第27話
「お茶をお持ちしました」
そう言って部屋に入ってきたレインは、片手にティーセットを持ちながら優雅にお辞儀をしリリィを見て微笑んだ。微笑んではいるが、その瞳は獲物を見つけ今にも捕獲しようとする獣そのものだ。そんなレインを見てリリィは恐怖にカタカタと体を震わせる。
「レインくん、どうして……」
椅子から立ち上がり後退りするリリィ。そんなリリィの言葉を無視してレインはテーブルにティーセットを置きティーカップにお茶を注ぐ。
「どうぞ、この屋敷にある最上級の茶葉だよ。リリィちゃんのために僕が淹れたんだ、飲んでくれるよね?」
レインの言葉にリリィはヒッと息を呑み首を横に振る。
「い、嫌……」
「どうして?毒や変な薬なんて入っていないよ?僕は紳士だからね、リリィちゃんには魅了も使いたくないし魔法薬に頼ることもしたくないんだ」
「し、紳士?紳士は、人の部屋を勝手に荒らしたり、拉致したりしない、わ」
震えながらもリリィはレインへ非難の言葉を止めることができない。怖いのに、どうしてもレインには一言言わないと気がすまないのだ。そんなリリィの言葉にレインは途端にしゅん、と悲しそうな表情をする。
「ごめん、あれは仕方のないことだったんだ。僕は魔法研究機関の職員だったからね、上層部の命令には絶対従わなければいけなかったんだよ」
そう言ってレインはリリィに少しずつ近寄るがリリィは椅子を持ってレインに投げつけた。
「来ないで!」
「そんな、僕のこと嫌いになっちゃったの?あぁ、そういえばなんで僕がここにいるか知りたがってたね。教えてあげるよ、後で詳しく。それよりも今はあの男のことが気がかりでしょう?」
レインに言われリリィは両目を見開く。そのリリィを見てレインは口の端に弧を描いた。
「今頃あの二人は濃密な時間を過ごしているかもしれない。男女が密室で二人きりになってすることなんて決まってるでしょ?ベラはあの男を手に入れたくて仕方ないみたいだし、なりふり構わず誘惑するに決まってる。僕も手を貸したしね。あの男がその誘惑に打ち勝てるかな」
「まさか、今回のことあなたが仕組んだの!?」
「今更気づくなんて遅すぎるよ、リリィちゃん。それにリリィちゃんだって思っているんでしょ?自分はあの男にはふさわしくないって」
レインの言葉にリリィはびくっと肩を震わせ、それを見てレインは嬉しそうに笑いリリィの目の前に来る。恐怖で身動きの取れないリリィの髪の毛を一房そっと手に取り口付けた。
「才能溢れる公爵家の次男と施設育ちの平凡な女、世間から見たら釣り合わないって思われるよね。それより、同じ施設で育った僕の方がリリィちゃんにはふさわしいと思うよ。それにほら、あれを見て」
そう言ってレインが指差す壁には、一つの映像が映し出されていた。
「さ、飲んで?」
目の前に差し出された赤紫色の液体が入った小瓶をユリスは睨みつける。
(これを飲んだとしても特級魔法士で耐性のある俺ならなんとか耐えられるはずだ。だが、俺がベラに触れなくてもベラは何かしらの理由をつけて妊娠誘発薬を飲むだろうな。それにここまで用意周到ならベラは俺と行為をするために他にも何か仕掛けている可能性もある。ベラが薬を飲む前にベラからあの薬を奪ってしまうしかない)
ユリスが目の前の小瓶を掴み蓋を開けると、小瓶からはほのかに甘い花のような香りが漂う。ユリスは眉間に皺を寄せながら小瓶に口を近づけ中身の液体を一気に飲み干した。そんなユリスを見てベラは目を輝かせる。
「ウッ!」
カタン!とユリスの手から空になった小瓶が床に落ち、ユリスは胸を押さえてその場に膝をつく。身体中が焼け付くように熱く、視界が霞みその場に立っていられないほどの苦しみが襲う。
(これはまさか……)
ユリスが苦しげにベラを睨む。ユリスが小瓶の中身を飲み干したのを見てベラはもう片方の小瓶の蓋を開けようとした、だがベラの手首をユリスが掴みそれを阻止する。
「お兄さま、私に触れましたわね!私はこれを飲みます」
ユリスの手を遮り小瓶の蓋を開けようとするが、ユリスはベラの両手を掴んで床に押し倒した。
「これ、は、飲むな……死ぬ、ぞ」
ユリスに押し倒されたベラは一瞬顔を赤らめ目を輝かせたが、ユリスの表情と言葉で一気に青ざめる。
「お兄さま、どう、なさったのですか……!」
ユリスの顔は蒼白で呼吸が荒く、息をするたびにゼーゼーと異常な音を発している。ベラを掴む手も力は入っているが小刻みに震え、死人の様に冷たい。まるで今にもそのまま死んでしまいそうなほどだ。
「これ、は、毒薬、だ」
その言葉を聞いた瞬間、ベラの手から小瓶がコトン、と床に転がった。
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