二度目の修学旅行。二日目〜part3
旅館に着いた彼は保健医の先生を呼んで、保険医先生の部屋で芝春を寝かせた。
「ーー・・うん。一時的に気絶してるけど、そろそろ目を覚ますと思うわ。まぁ、事情は聞きたくないけど、何があったの?」
「...っ...」
事情を聞かれたのは、彼であったが、桜楼は言わなければならないが言えずにいたため、彼は見かねて大雑把に説明した。
「まぁ、ガラの悪い奴らに絡まれてな。」
「うーん、物騒ね...この辺は、虎野さん関係の人が多いのに...」
ここでも、虎野家の影響力あるのかよ。と驚き以上にむしろ感心しつつも、一旦は飲み込んだ。
「とりあえず、今は安静ね。えっちなことしちゃ、めっ!よ。」
「いやっ、しないですよ!」
「ふふっ、若いわねーっ、はっははっはっ!じゃあ、少し離れるから見ててねー!」
気を使ったのか定かではないが、保健医の先生は処置を終え、そそくさと部屋から出ていってしまった。
「...あの、清澄..私、見ていているから...」
これ以上彼に迷惑をかけたくないのか、彼女は言いずらそうにそう言ったが、即座に返答された。
「いや、俺が見てる。」
「え、でも...」
「芝春は責任感が強い。お前を守れなかった事で、かなり堪える。」
そう、芝春はいくら相手に非があろうと自らに責任を負ってしまう。そういう奴なんだ。
「....わかったわ。」
それ以上言わなくとも、芝春の幼馴染の彼女は理解してくれ、部屋を出ていった。
そう、芝春は心配になるくらい良いやつだ。昔っから、困っている人がいたら真っ先に助けるし、助けを必要とする人を見て見ぬふりができない。
そして、そんな奴は決まって、自分にとことん厳しい。
だから、そんな奴が大事な人を守り切れなかったら、自分のことを一生許さないだろう。
「...芝春。お前は頑張りすぎだ。」
芝春は確かになんでも持っているように見える。
しかし、俺がゲームやポルノ、SNSや趣味にどっぷり浸かっている中、芝春は人の為になるよう自らを高め、他者に貢献しようと努力していた。
ゲームをプレイしている時は、単なるプレイヤーの入れ物としか思っていなかったが、目の前の彼は金や人気、名誉、地位なんか、鼻から見えていなくて、人に、他者に、次の世代に尽くそうと努力を積み重ねていた。
正直、俺はメタ的に見れば芝春という人間の事を、ただヒロインとハーレムして、その後も順風満帆に勝ち組人生を謳歌していて、こいつだけ人生イージーモードですやん。としか思っていなかった。
しかし、今では、目の前の彼は真にソレに見合う人間だった。
だから、やはり....
「・・芝春。お前は、幸せにならなきゃならない人間だ。」
彼はそう言って、気絶している割にはスヤスヤと、あの頃と変わらない寝顔を浮かべている芝春の、変わらず撫で甲斐のある頭を優しく撫でた。
ギィっ
「あらっ、彼女さん。帰っちゃたのね...」
「...俺もそろそろ、帰ります。芝春の事お願いします。」
素早く手を引っ込めた彼は、保健医の先生に改まってお願いをして、部屋から出た。
「..えぇ、わかったわ。」
実は初めて彼と関わった保険医の先生は、目の前の威圧感のある男は噂で聞いていたような人ではなく、案外誠実な一面もある事に驚きながらも、彼の切実な願いを了承した。
バタンっ
静かにドアの閉まる音が鳴った後、実は少し前から意識を取り戻していた芝春は、寝返りをうって窓に映るかつて見た同じ空に、未だ届きそうにない兄を呼んだ。
「...兄さん。」
部屋に戻った彼は着替えを持って、貸切状態の大浴場の露天風呂へと向かった。
大人数でしかも男と風呂に入るなんぞごめんだと思っていたため、入っていなかった大浴場であったが、芝春が危険な目にあった手前、幸運と言っていいか分からないが、幸いなことに大浴場を寡占して存分に堪能できていた。
「ーー・・ふぅ。極楽極楽...」
居室のプライベート露天風呂も良かったが、やはり視界一面に京都の景色を眺めながら、源泉掛け流しの露天風呂に浸かるというのは、極楽杉内だった。
京都の街並みを眺めていると、所々に灯りがつき始めており、夕焼けも沈み切りそうだったところから、とあるアニメ映画でのワンシーンを思い出した。
「...ふっ...このまま、こちらの飯を食わなければ消えてしまうかもな...」
仮に今、自分が主人公の状況であれば消えてしまうと想像し、思わず一人で笑っていた。
「...確か、台湾だっけな....あ。」
そう言えばと、その映画のモデルとなった街並みが台湾にあったなとぼんやりと考えていると、前の世界では特に興味がなかった旅行というものに興味を帯び始めていた自分に気がついた。
「...そりゃ、金持ちは旅行するわな。」
時間と金が自由に使えれば、確かに旅行に傾倒するかと妙に納得していた。
「....。」
などと、ぼんやりと何でもないことを考えていたが、やはり先の出来事を思考から払拭することは叶わなかった。
「...俺はなんとか10歳あたりから、あいつから解放されたが....芝春は今の今までずっとあいつと関わってた訳だからな....」
5年くらいの桜楼懲役を喰らっていたが、芝春の場合はそれの倍桜楼懲役を経験しており、やはりそれは想像すればするほど、背筋が凍るものであった。
俺の場合は、桜楼からの本当に無茶なお願いは上手くはぐらかしていたり、最悪鮎川さんの家でやり過ごしていたが、芝春は違いそうだった。
