第12話

 ハイルは薄ら笑いを浮かべながら静かに話し始めた。


「この研究機関は私が立ち上げた研究機関だ。ハイルではなく別の名前でね」

「一体何の目的でそんなことをしているのですか。それに名前だけ変えてもすぐにバレるでしょう。あなたは国の魔法を取りまとめる中枢の上に立つ人間です」


 ハイルにエデンが質問すると、ハイルは優しく微笑みこう言った。


「この姿であればもちろんすぐにバレてしまうだろう、国王にも怒られてしまうだろうね。だが、この姿であればわかるまい?」


 そう言うハイルの姿が揺らめき、そこにはハイルの姿ではなく白いローブを羽織った白髪に長いひげを生やした老人が立っていた。それを見てリリィは驚くがユリスたちは顔を顰めたままだ。


「どちらが本当の私だろうね、どちらも本当の私だ。ははは、面白いだろう?この研究機関は魔法省ができるずっと前に設立された。魔法省の前衛とも言える機関だと言ってもいい。そして私はその設立者だ。この国には魔力を膨大に蓄積した魔石が多数存在する。それを見つけ出し研究する、ここは元々そのための機関なのだよ。そしてその魔石を見つけ魔力を獲得することで私は今までこうして生きながらえてきた」


 白髪に長い髭の老人姿のハイルはまた姿を揺らめかせ、五十代くらいのスーツ姿の男に戻りリリィを見据える。


「君の両親も魔石を見つけ、研究していた。赤い雫と命名してね。だが、なぜか私の本来の目的に気づいてしまった。国のための研究ではなく、私の延命のための研究だと知ったら魔石も研究内容も渡すことを拒んでね。仕方ないから消すしかなかったのだよ。消すための理由づけならどうとでもなる。消すのは簡単だった、だが肝心の赤い雫が見当たらない。探すのに苦労したよ。娘の君に渡している可能性も考えて監視していたが、魔力がさっぱり探知できない。まさか魔力の発動制限がされているとはね」


 ハイルの周囲にパチパチ……と魔力が集まり火花が飛び散る。


「君には赤い雫についてゆっくり話を聞こう。だが、その前に邪魔者は排除しなければいけない」


 そう言った瞬間、ハイルの目の前に大きな光の渦が現れ、ユリスたちへ放射された。ドンッと大きな音が鳴り、その場一体が吹き飛ぶ。


「ほおう、さすがは特級魔法士と言ったところか」


 ハイルが目を細め見つめる先には、防御魔法に囲まれたユリスとリリィ、エデンにロベリオがいた。エデンが宙に浮き手をかざすとハイルに大きな落雷が起きる。さらにロベリオが片手を振ると宙に大きな氷の刃が出現し両側からハイルのいる場所に突き刺さる。だがハイルは防御魔法でそれらを防ぎ、また光線を放つ。


 ユリスが両手をハイルに向けると地面から土でできた竜が出現しハイルを食らう。だがハイルは土の竜を内側から破壊し脱出した。すかさずユリスがハイルの頭上から光の球を直撃させるがそれもまたハイルは防御した。

 そんな魔法の攻防戦が途切れることなく続けられていく。


(な、に……この光景……このままじゃ、消費戦になってしまう)


 目の前に繰り広げられる魔法の攻撃にリリィは唖然とするしかない。だが、どちらも相手に傷をつけることはできず拮抗している。このままこの状態が続けば魔力を消費し先に尽きた方が負けるだろう。そして恐らく、魔石の魔力を獲得して生きながらえてきたハイルの魔力は尋常を超えている。


  何時間戦っていただろうか。ピシッ!と音がして、ついにユリスの防御魔法に亀裂が入り始める。さらにエデンやロベリオの防御魔法にも亀裂が入り始めていた。


(このままじゃ……ユリスさんたちが危ない!)


 リリィはハイルが片手に握りしめたままの赤い雫を見つめ、静かに深呼吸した。震える両手を握り締め、リリィは両目を閉じ意識を集中させる。


(お母さん、お父さん、どうか私に勇気をください。みんなを助けたいの)


「我、その尊き貴石に命ず。その力を消滅させその時を永遠に止めたまえ」


 一語一句間違えないよう、リリィは全身全霊を込めて詠唱する。


魔石破壊ルディべアウプストラ


 リリィが詠唱した瞬間、赤い雫が真っ赤に輝く。その輝きにハイルは目を見開き喜びに満ちた表情をした。


「おお!まさか魔力が発動したか!」


 だが次の瞬間、赤い雫に亀裂が入り、パキィンと音がして粉々に砕け散った。その光景に、その場の一同が目を奪われ沈黙する。


「……な、なぜ、なぜだ!?赤い雫が、赤い雫が!……ガッ!?」


 突然、ハイルの体がシワシワになって収縮していく。まるでどんどん乾涸ひからびていくような、ミイラにでもなるようなそんな状態だ。


「き、さま……いっ、た、い……な、にを……」


 窪みきった両目でリリィを見たハイルは、そのまま真っ逆さまに地面に落ち、そのまま粉々に砕け散った。



「……終わったようだな」


 エデンが息を切らしながらつぶやく。ロベリオもユリスも同様に消耗した顔をして目を合わせうなづいた。そしてユリスはリリィの方を向いて慌てて走り出した。


「っ!リリィ!」


 緊張の糸が切れたのだろうか、気を失ってその場に倒れ込むリリィをギリギリでキャッチし抱き止める。

 

「リリィ!しっかりしろリリィ!」


(名前を、呼ばれてる……?その声は、ユリス、さん……?)


 ユリスの声を聞きながらリリィの意識は遠のいていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る