第5話
現場検証が終って数日後。片付けをしていいということなので、リリィは荒らされた部屋を片付けていた。もちろん、ユリスも一緒にだ。
大きなものや重いものは魔法で簡単に片付けられる。だがやはり細かいものとなると手作業でやった方がむしろ早いこともあり、こうして二人で片付けを行っていた。
「すみません、ユリスさんにまで一緒に片付けてもらって……」
「いや、本当は女性のベリアに来てもらった方が良かっただろうけど、ベリアは昨日から出張でいないから。俺は隣だし今は一緒に住んでるから俺も一緒の方が安全でしょ。また何が起こるかわからないし、……ってごめん。そんな怯えされるようなこと言うべきじゃなかったな」
相変わらず真顔だがその顔にほんの少しだけ後悔が滲み出ていて、リリィは思わず微笑んでしまう。
「ユリスさんて本当は優しい方ですよね。女嫌いだしいつも真顔だから勘違いされやすそうだけど、ちゃんと気をつかってくれるし。最初はもっと怖い人なのかなって思ってたんですけど、ユリスさんが直属の先輩で本当によかったです」
そう言って嬉しそうに微笑むリリィに、ユリスは真顔のまま静止して、フイッと顔を背ける。
「あ、そう。それならよかった。俺、こっち片付けるね」
「あ、ユリスさん、そこはやらなくて大丈夫です!私がやるので……」
ユリスが倒れた衣装ケースを持ち上げると、そこにはリリィの下着が散乱している。
(だから自分でやるって言ったのに!)
うわ〜と両手を顔に当てて赤面するリリィをよそに、ユリスは下着の一つを指で掴んでしげしげと眺めた。
「へぇ、こういうのも履いてるんだ。意外。歓迎会の時は結構地味だったよね」
「ちょっと!何じっくり見てるんですか!変態!最低!さっきの言葉撤回します!ユリスさんはあっち!あっちを片付けてください!」
(歓迎会の時って、着替えさせた時に見てたの?やだ!いや介抱された側の私がいうことじゃないけども!)
ユリスから下着をふんどり喚くリリィを見て、ユリスはほんの少し微笑んで後ろを向いた。だがすぐ真顔になってリリィに言われたスペースへ移動し片付けを始めようとしゃがみ、自分の手を見つめ静かにため息をついた。
◇◆◇
「今日はとりあえずここまでかな」
「はい、だいぶ片付きましたね!本当にありがとうございます」
「いいよ、また明日も手伝うから」
そう言って部屋を出ようと歩くユリスに続いてリリィも歩き出した、その時。リリィはまだ片付け終わっていなかった足元にある置物につまづき、転びそうになる。
「危ないっ」
ユリスが咄嗟にリリィを抱きしめ、そのまま二人は倒れ込む。思わず両目をつぶっていたリリィがそうっと目を開けると、ユリスと一緒に床に倒れ込んでいた。ユリスはリリィをしっかりと抱きしめ、体は上から下まで密着している。
「す、すみません」
リリィが謝り動こうとしたが、ふとある違和感に気づく。
(え、なんか硬いものが当たって、る……?)
