第8話

 エデン部門長から第一部門のデータベースへ不正アクセスがあったとユリスの元へ連絡がきた翌日。第一部門では会議が開かれていた。


「どうしてリリィちゃんのデータだけ執拗に検索されていたのかしら」


 ベリアが腕を組みうーんと考え込む。ベリアの発言にその場の全員が顔を顰めていた。


「前には部屋も荒らされていた。リリィ、何か心当たりは?」


 エデンにそう言われたリリィは、困ったように首を横に振る。


「総務課にいた頃、ストーカーにあったりとかは?」

「いえ、そのようなことは特にありませんでした。みなさんいい人ばかりでしたし……」


(リリィがいい人だと思っていても、いい人の仮面を被ってるだけのやつらなんてたくさんいるかもしれないけどな)


 ユリスは真剣な顔でリリィを見つめている。リリィが気づかないうちに誰かに勝手に一方的に思われている可能性ももちろんあるのだ。

 だが、以前第二部門のロベリオに言われたように自分たち以外に何かの目的でリリィ、もしくはリリィに関係する何かを狙っている何者かがいるとしたら。


「ユリス、あのことについてリリィに話はしたのか」


 エデンがユリスに尋ねると、ユリスは真顔のまま首を横に振った。


「すみません、昨日話すつもりでしたがまだ話せていません」

「そうか……」


 ユリスの返事にエデンが顎に手を添えて何かを考えているような素振りを見せる。


(そういえば、昨日言いたいことがあるって言ってたけどもうひとつはなんだったんだろう?第一部門に関係することなのかな?)


 ベリアやエイルも困ったような心配そうな顔でユリスとリリィの顔を見ており、リリィはなんとなく不安が胸の中に広がっていくのを感じる。


「ユリスとリリィは今日はもう早退して構わない。そのかわりユリスはリリィにきちんとあのことを説明してくれ」

「……わかりました」




 ユリスとリリィはエデンに言われた通りに帰路についている。寮までの道はさほど遠くないが、今のリリィにはなぜかとても遠く長く感じられた。


「あの、ユリスさん、エデンさんの言っていたことって、昨日ユリスさんが言おうとしていたことなんですか?」


 リリィがそう聞くと、ユリスはいつもの真顔でリリィの顔を見てから静かに頷いた。


「本当はリリィが第一部門に慣れた頃に部門長から話をする予定だった。でもリリィの部屋が荒らされて俺たちもこういう風になって、部門長は俺から伝えた方がいいだろうって判断した」


 ユリスは立ち止まり、リリィの瞳を真剣に見つめている。


「実は……」

「リリィちゃん」


 ついにユリスが話始めようと口を開いたとき、突然背後からリリィを呼ぶ声が聞こえた。


 驚いたユリスとリリィは声のする方を向く。するとそこには一人の見知らぬ男が笑顔で立っていた。


 緩くウェーブのかかった金色の髪に若草色の瞳をしたイケメンだ。リリィよりも少しだけ年下だろうか。白いローブを羽織りその胸元には何かの紋章が付いていた。


(誰だ?あの紋章、どこかで見たことが)


 ユリスがそう考えていると、その男はユリスを見て明らかに嫌そうな顔をする。だがリリィを見てすぐに笑顔になった。


「リリィちゃん、久しぶり」


 リリィは男にそう言われたが誰なのかさっぱり検討がつかない。


(えっと、どこかで会ったことあったかな?あるならこんなイケメン忘れるはずないんだけど)


「すみません、どちら様でしょうか?」

「忘れちゃったの?僕のこと。悲しいな、僕はリリィちゃんのこと一度も忘れたことなかったのに」


 男は心底悲しそうな顔をするが、リリィにはやはり誰なのかさっぱりわからない。リリィが首をかしげて困った顔をしていると、ユリスが男を睨みながら口を開いた。


「あんたがリリィの部屋を荒らしたりデータベースに不法アクセスした人間か?」


 ユリスの質問にその男は冷めた視線を送りながら返事にならない返事をした。


「ねぇリリィちゃん。僕と離れている間にそんな男がリリィちゃんの横にいるのおかしくない?リリィちゃんの横には僕がいるはずなのに」


 男の言葉にリリィはゾッとする。何を言われているのかもわからないしそもそも誰なのかもわからない。


「本当にわからないんだね、それじゃヒントをあげる。これ、なーんだ」


 その男が手に持っているものをリリィたちに見えるようにすると、リリィはそれを見てすぐに何かに気がついた。


「それは……私が小さい頃にいた施設のバッジ……その髪色と瞳……まさか、あなたレインくん?レインくんなの?」

「せいかーい!やっと思い出してくれたんだね!よかった」


 リリィにレインと呼ばれたその男は心底嬉しくてたまらないという笑顔になった。


「知り合い?」


 ユリスがリリィに聞くと、リリィは少し困ったような顔をした。


「知り合い、と言いますか、育った施設で一緒だった男の子なんです。二つ年下で弟のように面倒をみていました。仲がよくていつもみんな一緒に過ごしていて。でもこうして会うのは私が施設を出て以来ですけど……」


「へぇ……」


 ユリスはレインを少し睨みつけて警戒する。リリィにしてみれば施設を出て以来の再会なのに、相手はさもずっとリリィを見ていたかのような口ぶりだ。


(多分、こいつが部屋を荒らした犯人だな、データベースに侵入したのも)


「リリィちゃん、ずっとこうして話をしたかったんだ。探すのに苦労したよ。って言ってもリリィちゃん自体じゃないけど。リリィちゃんのことはいつも見てたし」


 レインの言葉にまたリリィはゾッとする。いつも見ていた?それは一体どういうことだろう。


「一体何が目的だ」

「僕は今リリィちゃんと話しているんだ、あんたは関係ない、邪魔しないでくれる?リリィちゃん、僕たちは赤い雫を探しているんだ。どこにあるの?リリィちゃんの部屋を探しても見つからないし、第一部門でもう回収したのかと思ったけどそうじゃないみたいだし。君の魔力検査もまだちゃんと行っていないみたいだね」


 リリィはレインに何を言われているのかさっぱりわからない。


(赤い雫?それに魔力検査って何のこと?)


 戸惑うリリィにレインは怪しげに微笑んでユリスを見る。


「あぁ、研究課はリリィちゃんにまだ何も教えてあげていないんだ?かわいそうに」

「レインくん、さっきから一体何を言っているの?」


 レインはリリィの顔を見てにっこりと笑った。


「知りたい?大人しく僕と一緒に来てくれれば全部話してあげるよ。もちろん赤い雫も一緒に持ってきてね」


(赤い雫って何?一体何のことを言われているのか……)


 リリィはそう思ってふと何かに気づき、両目を見開いて両鎖骨の真ん中辺りに手を置き握りしめる。それを見てレインは嬉しそうに笑った。


「リリィちゃん、持ってるんだね?」

「お前、さっきから一体何を言ってる!」


 ユリスが険しい顔でそう言いいながらリリィを庇おうとしたその時。レインの顔がユリスの目の前にあった。


「さっきからお前は邪魔なんだよ」


 その一言が聞こえた瞬間、ユリスの目の前に爆発が起きた。ユリスは爆風と共に吹き飛ばされ、そのまま近くにあった壁に激突する。


「ゲホッゴホッ」


 砂埃が風にまい、ユリスが咳き込みながらゆっくりと立ち上がって周りを見渡すと、そこにはリリィの姿もレインの姿も見当たらなかった。



「リリィ……リリィー!」


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