鮎川 カレン。


ピコンっ


『今日空いてる?』


 普段はオブジェクトでしかない携帯から、通知音が成る。


「げっ..」


 朝風呂から上がり、程よく火照った気分の中水を差されてしまった。


知らんぷりする事も視野に入れていたその時、チャイムの音がこだました。


ピーンポーンっ


「スゥゥ...」


 この先の展開を裕に予想できてしまい、思わず息を吐きながらモニター画面を見る。


そこには紫髪をお団子にして頭に引っ提げている大学生くらいの女が、モニター越しにニコニコと手を振っていた。


彼女の名は鮎川 カレン。鮎川さんの娘さんである。


そして、諦めの悪い彼女を前にしたら、逃れられない事はわかっていたので対応するしかなかった。


ぴっ


『何か?』


『清澄、どうせ暇でしょ?買い物付き合ってよ』


太々しそうにそう答える彼女は、問答無用に要求を飲ませようとしていた。


『何で、俺が....』


 せっかくの休日に家でゆっくりしたい彼は、気だるそうに対応した。


『便利...いや、あんたと行きたいからよ』


『隠す気ねぇな。』


 明らかに荷物持ちにする気満々で、建前を踏み倒していた。


『清澄にも何か買ってあげるからさー。ね?』


経験上、ここで断ったら、より面倒な事態が待っているため、折れる事にした。


『わかったから、少し待ってろ。』


タイミングがいいことに朝風呂を済ませていたお陰で、すぐに支度が完了してしまった。



ガチャ..


前に母にコーデしてもらった、革ジャンにワイシャツ、黒のスラックスに燻んだ茶色の革靴と言った無難なコーディネートで彼女の前に現れた。


「さっさと済ますぞ。」


「あ..」


こういったちゃんとした格好を初めてみた彼女は、目を見開いていた。



「..なんだ?」


「まぁ...まぁー色気付いちゃって...お姉さんとのデートがそんなに楽しみだった?」


 彼の野太い声に気を起こされた彼女は、目線が定まらないまま冗談めかした言い様で、ドキッとしてしまった事をはぐらかしていた。


「ただの荷物持ちだろ。」


「もうっ、照れちゃって!」とんっ!


「はいはい..」


 親戚のおばちゃんくらいダル絡みしてこられ、素晴らしい朝が上書きされてしまった。




「ーー・・これとかどう?」


 白のワンピースを服の上から重ね、具合を彼に聞いていた。


「何でもいいだろ。」


「むぅ、じゃーこれは?」


 今度は、黒のレース基調のブラウスを重ね、印象を聞いたが、彼の返答は芳しくなかった。


「わからん。」


「もうっ..全然当てにならないじゃない」


半ば呆れ気味に、彼女は人選を間違えたことに頭を抱えた。


 それを見かねた彼は、最もな言い訳をした。


「..ファッションとか、俺に聞かれてもわからねぇよ。てか、お前みたいに顔が良ければなんでも似合うだろ。」


「っ///...そ、そうかしら...」


彼の思ってもない言葉に、彼女は持っていた服を盾に顔を逸らした。


「じ..じゃあ...彼女に来てほしい好みの服装とかは?」


 当てにならない彼のセンスから、彼女は質問の趣向を変えた。 

 

「..そうだな..これとかか。」


 彼女の問いに、彼は意外にも真面目に考えながら、マネキンが着ていた膝丈くらいの黒のタートルネックワンピースを指差した。


「なっ//...清澄も男の子なのね...」


結構体のラインがはっきり出る服のチョイスに、彼女は自分が着ている想定をして顔を赤らめていた。


「?...まぁ、何となくカレンに似合いそうだしな。」


 彼にとっては服なんてなんでも一緒としか思っておらず、シンプルに彼女に似合いそうという意味だった。


「そ、そう?5枚くらい買おうかしら...」


「どんだけ着回すんだよ...」


その後も、あーでもないこうでもないと色んな洋服を当てがい、築けば結構な服を購入するにあたった。



「ーー・・買いすぎだろ...」


 手提げ袋三つで済んだものの、ぎり片手で持てるくらいの洋服を持たされていた。


「女の子には洋服が沢山必要なのよ。」


「さいですか」


「そういえば、清澄は何か買わないの?せっかくだから、お姉さんが買ってあげるわっ!」


「いらねぇ。」


珍しくこちらを配慮した発言に、彼は怪訝そうな顔で遠慮した。


「..それに、後で何要求されるかわからねぇからな。」


「もー、私を何だと思ってるの...」


その言葉に納得していない彼女は、ジト目こちらを見つめてきた。


「..人使いの荒い奴。」


「むっ...否定はできないけど...」


「自覚はあるのかよ..」


自分の思い通りに物事を見ているかと思えば、意外と自覚はあったようで、バツが悪そうな顔をしていた。


「本当に欲しいものとかないの?」


「欲しいものか...」


 平和で豊かな国に生まれ、両親に愛され、家族がみんな健康ってだけでも十二分に幸せな事なのに、今では時間と金を自由に使えて、尚且つジムとサウナ付きの家を買ってしまった時点で、既に満たされていた。


