最終日。part 1

二泊三日というのは本当にあっという間で、気づけば最終日を迎えた。


そして、今日は平和に過ごせるかと思ったのも束の間、令和に顕現したちょんまげの武士に行手を阻まれていた。


「ーー・・よよい、そこの旦那ぁ。そこのお嬢さんを...わたしちゃ...くれねぇかい?」


「ちょっ..清澄っ!なんとかしてっ」


「おい、ちょ..押すなって...」


海道くんはソフィアに背中を押されながら、いつでも抜けるように刀に手を当てている武士を目の前にしていた。



 時は遡ること、午前10時、朝食を食べ終えた彼女らは、旅館のロビーで午後の予定を確認していた。


「ーー・・今日は映画村に行きましょうっ!」


「いいですね!江戸の空気を感じたいですっ」


「..ここ京都だぞ。」


「まぁまぁー細かいことは気にせずに!」


 青鷺の天然な発言にマジレスした彼であったが、サラッと流されてしまった。


「映画村って...どんなとこなの?」


「..まぁ、行ってみればわかる。」


 聞き馴染みのない名称に、ソフィアはイマイチピンときていなかったが、説明するよりも行ってみたほうが早かった。



「ーー・・うわぁお...時代劇で見たまんまね...」


旅館からも近かったため、すぐに到着し早速入ってみると、本当に江戸時代にタイムスリップしたような感覚に包まれていた。


「...通行人の人もエキストラなのかしら」


道行く人たちはそれぞれ本当にここで生活しているかのような、振る舞いをしており、前の世界よりもよりリアリティが高かった。


「そうですね。中にはコスプレしている入場者の人もいますが。」


「...うーん、全然わかんないわね..」


エキストラの人数もそこそこおり、そこに紛れては入るだろうが誰が入場者かは判別し難かった。


「...あっ!見てください!あそこっ、着付けできるらしいですよっ!」


そうして、当てもなくのんびりとエリア内を歩いていると、青鷺が着付け体験ののぼりを見つけた。


「いいわねっ!行きましょっ!」


「はいっ」


女性たちの心を鷲掴み、一目散にその店へと行ってしまった。


「...久留米も行くのか?」


「うーん...着物って息苦しいんですよね...それに小さい頃、何回も着せられてもう飽きましたし。」


ノリノリだった青鷺とソフィアだったが、久留米は意外にもそこまで乗り気ではなさそうだった。


「...まぁ、親っていうのはそういうもんだからな..」


 子供の頃の久留米のことは知らないが、おそらく周囲から甘々に甘やかされるくらい可愛かったろうし、着物とか合ったら着せたくなるものわかる気がした。


「ははっ..わかるかも。」


 白木も思い当たるようで、確かに白木の子供の頃など、たとえ嵐が来ようとも常に周囲数キロは満天に晴れてるだろうし、嫌なものを全部祓ってくれそうなくらい神々しかっただろう。


(何言ってんだ、俺...)


 白木の子供時代を想像し、想像を絶するくらいの可愛さで合ったのは間違い無いだろうが、彼の想像はかなり信仰染みていた。


「...皆さんも来てくださいっ!」


「ちょ..おいっ..」


「ははっ」


 などと想像を膨らませていると、一緒に来るものだと思っていた青鷺が店の方から戻ってきて、あれよあれよと店の中に連れ込まれてしまった。



「・・なんで、俺まで...」


制服とか、スーツとか機能性が破綻している服など着てこなかった彼は、通気性は意外と悪く無いもののやはり動きが制限される袴を着せられ、無造作にオールしていた髪をサムライヘアーにまでさせられた。


「「「....。」」」


「...やらせておいて、無反応かよ。」


しれっと店から出て、外で待っていようとしたが、青鷺とソフィアの膂力バグのコンビにせき止められ、渋々着せられた末、無反応と来て、勘弁してほしかった。


「...か...」


「か?」

 

「「「かっこいいぃぃ!!」」」


何か言いかけており、聞き返すと同時に賞賛の歓声が上がった。


「えっ...えぇ...本物ですよっ!本物っ!!」


「...似合うとは思ったけど、ここまでとは...」


 筋肉質ながらも着痩せもあってすらっとしたスタイルに、少々威圧感のあるお顔と無骨な武士という特性に、ピッタリな要素を持ち合わせていた。


「...かっこいい。」


「...しゃ、写真撮りましょ!」


 別に水物でも無いのに、青鷺は焦るように写真を撮ろうとしていた。


「あ、あぁ。って、白木は着ないのか?」


 それくらいなら構わなかったため、すぐに了承すると、一人だけいつもの動く安そうなジャージ姿の白木が気になった。


「あー...うん。ちょっとね」


いつも彼と同じように動きやすい格好をしてる白木であったため、着物みたいな締め付けられるような服装は嫌なのだろう。


「そうか...」


(見たかった、白木の着物姿...って、着物なのか?袴でなく?...どっちもいいな。)