もし仮に、芝春がそういったブレーキがないのだとしたら、俺の時よりもエスカレートしたお願いをハイスペックな彼ならやり遂げられてしまうせいで、更にエスカレートしたお願いや頼み事が横行していたのだろう。
そして、その歪みが今回の事案につながったといった所だろう。
「.....。」
露天風呂の極楽では癒せないほどの、懸念と怒りが湧き上がり、奥歯が軋む音が響く。
「....ふぅ...まぁ、最悪あれを...いや、それは本当の最終手段だな。」
まぁ今感情を発散したところで、何か解決するわけでもないと息を吐き、切り札を想起したが、未だ解決しそうにない彼女らの歪んだ関係をただ憂いていた。
「....あれ、もしかしてストーカーとかも、桜楼の鼻に付く態度のせいじゃ....ぶくぶくぶく」
ニュートラルになった頭から、ふと引っかかっていた事柄の真相が見えそうになり、張本人を思い浮かべたが、今はそれごと露天風呂に沈める事にした。
一方その頃、久留米さんたちは雰囲気のいい茶屋にてJOSHIKAIに花を咲かせていた。
「ーー・・もう、ほんと海道くんは自由なんですからっ!」
致し方ない理由とはいえ、彼が逸れてしまったのは彼のせいでもあり、そのため久留米さんは収まらぬ気持ちをを吐露していた。
「まぁまぁ、彼だって悪気があったわけではないですしっ」
それにみかねた青鷺は、宥めるように茶菓子を彼女のお口に頬張らせた。
「..むくっ..ぅ...まぁ、それはそうですが」
素朴で自然な甘さに御された彼女の気持ちは、少しばかりマイルドになっていた。
「ふふっ、清澄はそういうところも可愛いわよね。」
「「「.....。」」」
他方で、ソフィアは好感的な事を呟き、周囲はキョトンとした様子で彼女を見つめていた。
「え...何よ?」
特に障りない事を呟いたつもりが、会話を止めてしまったことから、ソフィアは何かまずいことでも言ったのかと思っていた。
「...いえ、やっぱり付き合ってるんだなぁと」
すると、青鷺が一昨日の件と今の彼氏を愛しむような発言から、導き出された感想を呟いた。
「えっ?!いや、だから....」
「ちょっと、無理があると思いますよ。明らかに恋人を思うような発言です。」
「...そう、なんだ...。」
否定しようとする彼女だったが久留米は殆ど確信めいており、白木はなんとも言えない面持ちだった。
「あの、だから...あっ..清澄の弟さんは大丈夫なの?」
あわあわと弁明しようとしたが、いつものように久留米に好き放題愛でられると思って、彼の弟さんに話を移した。
「えぇ、まぁ...少し体調が優れないようですが、海道くんも一緒なので大丈夫でしょう。」
からかい損ねた久留米だったが、一応班の皆にも話したほうが良いと思い説明した。
「...確か、清澄の元イイナズケ?と付き合ってるんでしょ?...清澄は気にしてなかったけど、やっぱり..酷い話ね。」
ソフィアもぼんやりとではあるが、何となくその辺りの事情を知っていた。
「えっ?!そうなんですか?!...初耳です。」
青鷺は委員会で何度か会っており、そう言った情報は初に知っていた。
「....僕も」
彼はあまり身の上話であったり、自分のことを語ることが殆どなく、白木はそれが妙に寂しかった。
「あー...そこまでは知っていたんですね..」
ソフィアが言うように、彼女が思う彼はそう言った事件が起きても、いつもの様に涼しい顔で流しているとは思うが、久留米はそれでも自分から説明していいものではないと思っていた。
「弟さんでどんな人なの?」
「うーん...海道くんに愛想良さを足して、全体的にかなりマイルドにした感じですかね...」
それくらいなら言っても良いかと、簡潔に彼のことを説明した。
「それは...すごいわね...」
「...確かに、言い得て妙ですね。」
彼女の言い様は、まさに彼から社会的な欠点を差し引き、周囲を寄せ付けない雰囲気をとっぱらった様を言い表しており、まさに虎野でいう本来、民の見本たる公人に近い人間のようだった。
「...あんまりピンとこないかな...」
白木にとって海道は海道でしかなく、彼女の例えからは想像し難かった。
「...じゃあ、実は性格が悪かったり?」
許嫁を寝取ると言うのは世間的には、まずよろしくない事から、ソフィアは弟さんが表では人当たりが良くても裏では..と少々勘繰っていた。
「うーん、いや、裏があるようには思えませんね。ね、なーち?」
何万人と多種多様な人間と接してきた久留米から見ても、芝春は絵に描いたような聖人君主にしか見えなかった。
「はい、確かに拳とかは...ちょっとでは付かない結構な拳ダコがありましたが、そういう噂も聞きませんからね..」
話を振られた青鷺は、芝春と相対した時のことを思い浮かべると、怪しいところは確かにあったにせよ、そう言った界隈からでも彼の話を聞くことはなかった。
「....もしかしたら、その件のせいで少し距離があるのかな..」
「....そう、かもしてないですね...」
久留米たちは彼と関わり始めて、そこそこの時間が過ぎたが、彼からはやはりどこか一線を引いているような感じがしていた。
「....。」
「....海道くん。」
それは許嫁に裏切られた事が要因なのか、彼自身の性根なのか、結局、彼から何も話されていない彼女らは知る由もなかった。
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