第32話
リリィが閉じ込められていた屋敷から少し離れた場所に、魔法陣が二つ現れた。そこは周囲を岩壁に囲まれたひらけた場所だ。
一つの魔法陣からレインが、少し離れた魔法陣からはユリスが現れる。
「ここなら思う存分戦えるね」
レインがにっこりと微笑むと、ユリスはレインを睨んだ。
「上級魔法士のお前が、特級魔法士の俺に勝てるとでも思ってるの」
ユリスの体がふわっと浮き、ユリスの周囲に膨大な魔力が現れる。だがそれを見てもレインは微笑を絶やさなかった。
「まさか、僕が何の策もないまま君に挑むと思ってる?僕はね、勝てない戦いはしない主義なんだ」
レインはそう言って懐から一つの真っ黒な石を取り出した。そして、その石に手をかざすと魔法陣が浮かび上がる。その瞬間、真っ黒だった石が真っ赤に発光し、異常な量の魔力が放たれた。
「な、魔石!?」
ユリスが驚くと、レインは微笑んだままその魔石を口に含み、飲み込んだ。レインの体内から真っ赤な光が漏れ出る。
「グッ、ゲェッ、ガハッ」
レインは体を折り曲げてうめき声をあげ苦しそうにもだえるが、すぐにそれは収まった。ゆっくりと起き上がったレインから膨大な魔力が浮かび上がる。レインの顔の片方にかぶせられていた仮面はいつの間にか取れ、眼球のありかすらわからないほどぐじゃぐじゃになっている顔面の片側があらわになっていた。
「その顔……」
「あの時、君に殴られたときの状態だよ。見た目だけなら元の形に戻すことはできるけど、神経はやられてるしこちら側の目は見えない。だから君にまた会うまではこのままにしていたんだ。これを見るたびに、君への憎悪が深まるからね。でももう君にこうして会えたから、元の形に戻してもいいや」
シュルシュルと崩れた片側の顔が修復され、元の綺麗な顔に戻っていく。
「どうしてお前が魔石を持っているんだ」
「僕は見つけた魔石を全てハイルさんに渡していたわけじゃない。そもそもハイルさんを信頼していたわけじゃないし。僕はずっとずっと研究一筋で生きてきたから、本当はリリィちゃんの持っていた赤い雫の発動の仕方も知っていた。僕はね、いつかあの研究機関を乗っ取ってやろうってずっと考えてたんだよ」
レインは、美しい顔で妖艶に微笑みながら言葉を続ける。
「僕たちの施設を破壊したのも、この周辺の町を破壊したのも、ハイルさんだ。魔物に魔石をわざと取り込ませて、どれほどの力なのか、どれほどの被害がでるか、ハイルさんは実験したんだ。そして運よく助かった僕たち生き残りを、研究に使うため飼い殺しにするためにやったんだよ。それを知ったとき、本当に驚いたし、許せないと思った」
でも、とレインから微笑みが無くなる。
「君たちが来て、あの研究機関自体が無くなってしまった。ハイルさんも死んでしまったし、リリィちゃんは僕のこと好きでいてくれないし、僕の生きている意味はなくなっちゃった。だから」
フワッとレインの体が浮かび上がり、さらに禍々しい魔力がレインの周りに渦巻く。
「君を倒して、リリィちゃんを殺して、僕も死ぬ」
嬉しそうに微笑んで、レインは片手をユリスへ向けた。
◇◆
ユリスとレインがいなくなってからどのくらい経っただろうか。リリィは身動きが取れないまま、じっと床を見つめていた。
(レイン君がわからない、どうして?私が施設を辞めてからレイン君に一体何があったの?それとも私が悪かったの?私のせいでレイン君が……わからない、わからないわ)
ユリスとレインのことが気がかりだ。ユリスがレインに負けるわけはないとわかっている。でも、あのレインの様子ではきっとユリスに勝てる何かを隠しているような気がしてならない。
(ユリスさん……)
突然、床に魔法陣が浮かび上がり、そこから次々と人が現れる。
「リリィ!」
「リリィちゃん!」
エデンやロベリオ、エイルが現れ、最後にベリアが現れてリリィに駆け寄った。ベリアはリリィを強く強く抱きしめる。
「リリィちゃん!無事でよかった、本当に、本当によかった……」
「ベリアさん……!」
抱きしめられたことによって伝わる体温が温かい。その温かさにリリィは目頭が熱くなる。
「ユリスは無事に到着したようだな。リリィも無事でよかった」
リリィにかけられた魔法を視てエデンが言う。
「ユリスさんが!レイン君とどこかに行ってしまったんです。きっと二人きりで戦っています。レイン君のあの自信満々な様子、きっと何かが……ユリスさんを助けてください、お願いします!」
「大丈夫、俺たちはそのためにきた」
リリィの目の前にしゃがみ、目線を合わせてロザリオは優しく微笑んだ。その微笑みを見てリリィは心がふんわりと暖かくなり落ち着く。だが、すぐにレインが言っていたことを思い出してエデンたちを見る。
「それから、この周辺に魔石をとり混んだ魔物が数体いるとレイン君が言っていました」
「魔石を取り込んだ魔物?レインは魔石を持っていたのか?」
「詳しいことは何も分からないんです」
リリィが申し訳なさそうに首を振ると、エデンは顎に手を添えて考え込む。
「奴がハイルの研究とは別に魔石を所持していたとなると、ユリスも危ないな……早急に魔物の討伐とユリスたちの捜索だ!」
エデンが指示を出すと、リリィのそばに座っていたベリアがリリィの手を握って言った。
「大丈夫、心配しないで。私たちが絶対にユリスさんを見つけ出すから。全員で一緒に帰ろう」
その言葉に、その場にいた研究課の人間全員がリリィを見てしっかりと頷いた。
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