第4話
ユリスの部屋に泊まることになったリリィは、使う部屋を案内された。その部屋には本棚があるだけで、寝るスペースは確保できそうだ。
「普段から掃除はしてるから汚くはないよ。備え付けの客人用の布団があったはずだから持ってくる。その間にあんたは風呂に入りなよ」
「えっ、ええっ?」
「いや、風呂くらい入るだろ。え、あんたまさかいつも風呂入らないの?汚いな……」
「いやいや入ります!お風呂大好きです!」
ユリスはたまに話が噛み合わない。リリィが困惑していると、ユリスは真顔で首を傾げながら話を続けた。
「部屋着はとりあえず俺の適当に貸すよ。下着は……あーあんたの部屋、時間止めちゃったから入れないな。どうしよ……風呂入ってる間に洗濯して乾燥かければいいか。部屋着は風呂場の前に置いておくよ。シャンプーとかそういうのは嫌じゃなければ自由に使って」
ユリスはさも当然のように話を進めるが、リリィは呆気に取られたままだ。ユリスは本当にリリィを女性扱いしていない。それはリリィにとっては安心だが、一方でモヤモヤとした複雑な気持ちもあった。
「風呂はあっちの扉。魔導洗濯機は風呂の横にある。トイレは風呂場の横の扉。あんたの部屋とたいして造りは変わんないと思うけどわかんないことあったら聞いて」
そうしてあれよあれよという間にリリィはユリスの部屋の風呂場を借りることになった。
(なんでこうなっちゃったんだろ……)
湯船に浸かりながらリリィはさっきの出来事を思い出していた。まさか自分の部屋が荒らされているなんて思いもせず、その事実にまだ少し手が震えている。
(ユリスさんがいなかったら、私どうなってただろう。冷静に対処できただろうか。こうして暖かいお湯に浸かることもきっとできなかった)
じんわりと染み込んでくる暖かさに、リリィは目頭が熱くなるのを堪えきれず湯船の中に沈んで行った。
「お風呂ありがとうございました」
風呂上がりのリリィはユリスの部屋着を来て居間にいるユリスに声をかけた。
「あぁ、うん……」
リリィの姿を見てほんの一瞬ユリスは止まり、すぐに魔導冷蔵庫から何かを取り出す。
「ごめん、食べれるものがあんまりなくて、とりあえず食品好きなもの選んで食べて。飲み物は魔導冷蔵庫から自由に飲んでいいから。俺も風呂入ってくる」
「あ、はい、なんかすみません……」
その場を後にするユリスを見送って、リリィは食品を眺めた。その食品は魔法をかけることで瞬時に主食からおかず、スープまでできあがる調理いらずの便利食品だが、レパートリーが少なく飽きやすい。しかも栄養も偏りやすいのだ。
(普段からこういうものばかり食べてるのかな、食生活あまり良くない気がする……だからあんなにいつも覇気がないのかな?)
自分の部屋に戻り風呂の支度を始めようとしたユリスは、扉を閉めてから背中を壁に寄り掛からせてそのままずるずると座り込んだ。
風呂上がりのリリィの姿を思い出してかすかに震える両手をじっと見つめうなだれ、深く深くため息をつく。
「……なんだこれ」
ユリスの呟きは静かに部屋に響き渡った。
◇◆◇
リリィの部屋が荒らされた翌日。研究棟の第一部門でリリィは部門長であるエデンにことの次第を説明していた。
「とにかく無事で良かった。現場検証はもう済んだのか」
「はい、さきほど終わりました。詳しいことは後日改めて説明されるそうで、その際には部門長にも同席してほしいと」
「わかった、俺も話を聞こう。大変だったな」
静かに、だが労わるような口調にリリィは思わず胸が熱くなる。異動してきて間もないうちからこんな騒ぎになったのに、迷惑そうに扱うどころか優しく気遣ってくれる。ここの人たちは本当にいい人たちばかりだ。
「そういえばユリスが一緒だったそうだな。ユリスだったら安全だろう。あいつは研究課の中でも数少ない上級魔法の使い手だ。何かあっても必ず君を守ってくれるはずだ」
(ユリスさんてそんなにすごい人だったんだ)
