閑話休題〜転生してから、今の今まで。


俺がこの世界に転生したのは、丁度、肉体の自我が芽生える2歳頃だった。


「....?」


転生前の日は、単位を取り終えて、いつものようにゲームや、アニメ、ネット小説にひとしきり耽って寝落ちした筈であった。


 そして、いつものように昼位に起きて、適当に夕飯の残りを弁当に詰めて近くの公園でピクニックでもしていたはずだったが、それはもう訪れることはなかった。


「ーー・・は?」


転生当日、やけに視線が低く、見慣れない家具に届きそうにない天井、そして自分よりも10倍くらいでかい巨人と、まさに寝落ちしながら見ていたアニメの世界のようで、明晰夢的なリアルな夢かと思っていたが、いくら寝ても覚めても元の世界に帰れる事はなかった。



段々と二歳の体と周囲の環境に慣れ始めた頃、ソファーに付随している低い机の上に置いてあった新聞を見てみた。


「ーー・・へいせい...にほん....」


すると、前の世界での生年月日とは少し異なるが、平成の晩年に生まれたようだった。



「...にっけいへいきん...とよた...ぽけもん...」


 そして、新聞の記事の内容からも幸いなことに、この世界は前の世界とあまり変わらず、政治家の汚職や酷いゴシップなどは載っておらず、むしろ前の世界よりも最適化されていたように思えた、そして、何より剣や魔法はなく、邪悪な魔王や悪の組織に支配されている世界でもなく、心底安堵した。


 それから、まずは自分のことを知る必要があったため、母のカバンから二つの母子手帳を取り出して広げた。


「・・かいどう..きよすみ?」


(あー、俺が主人公の兄の方か...)


 子供の舌足らずの幼い声で読み上げていると、見覚えのあるその苗字に、物理的に記憶されてる筈のない海馬から紐付けされた情報が呼び起こされた。


「・・しばはる...」

 

「..にーたん..にーたん..」


おもむろに新聞を見ていたり、母子手帳を広げて見ているのを眺めていた兄弟らしき子の掛け声から、自分の立ち位置を把握した。


(こっちが主人公か...)


まさしく、その苗字は前の世界で何度かプレイしたギャルゲーの主人公の姓であり、あり得ないくらい小さな手でこちらを掴んでいる彼がこのギャルゲー世界の主人公であった。


そして、そこから、すでに知り得ている大体のこの先の流れと自分への影響を鑑みた結果。


(ーー・・うん。まぁ、俺には関係ないか。)


 大人しくしていれば、自分に何か影響があるわけでもなかったため、その先は天からの恵を思う存分享受した。



「ーー・・謙信おじちゃんですよぉぉぉ!」


「うわぁっ...ひげ..いたい...」


そして、子供ゆえか、主人公に近い立ち位置のお陰か、運がいい事に父の知人から事ある事にプレゼントや欲しいものを買ってもらい、尚且つ結構な小遣いなども貰っており、本当に何不自由なく人生を謳歌していた。


 しかし、それは保育園を入ったあたりから狂い始めた。


「きよすみっ!ジュース買ってきて!!」


「はぁ...」


「きよすみっ!荷物持って!」


「へいへい」 


「きよすみっ!あいつぶっ飛ばしてきて!」


「清澄っ!・・清澄っ!!・・・清澄っ!!!・・」


 そう、俺は彼女、桜楼 羽美と出会ってしまったのだ。


 普通に保育園を変えて貰えば済むと思ったが、彼女の家はうちと近く、親同士も仲が良い事で、完全に逃げ場を失っていた。


本当、一度、鮎川さんに養子にしてくれないか請願したほどだった。なぜかその時、カレンも一緒に説得してくれたが....


 まぁ、それは良いとして、結果、完全に彼女から離れられるわけではなかったが、カレンの家に度々居座ることで、なんとかやり過ごしていた。


 しかし、やはり解消しきれぬその歪みはそのまま脂肪へと変わり、ストレスで随分と肥え、10歳になる位には立派なA級ボンレスハムになっていた。


そして、許嫁の話が勝手に決まったのは丁度、その頃であった。


「ーー・・清澄。羽美ちゃんはお前の許嫁になる。」


「ーー・・羽美。清澄くんはお前の許嫁になるんだ。」


「「はぁ?!」」


改まって、話の場が設けられ、向こうの父と俺の父から訳のわからぬ事を告げてきた。


(....え、いや、冗談だよな...)


 いきなり、告げられた死刑宣告に俺は処理しきれず、ただの茶番かと思っていた。


「ちょっと、清澄...どういう事なの?」


「俺が知るかよ。」


 彼女も初耳だったようで、こちらに事情を聞いてきたが、彼も知らなかった。


「いやぁー、桜楼家と海道家には世代を超えて〜・・ーー」


 父が言うには、桜楼家は元々将軍に仕えていた譜代大名であり、海道家は外様大名であったらしい、その中である日、桜楼家の男と海道家の女が恋に落ちたが、色々と家の事情で結ばれる事はなかったが、なぜか文通は続けていたらしく、今の今まで、俺の父と、なぜか桜楼の父が文通を続けているらしい。



(...何言ってんの、この人たち...)


