、うん//..お口に合うか、分かりませぬが..」


彼に一瞥され恥ずかしそうに、体をもじもじさせ領主に仕える武家人のような口調になっていた。


「..いただきます。」パクッ


「ど、どうぞ!」


普通に腹が減っていたので、手を合わせて唐揚げから食べた。


「....。」モグモグ


「「「....。」」」


 無言で咀嚼していると、久留米たちは固唾を飲んで見守っていた。



「...ど、どうでしょうか?」


 姑に味を確認する嫁さんみたいに、変に緊張した空気が流れていた。


「...問題ない。」


彼は普通に問題無く美味しく食べていたので、そう言った返答になってしまった。


「えーっと、そうではなくて..」


彼女らはそういう反応を求めていなかったようで、それに気づいた彼は再度感想を言い直した。


「..結構美味い。」


「そ、そうかな...へへへ。」


「そっかぁー良かった。」


ちゃんとした反応が見られず不安だった彼女らは、彼からの高評価に安堵し笑みが溢れた。


「..環奈、奈緒子ちゃん。私も食べていい?」


「あっ!私もいいか?」


 美味しそうに食べていた彼につられ、見ていたソフィアたちも食べたがっていた。


「えぇ、多めに作ってきたからみんなで食べてっ」


「ありがとっ...うぅーん、これ唐揚げっていうのね。美味しいわ!」


「美味だ!うまい!」


「へへへっ..よかったぁ。」 


 結構好評だったことに、青鷺は胸を撫で下ろしていた。


「朝起きて作って、よかったわね。」


「うん!」


「...お前ら、昨日泊まったのか?」


「えぇ、奈緒子ちゃんは私のお家にお持ち帰りしました。」


妙に仲が良さそうなのと、朝に一緒に作るならと考えられる状況を聞くと全くその通りだった。


「うぇ?!いや、違いますよ!違いますからねっ!」


 久留米の冗談に青鷺はわかりやすく取り乱していた。


「もう、そこまで行ったのか...」


「違うってばーっ!もぉー」


 青鷺は彼のからかいに子供みたいに否定していた。


「ふふっ、ごめんてば。」ヨシヨシ


「うぅ...」


久留米は少しからかいすぎたと思い、青鷺の頭を撫でてあやしていた。



(...こいつら、いつの間に....全く、久留米のコミュ力お化け具合には度々感心させられるな。)


 彼が関係を持った異性は、いつの間にか久留米の懐に入っており、そして彼女を通してこの女子会コミュニティーに加わっているように感じた。


まぁ、その割には、昨日の桜楼の時はいつもと真反対だったが、あの時は一見して表情を崩さず薄目で微笑んでいたが、その奥には、どこかそれ以上友達の事悪く言ったら言ったら許さんぞという威圧感さえ感じられた。


多分、彼女は俺のことを庇っていたんだろうが、あんまり話の通じない相手に構ってやることはなかったんだがな、やhり久留米 環奈は普段は余裕悠々とした佇まいではあるが、時として頑固なところがある。


 まぁ、そういうところも彼女の魅力の一つだろう。



「ーー・・....。」


 などと思いながら、彼は何気なしに彼女のことをしばらく見つめていた。


「..ぁ..の...そんなに、見つめられると...///」


 真剣な面持ちで、彼のキリッとした澄んだ瞳が彼女を射抜いた事で、彼女はいつもよりも少し余裕がなさそうで、頬がほのかに赤く染まっていた。


「あ、あぁ...悪い。」フイッ


透き通るような白い肌が、ほんのりと赤く染まっており、加えて居づらそうに身を捩っている彼女の愛い愛いしい様子に、ついドキっとしてしまった。 


「むぅ...清澄。あーん」


 彼女らのいい雰囲気にムッとしたソフィアは彼の名を呼んで、唐揚げを彼の無防備な口にあげた。


「ん..あむっ...うん、うまい。」モグモグ


いきなりでびっくりはしたものの、自分で食べるのとはまた違った美味さが口の中に広がった。


「なっ!?」


「あら」


「...いいご身分ですね。」


 その様子を見ていた久留米たちは、どこか競争心をたぎらせていた。


「?...ソフィアはそれだけか?」


そんな彼女らの気を知らずして、彼はソフィアの小ぶりな弁当が目に入った。


「えぇ、私少食だから、」


それを聞いた彼は、弁当から卵焼きを箸で摘み彼女の無防備な口に放り込んだ。


「むぐっ....モグモグ..ゴクっ..くぅ..」


彼女は何かいいたげだったが、素直に卵焼きを咀嚼し飲み込んだ。


「な、何...するのよ///」


すると、実際にあーんされるのは少し恥ずかしいのか、頬を赤らめながら若干反抗的な目をこちらに向けていた。


「お前は少し痩せすぎだ、もっと食え。」


「なっ...むふぅ....」モグモグ


そう言って、彼は一口ハンバーグを彼女の口にあーんすると、彼女は多少不服そうにしながらも、リスみたいに頬を膨らませながら美味しそうに食べていた。


すると、ソフィアは仕返しとばかりに彼の口に唐揚げを応酬した。


「ん....モグモグ...ふっ、美味いな。」


「ほら、清澄も育ち盛りなんだからっ」


「俺はもう...モグモグ..」


彼は少し気を取られたが特に嫌そうな様子も見せず、されるがままに愛妻弁当を堪能していた。


「っ///...やっぱ清澄って...」


彼への餌付けで何か高揚するものを覚えた彼女は惚けた表情で何かを言おうとした。


「...飲み物も如何ですか?」


 丁度そこで、青鷺が水筒から温かい緑茶を注いで彼へ渡した。


「おう、サンキュ....うまい。」


 彼の素直な反応を見た青鷺は、妙なことを呟いた。


「へへっ、なんか海道くんって可愛いですね。」


「?....てか、それより昔のことは言ったのか?」


彼はそれが褒め言葉なのかどうなのか、わからず疑問符を浮かべていたが、そういえばと聞き忘れていた事を青鷺だけに聞こえるように小声で囁いた。


「っぅ//...は、はい。言いました。」


 いきなり耳元あたりで彼の低い男の声が響き、肩をビクッとさせながらも、避けるわけでもなく、されるがままに肩を竦めながらそう答えた。


「...ふぅ、なら良い。」


 彼だけ彼女の秘密を共有しているというのは、どこか胸が狭くなる思いだったので肩肘を緩めることができた。


「ぁ...。」


彼の体が離れていき、青鷺は少し残念そうにしていた。


「?」


「清澄?...何をこそこそと話してたのかな?」ゴゴゴ


 彼らの様子をもちろん見ていたソフィアは、凍てつく微笑みで彼ににじり寄っていた。


「あー...」ちらっ


ソフィアたちなら特に問題ないだろうと思い、まず青鷺に視線を送ると彼女から話すようだった。


「...あっ..私から話します・・ーーー」


 結局、ソフィアだけでなく楢崎も彼女の秘密を知ったが、特に波乱らしい波乱はなくあっさりと打ち解けていた。


「ーー・・そうだったんだ、そうは見えないけど」


「ほぅ、不良少女から更生して優等生にと、素晴らしいじゃないか!」


「ははは...」


 楢崎からの評価は高かったが、青鷺はニコチン切れのようでそれどころでは無い様子で、プルプルとさせていた手を押さえていた。







(....またか。)


そして、そんな中毎度のように彼は孤立していた。



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