いつも真顔で何を考えているかわからず、女嫌いだということしか情報のなかったユリスだが、実はかなりの実力者らしい。何があっても守ってくれるという言葉がとても心強く思えてリリィは少しホッとした。
「そういえばそのユリスはどこに行ったんだ?」
リリィがエデンと話をしているその時、ユリスは第二部門の研究室に来ていた。
「すみません、ロベリオさんいますか」
「お、ユリス、お前がここに来るなんて一体どうした」
ユリスの顔を見てロベリオはさも珍しいものを見たという顔をしている。
「ちょっと顔貸してください」
ユリスはいつもと同じ真顔だがその中にいい知れぬ気迫を感じて、ロベリオは静かに席を立ちユリスを普段人が滅多に立ち入らない倉庫に連れて行った。
「あまり聞かれたくない話なんだろ。ここなら誰も来ない。どうした?あの子に関することか?」
ロベリオがそう言った瞬間、ユリスがロベリオの襟元を掴んでそのまま壁に押し付ける。ダアアアンという大きな音が倉庫内に鳴り響いた。
「あんたたち一体何がしたいんだ。あいつの部屋まで荒らして他にも目的があるのか」
ユリスの気迫にロベリオは驚きつつ、フッと笑った。
「何のことだ。あの子の部屋で何かあったのか」
「しらばっくれるな!あんなことするのはお前ら第二部門の連中しかいないだろ」
「……何か勘違いをしているようだな、ユリス」
ロベリオはいつものキラキラとした笑顔をしまいこみ、静かにユリスの腕を掴んだ。そのままぎりぎりとユリスの腕を握りしめ、襟から離そうとする。
「いいか?何があったか知らないが我々がわざわざ目立つような行動をすると思うか?そんなことして何の得がある。俺たちの目的はお前たちと何も変わらない。それ以上でもそれ以外でもない、覚えておけ」
ユリスの腕をパシっとはらい、襟を整えてからロベリオはユリスを見つめる。その瞳は静かだが恐ろしいほどの冷たさを含んでいた。
「だったら、一体誰が……」
「その話、詳しく聞かせろ。情報共有はすべきだ、お前は不服だろうがな」
ロベリオの言葉にユリスは眉間に皺を寄せたが、渋々昨日起きたことを話し始めた。
「……なるほど、部屋が荒らされ何かを探しているような跡だったと」
ユリスがリリィと一緒に現場検証に立ちあった時に少しだけ聞いた話だと、寮自体のセキュリティと鍵魔法が簡単に破られていたこと、探知魔法をかけた上でさらに部屋を荒らしていたことがわかったそうだ。
(魔法省、しかも研究課の寮のセキュリティを突破するほどの魔法の使い手、しかも探知魔法をかけて何かを探していたにも関わらず見つからなくて実際に行動に移したとなると、あの子自体ではなくあの子に関わる何かを探していた……?)
ロベリオは一通り思案してからユリスを見た。
「なぁ、当分の間共闘しないか?敵が誰かわからない以上、あの子を守る手数は多い方がいい」
「断る」
ロベリオの提案にキッパリとユリスは言い切った。
「何故だ?いくらお前が上級魔法の使い手だとはいえ、おそらくは第一部門だけで何とかなる相手ではないだろう。ライバルとはいえ目的は同じだ。共闘した方がメリットがあると思わないのか」
「あんたたちは歓迎会で彼女に魔法薬を飲ませて眠らせたような奴らだぞ。どうせそのまま研究室に連れて行って彼女を隅々まで調べるつもりだったんだろ。最低だな。そんな奴ら信用できるわけがない」
リリィが歓迎会で飲み潰れたのはお酒を飲みすぎたのではなく、第二部門の職員が飲み物に魔法薬を含ませ眠らせたからだった。ユリスはそのことに気づき、第二部門の職員の目を盗んでユリスがリリィを連れ帰ったのだ。
「はっ、そんなこと言ってお前らだって手柄が欲しいだけだろ」
その言葉にユリスはロベリオをキツく睨んだ。
「俺たちはお前らとは違う。それに、俺はあいつを守りたいだけだ」
そう言って倉庫を出ていくユリスを、ロベリオは両目を見開き驚いた顔で見る。
「はっ、ははっ、まじか。青いねぇ、青い青い……!」
ははははは、とロベリオの楽しげな笑い声が倉庫内に響いていた。
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