正直言って、色々とこじつけがましいというか、嫌な違和感をひしひしと感じていた。


「???」


 その時桜楼も状況を理解し得ていない、微妙な顔をしていた。


「...兎角、これで積年の思いが通じたということでっ!今日は良いところで外食しようかっ!」


 その間にも、どこか建前染みたことを走るように話しており、全く頭に入ってこない中、口を挟むまもなく話が終わってしまった。


その後、周りが示し合わせたかのように祝っていたため、中々話を切り出せず結局有耶無耶に事が確定してしまっていた。


やはり中身は成人していても立場的には、10歳の子供だったため付け入る隙がなく、その時は対処のしようがなかった。


「ーー・・まぁ、いっか...後でどうとでもなるだろ」


 しかし、許嫁になった所で特にこれといった、何かが変わるわけでもなかったので、俺はただのんびりと日常を過ごしていた。


一方で、丁度その頃、小学4年という多感な彼女は、理不尽な許嫁への反作用や随分と肥えてしまった事も相まって、分かりやすく俺を嫌悪し、女子社会特有の自分よりも下の人間と関わって自分の株を下げないためか、話しかけてくる回数も激減した。


 奇妙なことに、許嫁という社会的な縛りが出来たことで、反作用的に幸か不幸か、俺は晴れて自由になった。



「・・しーっばはるっ!!」


そして、その穴埋めとして、運動神経も頭も良く、さらには人当たりも良い超好物件な弟が犠せ...当てがわれた。


「ハハっ、うーちゃん。今日もかわいいね。」


芝春は保育園の頃から、ずっと彼女の事を好いており、お陰で俺は彼女を押し付....いや、ほんとお似合いで素晴らしい事だ。



ほぼ確実に桜楼ルートへと直進した芝春を見送った、その後の俺の人生は、清く澄んだ青に彩られていた。


「・・Bポイントっ!Bポイントっ!」


「・・おいっ!死んでもウルトは投げろぉ!」


 家から帰ってはすぐに、パソコンを起動し数多の戦場を駆け抜け、ひとしきりした所でアニメに没頭し、学校では勉強しているフリをして小説を読み耽り、俺は二度目の人生を思う存分謳歌していた。


そうして、中学2年という子どもから青年へと成長する過程にて、俺はいつものようにバトロア系のゲームでチャンピオンを取り、気持ちの良い達成感に浸りながらソファーに寛いでいたある日。


「....ふぅ....」


ぶーーー...ぶーーーー


「..ん?まぁ、いいか」


机に置いていある恐らく芝春の携帯からバイブレーションの音が鳴り響き、視線を配るが、無視して達成感の残滓を堪能していた。


ぶーーー...ぶーーー..ぶーーーっ!!


 が、一向にそれが鳴り止む気配はなく、どこか緊急性までも感じさせられた。


「...あ..芝春..あいつ、携帯無くしたと思ったのか」


前にもこんな事があったなと、若者らしからぬスマホに頓着がない芝春は前にも、スマホを無くしたと思って家に置いてあるスマホに電話をかけていた。


ピッ


「...はい、もしもし。」


「...ぁ..ぃ...」


「あ?」


またかと思い、スマホを手に取り応答すると電波が悪いのか、よく声が聞こえず聞き直した。

 

「ゆ..ぁ...い」


「あー、し..」


わずかに聞こえる声質から芝春ではないことはわかり、申し訳ないことをしたと思い芝春は今連絡取れないと言おうとしたその時。


「ゆ”る”さ”な”い”っ!!!...ぷっ..プゥー...プゥー...」


 おおよそ女が出せる最大の低い声で、純度100%の殺意がこもった言葉が鼓膜を突き破った。


「....。」


言うだけ言って、電話を切られた音だけしか聞こえない中、俺はスマホを耳につけたまま固まっていた。


「...はぁ..」


恐怖は確かに覚えたが、一応生身の人間からの発信なのは何となく察していたので、まだ対応できると思っていたものの、やはり主人公の兄ってのは、面倒なイベントに巻き込まれやすいのかと束の間の平穏の隙間から、ため息が漏れた。


「....もしもし、鮎川さんですか?...折いってお願いが・・ーー」


そして、たんこぶは直ぐに処置した方がいいので、自分のスマホから最強のカードを切った。



 その後、ちょくちょくとこの世界で過ごすための必要経費的な定期的に厄介化した、芝春に振られた女たちを処置しながらも、アニメとゲーム、SNS、ポルノ、小説、スポーツ観戦などに没頭していたり、基本的には平穏で、静かな時間をゆっくりと過ごしていた。


そして、いくらこの世界がギャルゲー世界で、少子化など夢物語なくらい、高度なマッチングシステムが発展していようと..


いくら最適化されていようと、主人公の兄である俺みたいなモブにはきっと関係なくて、この先も何の責任も負わずに自由気ままにのんびりと生きて、今度こそはジジィまで生きて、芝春の子供や、孫と遊んだりして、静かに余生を過ごすと思っていた。





 そう、あの日が来るまで



「ーー・・ごめん。兄貴、俺たち付き合うことになったんだ。」



この日から、良くも悪くも、ようやく俺の人生が始まった。


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