第33話

 ユリスとレインが戦っている場所では、轟音と共にいくつもの光線や炎、氷などが次々に現れては消えを繰り返していた。

 お互いに魔法を打ち合い、相殺する。それを何度も何度も繰り返しているがどちらも無傷で戦況は一向に変わらない。


(魔石を取り込んでいるレインの魔力は俺とほぼ互角。これじゃただ魔力の消耗をし合うだけで持久戦だ。どちらが先に魔力切れを起こしてもおかしくはない、だけどその前に決着をつけたい)


 魔力を打ち込みながらユリスは考えている。だが、そんなユリスの様子をレインはつまらなそうに見ながら言った。


「考え事なんて余裕だね。そんな暇を与えている僕が悪いのかな」


 レインがそういうとユリスの周りに氷の刃が現れユリスへ次々に襲い掛かる。そのスピードはあまりにも速く、ユリスは防御に徹するしかないかと思われたが、ほんの一瞬の隙を見てユリスもレインへ攻撃を仕掛ける。

 

 二人の攻防戦によって周囲の地面はえぐられ、囲んでいたはずの岩壁は一部を残してほとんどが無くなっていた。そんな地面に突如魔法陣が現れ、魔法陣から次々と研究課の面々が姿を見せる。


「ユリスさん!レイン君!」

「リリィ!どうしてここに!」

「すまない、どうしても一緒に来ると言い張るもので」


 驚きながら少し怒っているユリスに、エデンが申し訳なさそうに言うと、リリィも少ししょんぼりとしながらもすぐに顔を上げてレインを見つめた。


「レイン君!もうやめて!こんなことしても何にもならない!」


 リリィの呼びかけに、レインは冷めた瞳でリリィを見つめ口の端をほんの少しあげる。


「何にもならないことはわかってるよ、わかった上でやってるんだから邪魔しないでくれる?」


 そう言った瞬間、リリィの目の前に爆発が起こった。


「リリィ!」


 ユリスが叫ぶと、リリィの周辺の砂埃が風に流され、防御魔法によって無傷のリリィの姿が現れた。


「大丈夫だ、リリィのことは俺たちが全力で守り抜く」


 エデンがそう言うと、近くにいたロベリオたちも力強く頷く。


「邪魔くさいな。みんな消えればいい」


 そう言ってレインがリリィたちへ手を向けて魔法を打ち込もうとした瞬間。ヒュンッと音がして、レインの体は吹っ飛ばされた。飛ばされたレインはかろうじて残っていた岩壁にそのままめりこむ。ドオオオオンという大きな音がして、レインは岩壁ごと崩れ落ちて行った。


 地面に落ちたレインは何が起こったのかわからないまま瞳を開ける。すると、目の前にはユリスの顔があった。ユリスはレインの胸ぐらを掴みレインを無理やり起こす。どうやらレインはあの一瞬でユリスに殴られ、その衝撃で吹っ飛ばされたようだ。地面に落ちたレインにすぐユリスは追いつき、レインの胸ぐらを掴んでいるという状況らしい。


「お、前、また、殴……」

「お前はちゃんと見なきゃいけないものがあるんだ。だから今回は気絶しないように加減をしたし、両目が使えなくなることがないようにこの間と同じ側を殴ったから。その片目であの顔を見てみろよ」


 グイッと胸ぐらを引き上げ、ユリスはレインの顔をリリィの方へ向ける。


「リリィの顔が見えるか。お前は好きな相手をあんな表情にさせてるんだぞ。あんな顔にさせて、あんな辛そうな表情にさせて、お前は本当に好きなのか。お前が好きなのはリリィじゃない、リリィに執着する自分だろ」


 ユリスに言われてレインはリリィの顔を見る。レインの片目に映るリリィの顔は、辛そうで苦しそうで今にも泣き出してしまいそうな、でも必死に泣くのを堪えている顔だった。


「リ、リィ、ちゃ……」


 声にならない声で呟くと、ユリスが胸ぐらをまたグッと寄せてレインの顔を覗き込む。


「いいか、お前はリリィのことを好きでもないし大切にもしていない。お前はただだだを捏ねてるだけだ。お気に入りだったぬいぐるみを取り上げられた子供みたいに」


 ユリスの言葉に、レインは片目を見開いて憤ろうとする。だが、ユリスはそれを許さなかった。


「本当に好きなら、大事なら、愛しているなら、あんな顔させるなよ。俺は絶対にリリィにあんな顔させたくない。大事だから、大切だから、愛しているから、笑顔でいてほしい。心の底から笑って、幸せでいてほしい」


 レインはユリスの顔を見ながらどんどん眉を下げ始めた。


「昔、リリィの笑顔がお前は好きだったんだろ。それなのに、お前はリリィを笑顔にさせるどころか、悲しませてばかりだ。そんな奴に、俺は負けないしリリィは渡さない」


 そう言ってユリスはレインの胸ぐらを離す。離した衝撃でレインは地面に仰向けに倒れ込み、そのまま動かなかった。


「ぼ、くは、僕は」


 地面に仰向けのままレインは両目に涙を浮かべ、呟く。レインのそばを離れ、ユリスがリリィたちの方へ歩き出すと同時に、リリィはユリスとレインの方へ走り出した。ユリスは俯いたまま歩き、走ってきたリリィはユリスを一瞬見て、そのまま通り過ぎた。


「レイン君!」


 レインの元にひざまづいたリリィは、涙を浮かべたままレインのそばに両手をついてレインを見つめる。


「ごめんね、レイン君、ごめんね。私、レイン君のこと何もわかってなかった。あんなに一緒にいたのに、いつもレイン君のそばにいて世話もしていたのに、何もわかってなかった。何も気づいてなかった。ごめんね、ごめんねレイン君」


 そう言ってリリィは両目からぼたぼたと涙を流す。その涙はレインの顔に降り注ぎ、レインの目尻をつたっていく。


「どう、して、あやま、るの。リ、リィちゃ、んは、何も、悪く、な……わる、い、のは、僕の……ほ……」


 そう言ってレインは両目から涙を溢れさせ、ワンワンと子供のように泣いていた。



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