修学旅行1日目。〜茶屋でほっと一息。〜
新幹線に乗った彼女らは、席を前にして逡巡していた。
「ーー・・どうする?」
席は対面4席となっており、青鷺、久留米、ソフィアはともかくとして、一人あぶれる形だった。
「...俺が後ろの席に行く。」
ここで横着してもだったので、俺から率先して後ろの席へと向かった。
「えっ..あ..」
「そっか..なんか、ごめん。清澄。」
彼女らは申し訳なさそうというか、どこか残念そうにも見えた。そして、彼はもう後ろへと向かっていたため反論の余地がなかった。
「あ....あと、白木は貰っていく。」
一方で、彼の思惑としては、女子会組に白木を渡したくなく、先手を打って白木をなんとしてでも白木したかっただけだった。
思ったよりも軽い白木の華奢な体は、た易く彼の胸元まで引き寄せられた。
「ぁ...ん、うん//」
小さな悲鳴が漏れたが、白木は抵抗しようもなく、肩を竦めて彼の男らしい体に身を寄せていた。
「「「....。」」」
颯爽と天使が大きな狼に颯爽と攫われた様子を見ていた、彼女らは呆気に取られていた。
「...なんか、その...いいわね。」
「「うんうん。」」
ソフィアが思わずそう呟くと、何がとは明言しないものの何か良いものを見たよね。と高鳴る何かを共有していた。
(...しら可愛い。)
そして、席についてしばらくして、外の景色を見るふりをして、白木の綺麗な横顔を眺めていると、こちらの視線に気付いたのかこっちにお顔をむけてきた。
「・・僕、京都行った事ないから、楽しみだなー」
「..そうなのか?」
一瞬、白木を見ていたのがバレたのかと思ったが、杞憂に終わった。
「うん、中学の時は海外にいたから。行きそびれちゃったんだ...」
「そうだったのか、ちなみにどの国に居たんだ?」
そこそこ関わって入るものの、白木のことに関してまだ知らないことも多く、もっと白木の事を知りたかった。
「うーん。ヨーロッパ中を転々としてたかな..」
「なら、ソフィアとすれ違ってたりしてな。」
ちょうどその頃も、ソフィアも欧州を転々としていたらしいので、その可能性は十分にあり得た。
「あー、ソフィアさんもそうだったね...もしかしたら、そうかもね」ニコッ
白木はどこか含みのある表情をしていたが、それを掻き消すように満天の笑顔をこちらに向けた。
「ふっ...あぁ。」
その無垢であまりに可愛い笑顔に、思わず白木の頭に手のひらが吸い込まれた。
「ぁ..っ..へへ、くすぐったいよぉ。海道くん...」
初めは驚いた様子だったが、白木は気恥ずかしそうにしながらも、にこやかに彼の撫でる手に身を任せていた。
(...やばい、止まらん)
この空気が、白木との空間が心地良すぎて色々と止まりそうになかった。
「・・やっぱり、いちゃついてましたか...」
しばらくイチャイチャしていると、久留米がひょっこりと顔を見せに来ていた。
「いちゃっ///..違っ」
「違うのか?」
反射的に否定していたのを見た彼は、寂しそうな表情で白木の赤く染まったお顔を覗いた。
「いやっ..違わな...もぅ!からわわないでよぉ..」
それを見た白木は、一杯一杯になり思わず彼の肩におでこを乗せた。
「つい可愛くてな、悪かった。」ヨシヨシ
流石にからかいすぎたと白木の天使の輪っかが乗っている頭を撫でた。
「...か..海道くん..」
「..白木..」
すると、先からずっと甘々な空気に打たれていた彼女は、珍しく子供みたいに止めに入った。
「もーっ、私の前ではイチャイチャ禁止ですっ!」
「はっ...危ない...」
彼女のおかげか、彼女のせいなのか、兎にも角にも召されかけた意識が無事に帰着した。
そうして、旅館に手持ちの荷物を置いた後、早速に班別行動へと移った。
「ーー・・うわぁ...これが日本のお寺なのね。教会とは全然違うわね」
清水寺に向かう途中、ソフィアは神社のことをお寺と思って感嘆していた。
「いえ、ここは神社ですね。」
「え、そうなの?お寺と何が違うの?」
