閑話休題〜不良仲間



「ーー・・ふぅ、やっぱ強いねー海道くん!」


「...白木もかなりヤるな。」


「へへっ、そうかな」


 白木は彼からの純粋な賞賛に照れながらも、未だ勝ち越せずにいる事から目の奥からは確かな闘志を燃やしていた。


「..飲み物切れたし、一旦休憩にするか。」


「うん。そうだね」


「じゃあ、コンビニでなんか買ってくる。」


「あっ、うん。・・ーー」


白木はまだやり足りないようで、物足りなそうな顔をしていたが彼はもう行ってしまっていた。



「ーー・・ん、あれ...って」


旅館の近所にあるコンビニに行くと、昨今の喫煙者の扱い具合を風刺しているように、かなり端っこで気休め程度の変装をした青鷺が気持ちよさそうにタバコを吸っていた。


無警戒すぎる彼女に、彼は少し脅かしてやろうと一芝居打つ事にした。


「・・青鷺。お前、何を吸ってるんだ。」


「なっ!?..ちょ..これは...」


 先生に鉢あったと思った彼女は、帽子を深く被り直しながら一瞬で火のついたタバコを灰皿ポールに投げつけていた。


「...ふっ、動揺しすぎだ。青鷺」


 その様子が素直で、可愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。


「なっ...なんだ...海道くんですか、びっくりさせないでくださいよ。」


 彼女は安堵のあまり大袈裟にしゃがみ込んでいた。


「..ったく、お前は無警戒にも程があるぞ。」


「えっ、いや、変装だって完璧ですし、アリバイ工作をしているので..」


後者の文言は感心できるものであったが、彼女はどこか詰めが甘いというか、逆に目立つサングラスにサイズの合っていない帽子と半端な顎マスクと言った、奇抜な変装に仕上がっている様がそれを物語っていた。


「..いや、その変装で台無しだ。」


「えぇ...そんなに変ですかね..」


スマホカバーの鏡で自らの様を確認するが、彼女からしたら至って普通に見えていたらしかった。


「...ちょっと、動くな。」


「うわっ...っと...」


 見かねた彼は、優しく彼女の帽子とサングラスとマスクを取って、彼がかぶっていた帽子を少し調節して彼女に深く被せた。


「..ほら、鏡で見てみろ。」


「おぉ...全然違いますね...」


やったことといえばサングラスと、マスクをとって帽子を付け替えただけだが、それだけでも、夜という事や、メガネをつけていない事も相まって一目で彼女とは判別できなかった。


「てか、メガネなくても見えんのか?」


そういえばと、初めてメガネをかけていない彼女の面を見たので、それが引っかかった。


「えぇ、タブレットに参考書を入れているので、あれはブルーライトカットメガネですね。ちなみに私は裸眼で視力は両目で2.0です。」


「そうだったのか..」


 今更ながら初耳で、未だ青鷺のみならずヒロインたちをそこまで詳細に把握していないと痛感した。


(..まぁ、ほとんど忘れちまったしな。)


「..あっ!これだと、海道くんの変装が...」


心の中で言い訳をしていると、青鷺が無変装状態になってしまった彼を指摘した。


「あー...まぁ、大丈夫だろ。」


しかし、彼は特になんとも思っていなかった。


「え、いや..無断外出なんてバレたら明日から先生と回る事になりますよ?!」


「まぁ...なんだ...揉み消せるし。」


 なんか嫌な感じに聞こえそうで、少々憚ったが事実を述べた。


「...あー..海道くんは、特生でしたね。」


特生とは、主に学業面においてコンテストで優勝、入賞した生徒に与えられる特別資格であり、特生であればあらゆる事に融通が効くが、海道くんの場合は理事長の知人の知り合いなので、基本何も言われない。


「...まぁ...それもあるな。」


彼はずっと見られている視線の先を一瞥した。


「ん?どうかしたんですか?」


「いや、別に。」


彼女が彼がチラ見した方向を見るが、そこには何もおらずただ変なオブジェクトが建っているだけだった。 


(...まぁ、今も虎野関係の私設警備からガッツリ見張られてるし、変なとこに行かないよう、生徒の安全は担保されてんだろ。)