 そのため、これ以上求めるのは強欲すぎるというか、ともかく欲しいものと言われても、思い浮かぶものはなかった。


「...ないな。」


「えぇ、つまんない男ねぇ...じゃあ、何か困ってることとかは?」


理不尽な言葉を呟いている彼女なりにも、買い物に付き合わせたお礼を返したいようだった。


「そうだな...ないな。」


「あんたねぇ...ん?」


「...マッマ。」ぎゅ


結局、それらしいことは思いつかなかった事に飽きられ始めたところ、幼稚園生くらいのワイン色のベレー帽と焦茶色のワンピースを着た女の子が心細そうにカレンのズボンの裾を摘んでいた。


「...あら、なしたのー?」


 カレンは女の子の目線までしゃがみ、優しく尋ねた。


「ママぁ...」ぎゅう


不安なのか、泣きそうな顔でカレンに抱きついた。


「あらら...なしたんの...迷子なのかしら。」ヨシヨシ


 彼女は女の子を支えながら抱っこして、優しくあやした。


「あぁ、かもな。逸れたのか、とりあえず迷子センターに行..」


「ん....」ぐぅぅ


そう提案した時に、おそらく女の子は母親を探すため結構歩いたようで、女の子のお腹の虫が鳴いた。

 

「「....」」こくりっ


それを聞いた彼女らは、アイコンタクトを交わして頷いた。




そうして、何か食べてからでも、遅くないだろうと彼女らは食べ物屋さんを探していた。


「ーー・・パスタとかいいんじゃないか?」


「うーん、そうね。ミコちゃんは何食べたい?」


「..う..ん。オムライス。」


カレンに抱き抱えられているミコちゃんは、オムライスが食べたいようだった。


「わかったわ、あっ、ここでいいんじゃない?」


「あぁ、そうだな...あっ..」


気付けば、見覚えのあるカフェの前に着いており、ショーケース越しに美味しそうなフワトロオムライスのサンプルがこちらを見つめていた。


「..どうかしたの?」


「いや、何でも。ここにしよう。」


 一応ここは系列店だから、あいつはいないはずだと高を括っていた。


チャリン..


「いらっしゃいませっ。何名様でしょうか?」


「三人です。」


「では、ベビー席が付いているテーブル席へどうぞ。」


「はい。」


 系列店でも雰囲気は変わらず良く、落ち着いていた。


席に着くと、カレンと離れたくないミコちゃんは膝の上で、メニュー表を眺めていた。


「ーー・・ミコ。これがいい!」


 多少元気を取り戻したミコちゃんは、ブレずにオムライスを選んでいた。


「俺も決まった、カレンは?」


「えぇ、私も決まったわ。」


 頼むものが決まったため、早速呼び鈴を鳴らした。


ピンポーン


注文を受けに参ったフリルの茶色基調の制服に、可愛らしいリボンを添えたその格好の彼女は、見知った人だった。


「ーー・・はい。ご注文をお伺いしま...ぇっ」


「あ...」


おそらく休日のヘルプだろうか、家族連れみたいな構図で楢崎に鉢合ってしまった

 

「か、か、海道っ?!...ぇえ?...子供...奥さん...」ポトンっ

 

