第34話

 レインがユリスに敗北し、捕まってから一ヶ月が経った。


 レインが倒された後、周辺にいた魔石を宿した魔物は特級魔法士であるエデンとロベリオ、応援に駆けつけた魔法騎士団内でも数少ない特級魔法士の部隊によって蹂躙された。


 レインは再度監獄送りとなり、リリィが監禁されていた元施設内はくまなく調べられたが、レインが保持していたであろう魔石はどこにも見当たらない。


 調べに対してレインは、手持ちの魔石は監獄から脱出するために使用したこと、ユリスとの戦いで最後のひとつを使い果たしたこと、各地の魔石はほぼ探索が終わり恐らくはもうどこにもないであろうと言っていたそうだ。



「本当に魔石はもうないんでしょうか」


 研究科の第一研究室内で、ベリアがふとつぶやくと、エデンは腕を組んで目を伏せた。


「今はレインの言うことを信じるしかないだろうな。偽装探知の魔法でも引っかからなかったそうだ、嘘は言っていないはずだ。……そういえば、リリィたちはあの後会いに行ったのだろう。どうだった」


 エデンがそう言ってリリィとユリスを見ると、リリィは少し寂しげに微笑んだ。


「すっかり大人しくなってました。きっともう大丈夫なんだと思います」



◇◆


 レインが捕まってから二週間後、監獄に収容されたレインとの面会にリリィとユリスは訪れていた。


「レインくん」

「リリィちゃん………」


 少しやつれた顔をしているが、それでも相変わらずレインは美しい。リリィを見るとレインは目をそらしたが、そらした先にいたユリスと目が合い、気まずそうな顔をする。そして意を決したように深呼吸すると、口を開いた。


「……リリィちゃん、あの時、こいつに言われたことを完全には否定できなかった。でも、これだけはわかってほしいんだ。僕はリリィちゃんのことが大好きだった。いつの間にか形が変わって歪んでしまったけど、でも、本当に大好きだったんだよ」


 今度はまっすぐにリリィを見つめるレイン。リリィもレインを見つめ、ふわっと優しく微笑んだ。


「うん、わかってる。レインくんのしたことは絶対に許されることじゃない。けど、伝えたいことはちゃんとわかったし、伝わったから」


 リリィにそう言われ、レインはホッとしたように表情を崩す。そしてユリスを見て格子越しに深々と頭を下げた。


「僕じゃリリィちゃんを幸せにできない。僕が君にこんなこと言う権利がないのはわかってる。でも、どうかリリィちゃんを幸せにしてあげてほしい」


 頭を下げたままそう言うレインの声は心なしか震えている。そんなレインに対して、ユリスははっきりと言った。


「お前に言われなくなって俺はリリィを絶対に幸せにする。だから心配しなくていいよ」


 ユリスの言葉を聞いたレインの肩は震え、頭を下げたままのレインから水滴が地面にポタリ、ポタリと落ちていた。



◆◇


「ようやく二人きりでゆっくりできる」


 全てが解決し、ユリスとリリィには今回の件もあって一週間の休暇が与えられた。以前は三日の休暇のはずだったが、さらに延びたことで二人とものんびりと日々を過ごそうとしていた。


 今は部屋でユリスがリリィの背後から抱きついた状態になっている。


「どこかに行きたいなとも思いましたけど、とりあえずはちょっとゆっくりしたいですよね」

「そうだね。こうしてリリィが無事でいてくれることだし、リリィ不足をちゃんと補いたい」


 ユリスはぎゅーっとリリィを後ろから抱きしめ、顔をリリィの肩に埋める。

 何しろ、事件が解決してからも事情聴取を受けたり、現場検証に立ちあったり、研究科として魔法省へ提出するための報告書を作成したりとお互いに忙しい日々を過ごしていたのだ。


「ユリスさんたちのおかげです。本当にありがとうございました」


 リリィがそう言うと、ユリスは肩に顔を埋めたまま、ん、と呟いた。


「ユリスさんも無事でよかったです。私のせいでもしもユリスさんの身に何かあったらと思うと苦しくて……」


 紅い雫の件も、レインによる誘拐事件も、どちらもリリィが関係している。リリィにしてみれば自分のせいで皆を巻き込んでしまったという思いが強い。

 しかも最愛のユリスを危険に晒してしまったのだ。


 リリィの肩に顔を埋めていたユリスは顔を上げ、リリィを自分の方へ向かせた。そしてリリィの両頬を優しく掌で包み込む。


「ねえ、今回のこと、もしかして自分のせいって思ってない?自分がいなければ、って思ってたりしない?」


 じっとユリスに見つめられながらそう言われ、リリィはウッと息を詰まらせる。どうしてユリスは思っていることがわかってしまうのだろうか。


「いい?紅い雫を持っていたのはリリィだし、レインに狙われたのもリリィだけど、だからといって全てがリリィのせいじゃない。リリィのせいなわけないだろ」


 少しだけ手に力を入れて、むぎゅ、とリリィの頬を優しく潰す。リリィは困った顔でユリスを見つめた。


「自分ではどうしようもないことは仕方ない。でも自分でどうにかできることは精一杯やってきた。みんな自分で考えて自分で行動したんだ。だから、誰もリリィのせいだなんて思ってない」


 ユリスは手の力を緩めて優しくリリィの両頬を撫でた。


「俺はこうしてまたリリィに触れれることが嬉しい。リリィが攫われたときは本当にどうしようかと思った……リリィが無事なことが嬉しいんだ。こうしてリリィがそばにいて、俺の目の前で笑ってくれることが俺にとっての幸せだから」


 そういって優しく笑うユリスを見て、リリィは胸が苦しくなる。だがその苦しさは辛い苦しさではなく、愛おしさが溢れてとまらない幸せな苦しさだ。


「……私、こんなに幸せでいいんでしょうか」


 困ったように言うリリィに、ユリスは笑って言った。


「いいんだよ。俺も幸せすぎてどうしようって思うけど、これからもっともっと二人で幸せになるんだから」


 ユリスの言葉に、リリィは幸せそうにふわっと笑った。


「そうですね、二人でもっともっと幸せになりましょう」


 その返事を聞いて、ユリスは満足げに微笑み、リリィへ顔を近づけてそっとキスをした。





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これにて完結です!最後までお読みいただきありがとうございました。

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