「お寺には仏像が、神社には御神体が祀られてて、大きな違いは、人の目に触れるかどうかかな。」
「像?御神体?」
「えぇ、礼拝の対象がお寺では仏像のご本尊、神社では神様の依り代となるのがご神体。」
「難しいわね...」
日本人もよく理解できていないことのため、ソフィアもあまりピンと来ていないようだった。
「神社は神道、お寺は仏教が信仰されてると言ったとこだ。」
「「「へぇー」」」
彼の補足に青鷺やソフィアらは妙に腑に落ちていた。
そうして、清水寺のふもとから少し歩いたところ、慣れない坂にじわじわとふくらはぎが張り始めていた。
「...それにしても、登り坂が長いわね。」
「そうですね...はぁ...スゥ」
それに同調した青鷺は明らかにニコチン不足で息切れしていた。
「ちょっと、みなさん。運動不足が祟ってますよ」
「まぁまぁ、少し休憩するか。」
意外にも平気そうにしている久留米は皆を鼓舞していたが、ちょうど雰囲気の良い茶屋が目に入ったので、彼女を宥めてそこで休憩することにした。
「ーー・・うわぁ...すごい壮観ね...」
案内されたのは、ししおどしの鳴く音がこだまし、底まで透き通っている池には綺麗な模様を纏ったお魚が悠々と泳いでおり、慎ましくも趣のある庭園を一望できる2階の畳の居室だった。
「何だか落ち着くわね。」
着物の店員の方は、彼女らの反応を微笑ましく眺めていた。
「ふふっ...ご注文がお決まりになりましたら、お呼びかけください。では失礼します。」
着物を着た店員さんの浅く一礼し、正座で襖を閉じるといった自然な動作一つ一つの動作は洗練されており、この茶屋のおもてなしを如実に感じられた。
「...素敵な着物でしたね...」
「うん、すごい綺麗だったね。」
青鷺や白木は先の店員の方の所作や振る舞いに感嘆していた。そして、何より整った顔立ちと柔和な表情、穏やかな声音などどこをとっても綺麗だった。
「てっきり、一見さんお断りかと思ったのですが」
久留米は店に入ったものの、内装はかなり洗練されており店員の振る舞いも普通ではなかったので、てっきりそういったお店だと思っていた。
「それに、ここも一学生にはもったいない気がするんだが...」
ここ二階の畳の居室からは丁度庭園を一望できるため、一回の学生には贅沢な気もした。
「そうよねっ、普通当たり前じゃないわよね」
ソフィアは日本ではこういうのも当たり前かと思っていたが、彼の発言からそうではないと確信した。
「まぁ、そういう日もありますよっ!」
「そうだな。」
実は隠れ家的な茶屋ってこともありそうだったが、考えても答えは遠そうだったので、今は楽しむことにした。
そうして、気兼ねなく寛ぎながら、適当におすすめの品を注文すると程なくして品が届いた。
「ーー・・坊ちゃんセットどす。お茶はお熱いさかい気ぃつけとぉくれやす。」
「どうも。」
彼は先の店員の方から、この茶屋のオススメの品を受け取り年季の入った机に並べた。
「うわぁーお、映画で見たまんまだ。」
ソフィアは日本の時代劇に出てきそうなラインナップに舌を巻いていた。
「美味しそうですね!」
「食べるのが勿体無いよ..」
そして、白木は綺麗に整頓された餡とお団子をあぐねていた。
「ふふっ..では失礼致します。」
店員さんはその様子が微笑ましそうに見ていたが、居室から退出しようとした時、彼に胸ポケットを確認するようジェスチャーした。
「?...紙。」
言われるがまま胸ポケットを確認すると、メモ用紙を折り曲げて入っていた。
「なぁ、これ...って...」
そして、これが何なのか確認しようとすると、彼女はすでに行ってしまっていた。
「.....。」
紙を開くとそこには、そこにはラィインのIDが書かれており、まぁ、そういう意味だよなと眺めていた。
すると、その様子を見た青鷺はチラリとその紙を覗き見した。
「ん?何ですか、その紙は....ラィインの、ID?」
「「「っ?!」」」
彼女の一言で、周囲の空気は震撼し、隣の久留米が真っ先にその紙を取り上げた。
バッ!