綺麗に勘違いした楢崎は、あまりの情報量に注文用紙を落とし、見事にショートした。


「...何?知り合いなの?」


 無自覚に、正妻の余裕を放っているカレンは、楢崎との関係性を聞いた。


「あ、あぁ。同じ学校の先輩だ。」


「ふぅーん。いつもうちの人がお世話になってます。」ニコッ


 彼女は何か察したのか、より事態が拗れそうな事を言い放った。


「??ママのお友達ぃ?」


「おいおい...」


「ま、ママ..だと....くぅ、だからだったのか...」


ライフポイントがとっくにゼロを迎えた彼女に、ミコちゃんがさらに追い討ちをかけていた。


「あー、楢崎。この子は迷子の子で、こいつはただの知人だ。」


「なぬっ?!そ、そうだったのか、これは失礼した。」


 簡潔に説明すると、楢崎の危ういくらいの素直さから状況を理解してくれた。


「もぅ、知人って...そんなに浅くない関係なのにぃ..」


「おい、黙ってろください。」


 これ以上ややこしくしないよう、彼女に促すと、カレンとミコちゃんは仲良ししていた。


「はぁーい。おにぃちゃん怖い怖いだね。」


「ねぇー。」


「あっ、そうだ、ご注文は・・ーー」


その後、気を取り直した楢崎が注文をとり、速やかに品物が届いた。



「ーー・・わぁぁっ!おいしそー」


「本当だねー、ほらお手て合わせて。」


「はぁーいっ!」


「「「いただきます。」」」


 妙に子供に慣れている彼女は、ミコちゃんと仲良く食事を楽しんでいた。


「ふっ...」


 その様子は、本当に親子のようで実に微笑ましい光景だった。


「おにぃ、あーんっ!」


 そして、それがオムライスを食べたがっていると思われたのか、ミコちゃんが俺に食べさせようとしていた。


「...どうも、モグモグ...本当に、うまいな。」


「へへへっ。」


 俺がおいしそうに食べていたのを見て、みこちゃんは満足げだった。


「清澄、あーんっ!」


 その様子を見てたカレンは、彼にカルボナーラを食べさせた。


「...モグモグ。うん、うまい。」


「ふふっ...」



 この暖かく優しい時間は、永遠に続くわけもなく、別れの時間はすぐだった。


「ーー・・ミコっ!!」


「ままぁー!」


迷子センターに着いて、少し経ったところで母親らしき人がミコちゃんを無事に迎えに来た。



「...良かったですね。」


「あぁ。」


 彼らは安心したものの、どこか寂しさを覚えていた。


「...すみません、本当にありがとうございますっ!」


 少し遅れて、母親は大袈裟に感謝を伝えた。


「いえ、とにかく何事もなくて良かったです。」


軽く、今までの経緯を説明してさらに感謝された。


そして、別れの時間がやってきた。


「...バイバーイ、おねぇちゃん!お兄ちゃん!!」


「じゃあな。」


「またねー!」


結局、彼女らの姿が見えなくなるまで、みこちゃんは手を振っていた。



そして、帰り道にて、カレンはふとさっきの女の子のことを呟いた。


「ーー・・可愛い子だったね。」


「あぁ。」


「..ほんと、あんな可愛い子が欲しいわー」


カレンは体を伸ばしながら、少し彼に目線を配り何かをアピールしていた。



「....カレンの子供は生意気だろうな。」


 実際、人使いの荒い彼女の子であれば、また、他の犠牲者が今日みたいに買い物に付き合わされたりするのが容易に想像できた。


「ふふっ、多分そうだろうね。とびっきり生意気な子供だろうし。」 


 特に咎めるわけでもなく、まだ生まれていない子供を想っていた。


「そして、謙信さんみたいなマッチョだろうな。」


「えぇー...それは、ちょっとなー。男の子ならともかく、女の子でってのは...」


彼女自身も父の影響で身長が平均より随分高い事で、多少苦労していたことが伺えた。


「まぁ、遺伝子は嘘つかないからな。」


「本当、そうよね。清澄も夏の間にすっかり大人になっちゃって...《small》前のも可愛かったのに《/small》...」


 カレンは急激に変わってしまった彼を慮っていた。


「...大人か。」


それに少し思うところがあったが、何か言うでもなかった。



「..もう女の子とかから、放って置かれないんじゃない?」


「...まぁ、どうだかな。」


 カレンの言葉から、今までのことを思い出したが、彼女らとの接点は確かに出来ても、彼女らとの間で、どこかそれ以上の事が想像できなかった。


そうしていると、迎えの車がいる場所に到着した。


「...ここまで、送ってくれなくていいのに」


まだ明るい時間で、大通りだったので確かに送る必要はなかった。


「帰り道だからな。ついでだ。」


「...ふふ..じゃあ、またね。」


 彼の適当な言い訳から、本当はどこまでも優しい彼に触れ、満足げに別れを告げた。


「あぁ。じゃあな」


これでようやく終わったと思った彼は、踵を返して帰ろうとしていた。


「ぁ...」


どんどん自分から離れていってしまう彼の背中を見て、カレンの中で埋めようない空きが生まれた。



「...あっ、カレン。」


 それが通じたのか、彼はスタスタと彼女の元に戻った。


「っ...どしたの?」


いつもよりも塩らしく何か期待した様子の彼女だったが、彼は続けた。


「次、また誘いたいときは、事前に連絡してくれ。」


「え...えぇわかったわっ!」


 彼女は尻尾をフリフリさせながら嬉しそうに了承した。


「あぁ、じゃあ、またな。カレン」


 遠回しに次も付き合ってやると言った彼は、後ろ手に手を振りながら彼女と別れた。

 


「....ふふっ...やっぱり、可愛いわね。」


 やはり彼女は、変に素直じゃないせいで、勘違いされやすい不器用な彼のことが可愛くて仕方なかった。







 

後書き


鮎川 カレン

178cm 64kg 大学生。

鮎川さんの娘さん。

海道とは小さい頃から関わりがちょくちょくあった。



アンパンマン大好き。

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