 浴衣姿はしっかりと目に収めていたが、着物か袴ができればどっちも見たかった彼は、調子のおかしい想像をしながら落胆していた。


「...まぁ、兎角。一緒に写真とろう。」


「ぇ...あ、うんっ!」


 一人だけ着替えていなかったのを、少し後ろめたそうにしていたが、彼のその一言でいつもの白木の笑顔が咲いた。


「・・なーち。もう、良いんじゃない?」


「あ、あと数枚だけですから...はぁ..はぁ..」


「...お前。」


ソフィアがそろそろと諌めようとしていたが、変にスイッチが入った青鷺を止めるには叶わなかった。


「ふふっ...あ、あそこ三色団子が売ってますね。」


 彼が困っている姿を見て楽しそうにしている久留米だったが、流石に助け船を出した。


「ぐぬっ...この辺で勘弁しましょう。行きますよソフィアさんっ!」シュバっ!


「えっ?!えぇ...」


どっかの手先みたいな捨て台詞を吐いたのち、青鷺はソフィアを連れて茶屋へと行ってしまった。


「...ふぅ、助かった。久留米。」


 泳がされていた気もしたが、彼女に助けられたのは事実だった。


「ふふっ、もう少し戸惑ってる海道くんが見たかったですけどね。」


 久留米は微笑ましそうに、すでに赤い長いすで三色団子を楽しんでいる青鷺たちを眺めながら、少し心惜しそうにそういった。


「確かに、ああいう海道くんは新鮮かも」


「白木まで....はぁ、勘弁してくれ。」


ついには白木まで彼女に賛同し、彼の心情に平穏という風は吹きそうになかった。



「・・ふぅ...いい天気だな。」


 青鷺たちが先に向かっていた茶屋は、日当たりが素晴らしく、冬の到来前夜の少し肌寒い外気を程よく温めており、やはり人には太陽が、日光が必要なのだと当たり前な事を確認していた。


