第26話
「やっと二人きりになれましたわね、ユリスお兄さま」
ベラが嬉しそうににっこりと微笑む。
ユリスと二人きりで話をさせてもらえればもう二度とユリスには近寄らない、そう言われユリスとリリィはベラの提案を受け入れた。ベラの考えそうなことは大体予想がつく。それを踏まえた上でユリスは大丈夫だからとリリィに言い、リリィもユリスを信じて二人きりにさせたのだった。
「それで、君は一体何がしたいんだ。どうせ何か企んでるんだろう」
「あら、ひどいわお兄さまったら……って、そんな愁傷なことを言ってもお兄さまには通用しないんでしたわよね」
テーブルの上に置かれた掌に収まるほどの小瓶をベラは持って怪しげに微笑んだ。その小瓶はガラスに金色の細かい装飾が施され、中には赤紫色の美しい液体が入っている。
「お兄さまにはこれを飲んでいただきたいの」
「それは?」
「これは、媚薬です。最上級の媚薬なので一滴飲んだだけでも十分効果はあるそうですが、特級魔法士で媚薬耐性のあるお兄さまには全部飲み干していただきます」
ベラの言葉にユリスは信じられないものを見るような目でベラを見つめるが、ベラは気にせず嬉しそうに話を続ける。
「これを飲んでもユリスお兄さまが私に指一本手を触れなければユリスお兄さまの勝ちです。私は今後二度とユリスお兄さまに近づきません。お兄さまは特級魔法士ですもの、少し我慢すればいいだけの話、簡単でしょ?でも」
そう言ってベラはテーブルに置かれたもう一つの小瓶を反対側の手に取る。その小瓶は先ほどの小瓶と同じ様形のガラス製で銀色の細かい装飾が施され、中には青紫色の美しい液体が入っていた。
「お兄さまがその媚薬を飲んでから私に指一本でも触れれば、すぐに私はこの薬を飲みます。これは確実に妊娠を誘発する魔法薬です」
「は!?どこでそんな危ないものを……!」
「入手ルートは秘密です。たった一回のチャンスを逃すわけにはいきませんもの。お兄さまの子供をもうけてしまえばあの恋人だって諦めるしかないでしょう?それとも、お兄さまは子供を孕んだ私とその子供を見捨ててあの恋人の元へ行くような外道なのかしら」
「外道は君だろう!それにそんな一般的には流通しないような薬、飲んだら君の体に何が起こるかわからないんだぞ!」
「あら、こんな時でも私の体のことまで気遣ってくださるなんてやっぱりお兄さまは優しいわ。でも大丈夫。ちゃんと上級魔法が使える人間が私のためだけに調合してくれたんですもの」
(俺はベラを甘く見過ぎていたのか?こんな無茶なことするなんてありえない、確かに小さい頃から欲しいものは絶対手に入れようとするしそのためには手段を選ばなかったが、ここまでのことをするような子ではなかったのに。それに上級魔法が使える人間が後ろにいるっていうのは一体……)
ベラを睨みながらユリスは考える。だが、そんなユリスにはお構いなしにベラは微笑みながら話し続けた。
「そんなに怒らないでお兄さま。お兄さまが媚薬を飲んでも私に指一本触れなければそれでおしまいなのよ。そんなのお兄さまなら簡単でしょ?」
そう言ってユリスの前に赤紫色の液体が入った小瓶を差し出した。
「さ、飲んで?」
ユリスとベラが二人きりになる、それはリリィにとっては不安でしかなかった。それでも、ユリスの大丈夫だという言葉を信じてリリィは二人を残して部屋を出て、別の応接室で待機していた。
(ユリスさん、大丈夫かな。でもこれでもう二度とベラさんがユリスさんに近寄ることがないんだったら……)
この話を断ればベラはいつまでもどこまでもユリスとリリィに付き纏うだろう。もしもユリスとリリィが結婚することになったとしてもそれを邪魔してくるかもしれない。ユリスはどんなことがあってもリリィのそばにいて守ると言ってくれたが、あのベラであればどんな嫌がらせをしてどんな邪魔をしてくるかわからない。
そんなことを考えながら、そもそも自分とユリスが結婚するなんてことはあるんだろうかとリリィはふと思う。今まで知らなかったが今回の騒動でユリスは公爵家の次男だとわかった。反対にリリィは施設出身で家族はいない。
時代と共に身分で差別するようなことは少なくなってはいるが、それでも全く無くなったわけではないのだ。格式高い家柄であれば、本人がどうであれ家が身分差を許さないだろう。もしもユリスの家がそうであった場合、結婚するしないにかかわらず自分はユリスとは不釣り合いと
何より、ユリスのような才能もあり家柄にも恵まれた人間が自分のような人間と一緒にいていいのだろうか?
考えれば考えるほど不安だけが押し寄せてくる。心の中に黒い靄の様なものがどんどん現れそれが覆い尽くしていくようでリリィは思わず頭をブンブンと振った。
(だめ、今は余計なことを考えない!ユリスさんが無事に戻ってきてくれることだけを考えないと)
パチン!と両手で自分の両頬を軽く叩いてリリィはしっかりと前を向く。その時、コンコンとドアがノックされる音がした。
「失礼します」
その声を聞いた瞬間、リリィの背筋が凍り全身が痺れたようになった。もう二度と聞きたく無い、そして聞くはずのなかった恐ろしい声。ゆっくりと開かれるドアを驚愕の眼差しでリリィは見つめる。
部屋には入ってきたのは、顔の片側がマスクで覆われたレインその人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます