第11話

エデンを先頭に怪しい気配のする方へ歩いていく。長い渡り廊下を歩き、たどり着いた先には大きな大きな扉がある。ゆっくりとその大きな扉を開き中に入ると、そこは大きな大きな何もない部屋だった。


「たどり着くのが早かったね」


 声のする方へ視線を向けると、ローブを羽織らずスーツのままの50代くらいの一人の男が立っている。ユリスたちは警戒するが、その男を見たエデンが驚いたように名前を呟いた。


「ハイル長官……!なぜあなたがここに」

「エデンさん、誰ですかこの人」

「……魔法省のお偉いさんだよ。本当になぜこんなところにいるのか不思議だけどね」


 エデンの言う名前にエイルが不思議そうに聞き、ロベリオがそれに対して答えた。魔法省の中でもエリート中のエリート、しかも魔法省の中枢を担う人物が、なぜこんなところにいるのだろうか。


「やあ、リリィ・ハルベルト君。君にこの赤い雫について聞きたいことがあるんだ」


 ハイルはリリィを見ながら手元をかざした。そこにはリリィが奪われたネックレスが握られている。


「なぜそれを長官が……?」


 その場の一同が不思議そうにハイルを見つめると、ハイルは不敵に微笑んだ。


「私はリリィ・ハルベルトに聞いているんだ、君たちに発言権を与えたつもりはない」


 そうハイルが言った瞬間、リリィ以外の全員が突然何かに押しつぶされたようになりその場に崩れ落ちた。


「ぐっ」


 立ちあがろうとするが誰も身動きが取れない。エデンやユリス、ロベリオはかろうじて意識があるが、エイルとベリアは気を失っていた。困惑するリリィに、ハイルが話しかける。


「邪魔が入ったね。さて、赤い雫について尋ねよう。これの力を発動させるにはどうしたらいい?これを預かった時にご両親から聞いているんだろう」

「なぜ、両親からもらったと……?両親を知っているんですか?」


 リリィの質問にハイルは口の端をあげ静かに答えた。


「あぁ、知っている。君たちのご両親はとても良い研究者だったよ。この赤い雫の発見も君のご両親だ。世紀の発見だったんだがね、君のご両親はこれを独り占めしようとした。私のためにこれはあるのに、頑なに渡そうとはしなくてね。実に残念だったよ。惜しい人材を亡くした」

「ま、さか……あなたが両親を……?」


 リリィの両親は謎の不審死を遂げている。ハイルの話を聞いてリリィは確信した。両親を殺したのはこの男だ。


「さぁ、何のことだろうね?聞き分けのない必要のない人間は処分するようにと部下に指示したまでだよ」

「き、さま……」


 ハイルの話を聞き、床に倒れたままのユリスが怒りに満ちた表情でハイルを睨む。


「ほう、この状況でまだ意識があるか」

「グアッ」

「ユリスさん!」


 ハイルの一言でユリスの体をさらに何かが押しつぶしていく。苦しげにうめくユリスの名をリリィが叫んだ。


「さて、リリィ君。君の選択肢は一つしかない。ここにいる全員を助けたいのであれば赤い雫の魔力を発動させる方法を教えたまえ。それができなければここにいる人間は全員死ぬ。君のご両親のように不審死という形でね」

「そ、んな……私は、何も知らな……っ!痛い!」


 リリィが突然頭を抱えてうめき出した。リリィの両目は大きく開かれ、その場に膝をつく。そしてリリィの脳内には両親と共にいた頃の記憶が一気に駆け巡っていた。


「……!」


 急に顔をあげたリリィはハイルの顔を見て睨んだ。


「あなた、私の両親を、騙したのね……!」

「ほおう、なぜそう思うのだ」

「あなたは両親に赤い雫を探させ、研究させた。魔力を膨大に溜め込むその石を国の発展のために役立てたいと。でも実際はあなたが自分自身のために赤い雫を欲していただけだったのね。それに気づいた両親は赤い雫を渡すことを拒んだ。それを許さないあなたは、私の両親を……!」


 リリィの周りに魔力が浮かび上がる。


「ははは、君自身の魔力は大したことがない。私に対抗できるとでも思っているのかね」

竜巻風刃ウィンドクラッシャー!」


 リリィの詠唱でハイルの周りに竜巻状の風の刃が巻き起こる。だがハイルは手を一振りかざしただけで風の攻撃は消滅した。そしてハイルは冷ややかな瞳でリリィを見つめる。


「っ!」


 リリィは一瞬で皮膚を切り刻まれていた。リリィの腕や足、さまざまな場所から血がボタボタと床に流れ落ちる。


「リ、リィ……!」

「お前のような小娘ごときが私に楯突くことができるわけがなかろう。赤い雫のことを聞かなければいけないからな、殺しはしない。ここで何も吐かないというのであれば私の屋敷に連れ帰ってどんな手を使ってでも吐かせてやる」


 ハイルの言葉が引き金になったかのようにリリィの血だらけの体が拘束魔法で拘束され、浮かび上がる。そのままリリィがハイルの元へ運ばれそうになったその時。


「させるか!」


 ハイルの目の前に爆発が起き、リリィの浮遊が止まる。だがそのままリリィは落下していった。


(床に、落ちる……!)


 両目を瞑ったリリィは、地面にぶつかることなく何かに抱えられた感覚で目を開けた。そこには、リリィの体を抱えるユリスの姿があった。


「ユリスさん!」

「ごめん、手こずった。リリィ、こんなに傷ついて……」


 リリィの体の傷と血を見てユリスは悲痛な表情をし、治癒魔法をかける。


「ふん、私の魔法を打ちやぶったとはなかなかだな」

「俺たちのことも忘れてもらっちゃ困りますよ、長官殿」


 爆発を回避したハイルが苦々しく言う視線の先にはユリス同様魔法を解除し立ち上がっているロベリオと、気絶しているエイルとベリアを壁に寄りかからせて座らせているエデンがいた。


「貴様ら、上級魔法が使えると聞いていたがまさか特級魔法士か……!」

「手の内は完全には明かさないのが基本です。……それよりも、なぜあなたがここにいてこんなことをしているのかお聞きしたいのですが。先ほどのリリィの話も含め」


 エデンが険しい顔でハイルに尋ねる。エデンもロベリオも既に臨戦体制だ。ユリスはリリィをゆっくりと床に下ろし、自分の背に隠した。


「ふ、ふははは。面白い。特級魔法士が三人か。どうせならお前たちの魔力ももらうとしようじゃないか。おっと、その前になぜ私がここにいるか、だったね。冥土の土産に聞かせてあげよう」


 ハイルは気味の悪い笑顔を浮かべながら話し始めた。



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