「..ふふっ、お爺ちゃんみたいですね。」


 温かいお茶を呑みながら一服している彼は、久留米からは畑仕事を終えて一休みしているお爺ちゃんに見えたようだった。


「なら、久留米はお婆ちゃんか?」


彼がお爺ちゃんであれば隣にいる彼女も畑仕事を手伝って、一緒に一休みしているお婆ちゃんにも見えた。


「っ...それも、悪くは無いですね...ふふっ」


 その想像が案外悪くなかったのか、彼女は満更でも無い様子で微笑んでいた。


「...海道くんって、本当に高校生なんですか?」


 三色団子を5つ平らげて、のんびりお茶を飲んでいた青鷺は彼女らの会話を聞き、ふと、かつて久留米やソフィアが疑問に思った事を口にした。


「...あぁ、再再来年まではそうだな。」


そういった彼への核心めいた指摘にも、慣れてきていた彼は適当に流せるようになって来ていた。


「いえ、そうではなく...」


 もちろんそんなことを聞きたかったわけではなかったが、青鷺自身もそこに彼との間にある、覆しがたい距離の真相があるように何となく、そう感じていた。


「...ふふっ、海道くんはお爺ちゃんですから」


「...まぁな。」


「ふふっ。」


 そして、数万人の老若男女がプロファイルされている久留米は、淡々と彼の核心に近づきつつあった。



茶屋でホッと一息つき、青鷺の変な熱も冷めたかのように思えたが、それは悪しき杞憂であった。


「・・ほぉー...素晴らしいですね...」


木刀など、いつ使うかわからない物が多々売っている所を通った際に、誠と書かれた空色のハッピが目に入り、青鷺のスイッチを再度点火していた。


「....。」


「ポージングお願いしますっ!あっ、良いですねっ!最高です!」


「....。」


 もうなるようになれと、指示されるがままに青鷺の溜飲が下がるまで付き合ってやることにした。


「...あのぉ..写真お願いできますか?」


 青鷺の熱量の高さから、他のお客さんが写真を求められた。


「...構わん。」


まぁ、減るもんでも無いしと思い、普通に了承した。


「ありがとうございますっ!」


「あのっ!次私お願いしても良いですか?」


「私もっ!!」


 そこから、ダムが決壊したかのように実はチラチラと彼らを見ていた人たちが、写真撮影に卒倒した。


「....やっちまったか..」


 そして、自分で了承したとはいえ自分の選択を後悔した。



「・・ふぅ、やっと終わったか...」


「ふふっ、有名人でしたね。はいっ」


 プロの人でも俳優でも無いのに、甲斐甲斐しく写真撮影に応じていた彼に感心した様子で、久留米は労うようにペットボトルのお茶を渡した。


「あぁ。」


この様はまさに一仕事終えたイベントの人であった。


「..清澄って結構、ああいうのに向いてるかもね。」


そして、同じく、少し離れて見ていたソフィアは彼の無給の仕事ぶりに彼の適性を見出していた。

 

「勘弁してくれ...」


そもそもあまり表に出るような人間では無いし、数十分の写真対応程度で変に疲れる位であったため、マジでそういうサービス業は御免であった。


「はははっ...そうよね。冗談よ。《small》...まぁ...あんまり有名になっちゃうとだし..《/small》」


「ん?」


最後に小声でなんか言っていた気がしたが、妙な奴が近づいてきたためそれに気を取られ、聞き逃してしまった。



そして、時は今に帰着した。


「ーー・・よよい、そこの旦那ぁ。そこのお嬢さんを...わたしちゃ...くれねぇかい?」


「ちょっ..清澄っ!なんとかしてっ」


「おい、ちょ..押すなって...」


 何となく気配を察知したソフィアは、瞬時に彼を盾にして、ややこしそうなイベントへの応対を押し付けた。


「あぁ...よよい、旦那ぁ、新撰組 鬼の副長とお見受け致す。一手手合わせ願い候。」


 一応、新撰組の格好をしている彼に、ふっかけるというのは無茶苦茶な気がするが、それに気がついたエキストラ?の人は微修正した。


「....青鷺、ソフィアらを頼む。」


 最後の一言を聞き、スイッチの入った彼はゲリライベント?のため何か起きることはないだろうが、一応、余裕で拳で何とかできそうな彼女にソフィアたちを一任した。


「合点承知の助です!」


 彼女もこの空気にやられており、ノリノリで腕を鳴らしていた。


「よーして...場が整いやしたね...銭が落ちた瞬間から、始めやしょう。」


「あぁ。」


 両者見合い、周囲の空気がガラッと変わり、どこからか風が吹き画面の上下縁が黒で覆われ、その場だけは本物の武士の死合を演出した。


キィィィンっ......


中心が四角に抜かれた銭が空中に鳴り響く。


「.....じりっ」


「....。」


 両者見合い、腰を落とし、己が刀の柄に手を添え、精神を研ぎ澄ませる。


 永遠にも思えるくらいの時がろう漏し、そこには無空が介在していた。


....ストンっ


 銭が落ちる音が響くその前、落ちた衝撃がわずかに足先から響いた瞬間から、両者最速の居合が撃たれた。


「...シッ」


「....スゥ..」


「「....。」」


周りは何が起きたかわからないと言った様子で、一寸の瞬きの間に240fpsのフレームレートを過ぎ去るように、両者すれ違っていた。


「....。」


カチッ


数秒、両者ともに微動だにしなかったが、先にフォロースルーを崩したのは海道で、いつものような涼しい顔で鞘に刀を納める音が鳴った。


 そして、示し合わせたかのように相手の刀は崩れ、ただ一言。

 

「....見事。」


バタンっ


 そう言って、彼は崩れ落ちるように倒れた。


「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」


 令和では見れる事のない、真の武士と武士との死合を目の当たりにした観客たちは熱狂の渦に包まれていた。



勿論、マジの死合ではなく、そういう演出に乗っただけだったので


「・・すぃやせん...外国人観光客の方だと思って...さっきのやると喜ばれるんですよ。ははははっ」


  段々とキャラが抜けていき、彼が言っている事自体は嘘ではなさそうであったが、刀を抜いた時の圧は虎野のパパ上程ではないものの、経験したことのないはずの戦国時代からそのまま出てきたような、純度高めの殺気を放っていた。


「しっかし...まさか模造刀を御されるとは...」


 エキストラの方は、上身を失った刀を眺めながらどこか寂しそうにそういった。


「すまない..少し熱が入った...」


「いや、いいんですよ...これで...」


 流石にやりすぎたと謝罪したが、模造刀とはいえ刀としての役割を果たした得物に手を当てながら、どこか誇らしそうにしていた。

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