リリィの体に、ユリスの体の一部が当たってた。それは女性のリリィは持ち合わせていないものだ。その事実にリリィが気付き顔を赤くしながらユリスを見ると、ユリスはことの次第に気づいてバツの悪そうな顔をした。
「あ〜、なんか、ごめん」
そう言ってすぐに体を離し、リリィを起き上がらせてから自分もゆっくりと起き上がった。
「ユ、ユリスさん、そういう欲はわかないって言ってましたよね。それなのに、どうして……」
驚きながら質問するリリィを、ユリスは真顔のままじっと見つめ、ため息をついた。
「全部ちゃんと話すよ。とりあえず、俺の部屋に行こう。……それとも、こんなことになって俺のこと信用できなくなった?もしそうなら別の場所、そうだな、職場に行ってもいいけど。俺もあまり他の人には聞かれたくない話だから二人きりにはなるけど、でも俺の部屋よりは安心でしょ」
リリィを気遣って提案してくれているのがよくわかる。確かに欲がわかないと言っていたのにどうしてああなっていたのか。もし嘘をついていたのだとしたら信用は完全に失われる。でも、ユリスはそんなことをするような人間ではないと今まで接してきた中で思うし、何よりも深い理由がある気がしてならない。それをリリィは知りたいと思った。
「……いえ、ユリスさんを信じます。ユリスさんの部屋に戻りましょう」
◇◆◇
ユリスの部屋に戻ってから、二人はソファに腰掛けていた。もちろんユリスはリリィから少し離れて座っている。
「俺が女性嫌いだということは知ってるよね。そうなった理由が、信じてた当時の彼女に裏切られたからなんだ」
静かに淡々とユリスは話し始めた。
「四年前まで真剣に付き合っていた人がいたんだけどさ、俺が仕事から帰ってきたらちょうど他の男とよろしくやってる最中で。あまりにもショックでその場は逃げるように立ち去ってしまったんだけど、後日なんて言われたと思う?」
ユリスは真顔のまま床を見つめてしずかに息を吐く。
「仕事でほったらかしにするあなたが悪い、他の男は優しくしてくれるって。だったら何をしても許されるのか?そんなことする前に寂しいなら言って欲しかったと言ったら、言わなきゃわからないあなたが悪い、言わなくても気づいてくれないなんて、って言われた。話し合いにならないし、何より俺的に無理だと感じて、じゃあ別れようって言ったら別れたくない、もう二度とこんなことしないからって」
ユリスの話を聞きながらリリィはただただユリスを静かに見つめることしかできなかった。
「耳を疑ったよ。話し合う気はなく一方的に悪く言われて、あげくの果てが別れたくないって。相手の男の気持ちも何も考えてない。本当にもう無理だと思った」
そして寮の自分の部屋に戻ると、ユリスは吐き気をもよおし洗面所でうめいた。
仕事に明け暮れながらもユリスはずっと彼女のことを好きでいたしユリスなりに思いやっていたつもりだった。
それが伝わらなかったのなら確かにユリスにも落ち度がある。だが、ユリスに寂しい思いを伝えることもせずあの女は勝手に他の男と付き合っていたのだ。しかもそれを詫びれもせず、ユリスと別れたくないと言い出した。
(気持ち悪い、最低だ、おぞましい、俺が仕事している時にあの女は他の男と付き合ってよろしくやっていた?吐き気がする。もう二度としないだ?ありえない、あんなことをしておいてどの口が言ってるんだ。しかも相手の男の気持ちも何も考えていないじゃないか。だめだ、もうだめだ。女なんて信じられない)
そうして、ユリスは女性という生き物そのものが嫌いになり、近寄るだけで吐き気や頭痛がするほどにまでなってしまう。もちろんすべての女性がそんな最低なことをするわけではないと頭ではわかっている。だが、どうしても拒否反応がでてしまうし、異性に対する欲は全くわかない体になっていた。
「女なんかごめんだ、もうずっと一人で構わないと思っていた。それなのに、あんたに出会ってからあんたと近くで話しても、触れても吐き気も頭痛もしない。不思議に思ってたら、いつの間にかあんたの姿を見たり触れたりすると体が反応するようになってた。……これが俺に起こってることとさっきの状態の理由」
ユリスの話を聞きながら、リリィはどことなく過去の自分を思い出し胸が痛くなる。
(ユリスさんも、大切に思っていた人に裏切られてたんだ……)
「ごめん、こんなことになって。俺も正直戸惑ってる。でもあんたがもう嫌だと思うなら、この部屋から出て行ってもらって構わない。あんたが俺の目の届かない場所にいるのはすごく心配だけど」
静かにため息をつきながら言うユリスを、リリィは神妙な面持ちで見つめた。
「……大体の話はわかりました。そんなに大事な話を私なんかに話してくださって、本当にありがとうございます。それで、一つ聞きたいのですが、どうして私だけは大丈夫なんでしょうか?何か心当たりになるようなことは?」
リリィの質問にユリスは真顔のまま窓の外を眺め、静かに話し始めた。
「多分、なんだけど。思い当たることがひとつあって。俺、あんたが二年前に男にフラれてるところをたまたま見かけちゃったんだよね」
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