第7話

「で?お前らどこまでいったの」


 エイルがユリスに聞く。そこは研究棟の屋上で普段滅多に人が踏み込まない場所だが、ユリスは念には念を重ねて防音魔法を施し誰にも会話が聞かれないようにしていた。


 ユリスとリリィがリハビリと称して付き合いはじめてからだいぶ経ったとある日。二人の過去について詳しいことまでは流石に話さないが、リリィに触れてもユリスの体調に変化が起きないこと、リリィと付き合い始めたことをユリスはエイルに話した。もちろん恋愛ごっこという名目は内緒だ。するとエイルは冒頭の質問をユリスにした。


「……キス未遂はした。まだ早いって止められたけど」

「ほ〜ん、キス未遂ね」


 エイルはにやにやとした顔でユリスを見ると、ユリスは真顔のまま少しだけ眉間に皺を寄せる。


「リリィが嫌がることはしたくない」

「でもお前、今まで女がからっきしダメだったのに急にこんなんなったんだから抑えが効かなくなったりしないのかよ」

「……正直、きつい。リリィが止めなければそのまま襲ってたかも」


 ユリスの言葉にエイルはヒュ〜と口笛を吹く。いや、口笛って古……とユリスは思ったが言わないでおいた。


「別にリリィちゃんだってお前に触れられて嫌な顔とかしないんだろ。だったらちょっと強引にでもキスしてみればいいじゃねぇか。案外そのまま最後までいけるかもしれないし」

「いや、だからリリィが嫌がることはしたくないんだって」

「嫌がってるわけじゃなくて心の準備ができてないだけだろ。案外そういう子はそのままずるずると先延ばしにして本人もどうしていいかわかんなくなったりするかもしれねぇぞ。だったらこっちからさりげなくエスコートしてやるのが筋なんじゃないか」


 みんながみんなそういうわけではないのだろうが、確かに、リリィのあの感じはずるずると先延ばしにしそうな勢いだ。エイルの言うことも一理あるなとユリスは思う。


「あと、あのことはちゃんと伝えたのか?」

「……いや、俺が言うことではないと思って」

「付き合う前だったらそうかもしれないけどよ、今はむしろお前から伝えるべきだろ。そうじゃないと後々知った時にあの子が勘違いして傷つくぞ」


 エイルの言葉にユリスはまた真顔のまま眉間に皺を寄せた。


「……そうだな」




◆◇◆


「リリィ、話があるから俺が風呂から上がるまで起きててくれる?」

「え、あ、はい……」


 エイルとユリスが屋上で話をしてから数日後、ユリスの部屋で風呂上がりのリリィにユリスがそう言うと、リリィは戸惑いながら返事をした。


(ユリスさん、いつものように真顔だけどなんかちょっと神妙な面持ちだったな)


 


「お待たせ」


 リリィが風呂上がりのユリスを待っていると、ユリスの声がした。気づいてユリスの方を向くと、風呂上がりだからだろうか、なんとなく独特の色気を感じてしまってリリィは言葉に詰まる。


(な、なんでだろう?ちょっと湿ってるから?いや風魔法で乾かしてるだろうし。でもなんでこんな色っぽいのこの人)


 いつもユリスの風呂上がりの頃にはリリィは自分の部屋に戻っているので、ユリスの風呂上がりを見るのは初めてだ。きっとそのせいだとリリィは自分に言い聞かせた。


「あ、の、それで話って?」

「ん、二つほどある」


 ユリスはリリィの隣に腰をかけながらそっとリリィを見つめる。その瞳には何か熱いものが秘められているようでリリィはどきりとする。


「リリィはまだキスできない?」

「はぃ?」


突然の質問にリリィは思わず変な声をあげてしまうが、ユリスは気にせずじっとリリィを見つめたままだ。


「あれからもう数週間経ってる。リリィの嫌がることはもちろんしたくない。けど、俺はそろそろ先に進みたい。だめ?」


(あーそんな顔で聞かないで!困る困る困る)


 リリィは困惑するが、ユリスは懇願するような顔でリリィを見つめたままだ。リリィは降参するように大きくため息をついた。


「嫌ではないんです。ただ、その」

「うん」

「先に進んだとして、後戻りできなくなったら困るんです。気持ちまで進んでしまったら後戻り出来なくなる。もう誰かのせいで傷つきたくないし、誰かのことを傷つけたくないんです」


 そう言って下を向くリリィの頬に、ユリスはそっと手を添えた。リリィはユリスの顔を見て戸惑う。


「前にも言ったけど、俺はそうなってくれて構わないし、むしろそうなって欲しいと思ってる。俺は多分もうあんたを本気で好きになってる。俺はもう戻ることはできないし、リリィにもそうなって欲しい」


 ユリスの言葉にリリィが両目を見開いて顔を赤らめると、ユリスは静かにリリィの唇に自分の唇を重ねる。今度こそリリィは拒否をしなかった。


 少しずつ少しずつ、優しくむようにユリスはリリィに口づけをした。何度も何度もそれを繰り返され、リリィはだんだん頭がぼうっとしてくる。


(キス、いつぶりだろ……元カレとは別れるだいぶ前からキスもしなくなってたし……)


 ユリスが唇を離すと、リリィはぼんやりした顔でユリスを見つめる。するとユリスは少しだけ目を細めてリリィを見つめ、またリリィに口づけをした。


 ユリスの口づけはどんどんエスカレートしてユリスの舌がリリィの口内に入り込む。そのままユリスの執拗なキスは続き、ユリスがまた唇を離した時にはリリィはすっかり蕩けてしまっていた。そんなリリィの顔を見て、ユリスの胸はさらに高まる。


(この顔やばい、止まれないかも)


 コツン、とユリスはリリィのおでこに自分のおでこをつけ、リリィに尋ねる。


「ね、キス以上のこともしていい?リリィが嫌ならやらない」


(ユリスさん、その質問はずるい……)


 リリィははっきりしない頭でぼんやりとそう思っていると、ユリスはリリィが返答できなくなっていることに気づいて苦笑する。


「答えがないのは同意とみなすよ」


 そう言ってユリスがまたリリィに口づけをし、そのままリリィの部屋着の中に手を伸ばそうとしたその時。ユリスの端末がけたたましい音を鳴らした。


「っ、誰だよ?」


 ユリスはリリィから離れて端末に触れ、端末の表示を見て顔を顰めた。


「はい」

「ユリス、すまない今大丈夫か」

「えっと、はい、大丈夫です」


 大丈夫ではなかったが、上司であるエデンからの連絡であれば仕方がない。


「実は先ほど第一部門のデータベースに不法アクセスがあったそうだ。どうやら不法アクセスした犯人はリリィの個人データを隅々まで調べていたらしい」


 エデンの話に、ユリスとリリィは目を合わせ眉を顰めた。


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