「っ...おい。」
「...これは、先の店員さんからですか?」
咎めようとした彼を押して、久留米は微笑んではいるものの、浮気を詰めるような雰囲気で問い詰めてきた。
「あ、あぁ..。」
なぜか後ろめたさを覚えながらも、事実を容認した。
「えっ、どういう事?!」
青鷺は何のこっちゃと言った様子だった。
「ワァーオ。」
「海道くん、すごいね...」
「いや、違うんだ..白木っ、これは...」
白木は彼が誘ったものだと勘違いしており、若干引き気味というか、どこか要領を得ない表情をしており、彼は慌てて弁明しようとした。
「はぁ、まぁ私がどうこういう事でもないですか...」
彼がどうしようと、彼女でもない久留米は自分がどうこういう事でもないと思いあっさりと紙を返した。
「....あぁ。」
「「「.....。」」」
彼は受け取った紙をしばらく眺めていると、彼女らがそれをどうするのか固唾を飲んで見つめていた。
「....はぁ。やれやれ」
彼は傍目でジリジリとこちらを見ている久留米たちを一瞥し、胸ポケットに入れ茶柱の立った温かいお茶を啜った。
そのあとは、普通にお茶を楽しみ数十分ほどくつろいだところで茶屋から出た。
「・・ご馳走様でした!」
「はい。またのお越しをお待ちしております。」
にこやかに着物の店員の方は、礼をして見送ってくれていた。
「..あっ、そういえばお会計って...」
「さっき海道くんが払ってましたよ。」
お店から出た青鷺は、お会計をしていないことに気がついたが、彼が既に払っていたようだった。
「えっ、あ、払いますっ!」
「私もっ」
いつの間にか賄ってくれていたとはいえ、流石にこう言ったのは申し訳なさを感じていた。
「要らん。」
「え、しかし...」
「ふふっ、海道くんの顔を立てると思って甘えましょ」
男を立てるのが上手い久留米はそう言って、彼女らを説得した。
「ふーん、そういうものなのね。ありがと清澄っ」ニコッ
「あ、ありがとうございますっ!」
「ありがとう海道くん!」
久留米に言いくるめられた彼女たちは素直に感謝していた。
後書き
ちょこっと一間。
ーー・・茶屋での会計中。
「・・お返事楽しみにしてます。」
「気持ちは有難いが、俺は未成年だ。」
(まぁ、精神年齢は37だが....)
「あらっ...そうでしたの...てっきり引率の先生かと思いまして...」
着物マジックか、彼女の驚いて口を袖で覆う姿ですら変な色気を感じた。
「...兎角、これは受け取れん。」
これ以上話していると、色気に呑まれそうなので、先に渡してもらった連絡先が書かれた紙を返した。
「...ふふ、またいらっしゃった時に返して下さい。」
彼女はどこか余裕げにそういって、彼の胸ポケットに紙を入れた。
「...あぁ、わかった。」
絶妙に断れない具合を突かれ、どこか手のひらで動かされているようで、将来、仮に年上の人と一緒になったら尻にしかれるだろうと、嫌に明瞭なイメージがよぎりながら、茶屋を後にした。
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