虎野とかソフィアもそうだが、数学オリンピックや物理オリンピックに出てるような要人に近い生徒もいるため、過度な警備とまではいえなかった。


などと考えていると、ふと手持ち無沙汰な彼女がクルクルと上手に回しているタバコが目に入った。


「...一本もらえるか」


「えっ...吸うんですか?やっぱ不良さんでしたか...どうぞ。」


 ただ、彼は興味本位で言ってみただけだったが、しっかり不良認定された。


「いや、そういうわけじゃねぇが...」


カチッ


彼は彼女からタバコを一本もらい口に咥え、フィルターを噛んだ。


「いいんですよ、私達の仲ですから...」


カチッ


 そして、それに釣られるかのように彼女も自然にタバコを加え火をつけた。


「ほら、海道くんも....って、ライター切れちゃいましたね...」


「....。」


丁度、彼女が火をつけたところでライターのオイルが切れたようだった。


「すみません買ってきま..ぇっ..」


そして、彼女がコンビニに買いに行こうとしたところ、彼に肩を掴まれ体が硬直した途端、彼の顔が寸前まで近づいた。


「...あのっ..ぇ..」


 そういうつもりだと思い、覚悟が固まる間もなく無力に目を閉じるが、一向にそれを訪れなかった。


「..うごくな。」


恐る恐る目を開けると、彼は彼女のタバコの火をもらっており、シガーキスであったが、彼女の思っていたものとは違っていた。


「...スゥ..パァー...まぁまぁだな。」


 十分に火元をもらった彼は、彼女の意外にもガッチリしている肩を離し、喫煙を反芻していた。


「...くぅ...び、びっくりさせないでくださいよぉ...」


 彼女は一杯一杯な様子で、腰が抜けるように再びしゃがみ込んでいた。


「?...仲間とこういうのやった事あるだろ」


「いや、あり、ありますけど...男性とはないですよぉ...もぅ。」ポンっ


 耳を真っ赤にさせながら、彼女はなけなしの抵抗として彼の肩にパンチした。


「ふっ...意外とウブなんだな。」


 暴走族の女といったら、大体の不良行為はやっていそうだが、どうやら彼女はそういう部類の不良ではなさそうだった。


「もぅ、勘弁してほしいです...」


 彼女はそう言いながらも、喫煙を中断することはなく、それが気になったためふと聞いてみる事にした。


「..それより、タバコやめられないのか?」


「え、えぇ...まぁ、やめたいとは思ってるんですけど。スパー..」


嗜好品とは恐ろしいもので、やめたいと思っている最中でも喫煙を続行させてしまっていた。

 

「おいおい...」


「海道くんは、普段吸うんですか?」


 そういえばと彼の喫煙シーンを見るのは初めてであり、普段も喫煙者特有の匂いがしなかったことから疑問に思った。


「いや、吸わないな。これが初めてだ。」


「なっ?!..そうだったんですか?...わ、私はパンドラの箱を開けさせてしまった..」


 彼女が勧めたわけではないが、少なからず罪悪感を覚えていた。


「ふっ、それは心配ない。」


 彼はそう言ってタバコを灰皿ポールに捨てた。


「?...まぁ、あんまりハマらない人はハマらないですからね。」


 変に理性が強くなったせいで、こういった依存性の高いものにはハマりずらくなっていた。


「して、青鷺。お前、そのうちバレるぞ」


「っ..まぁ、そうですよね..」

 

 前回も今回も俺が鉢あっただけで不問として免れていたが、彼女がやめない限り、こういった事態は起こりかねなかった。


「それに、子供とかが困るだろ。」


「こ、子供っ?!...ま、まぁ...そうですけど...」


 そう子供は女にしか産めない。偉そうだが、もっと気を使って欲しかった。


「まぁ、これからそういうのにならないってなら、別だがな。」


 高度なマッチングサービスと、図らずとも最適化されたこの世界の日本は、少子化を克服していたものの、今はそういう時代でもないため、色んな生き方ができるのも事実であった。


「....そりゃ、その...欲しいですよ..いつかは...」


しかし、彼女はそれに当てはまらなかったようだった。


「...ちょっと貸せ。」


「っと...まぁ、いいですけど。」


 それを聞いた彼は、彼女が咥えていた吸いかけのタバコを取り、ちょっとした催眠療法を施すことにした。


「火元をじっくりと見てみろ。」


「は、はい...」


タバコの先端から段々と灰になっている様を注視させた。


「...この灰は、青鷺がこれからタバコにかける時間とお金と、健康だ。」


「...はい。」


「...ただ一時の惰性的な快楽を消費するためだけに、青鷺の子供や家族が犠牲になって...」


「...ぅ..はい。」


 嫌悪感をあらわにした表情をしていたが、ここで辞めては意味がないので続けた。


「...下顎タプタプのタバコ会社の重役を、ぶくぶくと太らせるだけの肥やしになる。」


「....うぅ...。」


「...だから、そんなものは今すぐやめろ。」


「....はい。」


そう言って彼は持っていたタバコを灰皿ポールに投げ捨てた。


「..どうだ。」


「...うーん、何んか辞めれそうな気がしますっ!」


 彼女はそう言いながら、手に持っているタバコの箱をコンビニのゴミ箱に投げ捨てた。


「...運がいいな。」


 正直、催眠療法などは向き不向きがあるため、効き目があるかどうかは保証できなかったが、今回は運良くうまく行った。


「え?」


「いや、なんでも。」


 とにかく、このパターンであれば成功したと言ってもよかったので、フラグでもなんでもなく、とりあえず明日から彼女が隠れてタバコを吸うことはないと思えた。


「...うぅーん..なんだか、胸の奥がスゥーッと透き通った感じがします!」


「...そうか。」


この時、ようやくチート能力が人のためになった気がし、夜風がいつもより心地よかった。



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