第15話
すっかり日がのぼり昼近くになっていたが、リリィとユリスは近くのカフェで遅めの朝食を食べていた。
「ここのランチはヘルシーなのにボリュームもあってしかも美味しいんですよ。研究課に移動になるって決まってからすぐリサーチして一度だけ食べに来たんです」
「確かに、美味しそうなものばかりだな」
リリィが嬉しそうに言うとユリスはしげしげとメニューを見つめて感心していた。
「移動してきてからバタバタして来れなかったですけど、こうしてユリスさんと一緒に来れて嬉しいです」
ニコニコと嬉しそうに笑うリリィをユリスは静かに微笑みながら見つめていたが、ふと後ろの席から聞こえてきた会話に耳をすませる。
「そういえば国の認定を受けてた魔法研究機関、突然閉鎖になったってニュースでやってたわね」
「よくわかんないけど不正かなんかあったんだろ?職員全員捕まったらしい」
「何それこわぁい」
赤い雫の事件の後、魔法省は速やかに対応し研究機関そのものが閉鎖されたことになっている。もちろん魔法省の中枢を担う人間が関与していたことも、赤い雫のことも世間には一切好評していない。
話し声を聞いてリリィが神妙な顔をする。そんなリリィにユリスは小声で話しかけた。
「気にすることない。俺たちはやるべきことをやっただけだから」
「そう……ですね」
「お待たせしました~」
苦笑いするリリィの前にランチプレートが運ばれる。
「さぁ、冷めないうちに食べよう。食べ終わったらまだ行きたいところもあるし」
ユリスはそう言ってリリィに笑顔を向ける。リリィも微笑みながら頷き、ランチプレートに舌鼓を打った。
ランチを食べ終わった後、二人はショッピングモールを歩き回りそのまま近くの公園のベンチで少し休んでいた。
「なんだか久々に太陽の下を歩き回った気がするな」
「普段研究棟にこもりっぱなしですもんね」
クスクスと楽しそうに笑うリリィの手をユリスがゆっくり握ると、リリィは少し驚いてユリスの顔を見つめた。
「誰かとこんな風に楽しく歩いたりご飯を食べたりするなんてもう二度とないと思ってた。リリィのおかげだ」
リリィの手の甲に軽くキスをしてユリスは口の端を上げた。
(ユリスさんてば結構ナチュラルにキザというかロマンチックというか……嬉しいけど)
リリィは突然のことにほんのり頬を赤らめてしまう。
「私も、もう誰かのことを信じたり一緒に過ごしたりすることなんてできないと思っていました。ユリスさんと出会えたおかげです」
少しはにかみながら言うリリィの周りに風が静かに吹いてリリィの髪の毛がふわりと靡く。木々が揺れて光が木々の間から漏れリリィを優しく照らしていた。
(キレイだな……)
ユリスはそう思っていつの間にかリリィに口づけていた。唇を離すとリリィが驚いた顔でユリスを見つめている。
「あ、ごめん。なんかリリィがキレイでつい」
「こ、ここは公園で人が周りにいるんですよ……!」
リリィが慌てて周りをキョロキョロと見渡すが、運良くリリィたちの周りには人はいなかった。
「ごめんてば。もうなるべく人前ではしないから」
(な、なるべくって!?)
ユリスの返事に納得がいかないリリィだが、ユリスは気にしない様子でリリィの手を取り立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか。人前じゃなきゃいいんでしょ?」
ちょっと意地悪そうな顔で言うユリスに、リリィがもう~!と声をあげた。
◇◆◇◆
「ユリスとリリィには来週から出張に出てもらう。東の大森林で魔物討伐に出ている魔法騎士団から応援要請が来た」
部門長のエデンからそう告げられたリリィとユリスは一瞬目を合わせてからエデンを見る。
「リリィはまだ出張したことがなかっただろう。今回の討伐は難しいものではないが人手不足のようだ。ユリス、リリィに現地で色々と教えてやってくれ」
「わかりました」
ユリスがそう言ってリリィを見ると、リリィは神妙な面持ちで床を見つめていた。
エデンから出張命令を受けた後、リリィとユリスは昼休みに屋上でお弁当を食べていた。
「リリィ、さっきからなんか静かだけどどうかした?」
ユリスの言葉にリリィは箸を止め口を開き何かを言おうとするが、すぐに首を横にふってお弁当へ箸を伸ばした。
「もしかして、魔法騎士団からの要請だから出張先に元カレがいるかもしれないと思ってる?」
ユリスの言葉にリリィの箸がぴたりと止まった。
(やっぱりか)
リリィが研究課へ移動する二年前、リリィにひどい言葉を浴びせ一方的に婚約破棄をした男は魔法騎士団の一人だ。もしかすると今回の出張で一緒になるかもしれない。そう思うとリリィの心の中に黒い靄のようなものがどんどん広がっていく。
「リリィが気に病むことなんてない。もしかしたらいないかもしれないんだし、いたとしても俺がついてるから大丈夫」
ユリスがリリィの顔を覗きこみじっと瞳を見つめる。その瞳には優しさと強さが見えてリリィは思わずドキリとする。
「どんなことがあってもリリィのことは俺が守る。どんな時だって何があったって俺は絶対にリリィの側にいるし味方だから」
そう言って優しく頬笑むユリスの顔を見つめながら、いつの間にかリリィは両目から涙をはらはらと流していた。
「ご、めんなさ、い」
リリィは手で目元をこすりながら笑顔を作るが、涙はいっこうに止まらない。ずいぶん昔の話だ、未練など全くないし今はユリスがいて幸せな日々を送っている。だけどもしあの男に会ってまたひどいことを言われたとしたら。それはリリィにとって大きな不安になっていたが、ユリスという支えがいることで緊張の糸が途切れたのだろう。そんなリリィをユリスは優しく静かに抱き寄せた。
「いいよ、強いリリィも弱いリリィもどんなリリィも大好きだから。どんなときでも俺がいるから安心して」
ユリスの暖かさと優しさにリリィはほうっと息をもらして頬笑む。どんなことがあっても、この人と一緒ならば大丈夫なのだと思える存在。リリィにとってユリスは大きくて大切で愛する存在になっていた。
ユリスに抱き締められたままリリィはぼんやりと空を見つめる。そして静かに呟いた。
「大好きです」
「……俺も」
リリィの言葉を聞いてユリスは嬉しそうにそう返事をした。
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