第21話

「誰が誰に釣り合わないって?」


 静かに、だが圧のあるユリスの強い声が響く。


「あ、あんたにこいつがだよ。こいつはあんたとは違って何かに秀でてるわけでも優れてるわけでもない。そんな女があんたに釣り合うわけないだろ。それに」


 リゲルはユリスの顔とリリィの顔を交互に見ながらさらに口を開く。


「悔しいけどあんた、めちゃくちゃイケメンじゃないか。女なんて選びたい放題だろ、なのになんでこいつなんだよ。あんたみたいなイケメンの隣にこんな普通の女がいるのは誰が見たっておかしいって。まぁこいつも見た目は別に悪くないけどあんたほどのイケメンの隣には……」

「……いい加減にしろ」


 リゲルの言葉を遮ってユリスがドスの効いた低い声で言う。


「しゃべるのを止めないとその口が二度と開けなくなるようにするぞ」


 リゲルをにらみつけるユリスの眼光は鋭い。その言葉は冗談でも大げさでもなく確実にやってのけるという気迫が感じられ、リゲルは恐ろしさにひっ!と怯える。


「お前みたいな男がいるからリリィみたいな素直で良い子が苦しむんだ。いいか?リリィの良さを何もわからないやつが知ったような口をきくな。お前に俺とリリィの何がわかる?リリィは俺に相応しい女性だ。俺はリリィじゃなきゃだめだ、絶対に」


 ユリスはリリィの手を掴み、自分の元へ引き寄せるとしっかりと肩を抱いた。


「二度と俺たちの前に現れるな。リリィにも話しかけるな、もし話しかけたら今度こそその口を永遠に閉ざしてやる」


 ユリスは隠している魔力を纏ってリゲルへ宣言する。放出したその魔力はユリスにとってはほんの一握りのものだが、リゲルはあまりの恐ろしさにそれだけで腰が砕けその場に崩れ落ちる。


「帰ろう、リリィ。騎士団長にはもう言ってある。仕事は無事に終わったし、こんな所にいつまでもいるのは不快だ」


 そう言ってリリィの肩をさらに引き寄せると、ユリスの足元に転移魔法の魔法陣が浮かび上がり、ユリスとリリィはその場から消えた。




 ユリスとリリィはユリスの部屋に戻ってきた。


「よ、よかったんでしょうか?研究課から持ってきた荷物も置いてきたままですし……」

「荷物は後日送ってもらうことにしたから平気。そんなことより、大丈夫?」


 心配そうにリリィの顔を覗き込むユリス。そんなユリスの顔を見て、先程のリゲルとの会話を思い出してリリィは複雑な表情になっていた。


「……リリィ、さっきのあいつの言葉、気にしてるの」


 少しだけ眉間に皺を寄せユリスは尋ねた。そんなユリスの顔を見ながら、リリィは言葉が出ない。


 こんなにも端正な顔立ちのユリスさんの隣にいるのがこんな平凡な私でいいのたろうか?


 あれほどの魔力を持ち魔法に秀でたユリスさんの隣にいるのがごくごく一般的な私でいいのだろうか?


 ユリスさんは私がいなくてもいずれもっと素敵な女性と出会い、恋に落ちるのではないだろうか?


 私が隣にいるのは、もしかしてユリスさんの未来にとって邪魔なのでは……?


 心の中に不安や疑問が次々に湧いて広がっていく。何も言えずただただ呆然とするリリィを見てユリスは苛立ち始めた。


「リリィ、なんであんな男の言葉に惑わされるの。どうしてあいつより俺の言葉を信じてくれないの」


 リリィの肩をゆさゆさとゆすりユリスは苦しそうに言う。だがリリィはユリスの顔を見つめたままだ。


 ちっ、とユリスは舌打ちをしてリリィの後頭部を掴み、口づける。その口づけは性急で荒っぽく、何度も何度も執拗に繰り返される。急に、しかもねちっこく繰り返される口づけにリリィは息がままならない。


(く、苦しい……ユリス、さん……)


 頭がぼうっとする。足に力が入らなくなってリリィは立っていられなくなるが、リリィの腰をユリスがしっかりと掴む。ようやくユリスの唇が離れ開放されると、リリィの顔は酸欠も相まって蕩けきっていた。


「そんな無防備な顔して……。いい?俺はリリィのことが大切なんだ。好きで好きで仕方ない。こんなことになるなら誰にも会うことのないようにリリィを閉じ込めてしまいたいくらいだ」


 苦しそうにそう言うとユリスはリリィの肩に顔を埋める。


「そんなのおかしいし馬鹿げてるってわかってるよ。でも俺は本当にリリィが大切でどうしようもない。こんなにも苦しくなるのはリリィだけなんだ。それなのに、あんな男の言葉に惑わされて不安になるなんて」


 ユリスはリリィを抱きしめながら苦しそうに言葉を紡ぐ。


「俺たちの時間は俺たちにしかわからないでしょ。他の誰かの言葉じゃなくて、俺たちの過ごしてきた時間を信じてよ。俺を信じて、ずっと俺の隣にいて」


 お願いだから、と呟いてユリスが抱きしめる力を強めた。


「ユリス、さん……」


 抱きしめられたリリィは、静かにユリスの背中に自分の手をまわした。


(こんなにも、こんなにも辛そうで、でも必死に思いを伝えてくれてるのに、私は自分のことばかり考えて……)


「ご、めん、なさい、ユリス、さん……」


 いつの間にかリリィは泣いていた。ユリスを信じようとしてない自分にも、自分のことしか考えていなかった自分にも腹が立つ。そして、ユリスの苦しみを思うとどうしょうもなく悲しくなった。


 ユリスはそっとリリィの肩を掴みリリィの顔を覗き込む。


「ずっと俺のそばにいて?」

「……は、い」


 ひっく、と泣きながらリリィは力強く頷いた。その返事にユリスは嬉しそうに微笑み、そしてゆっくりとリリィへ口づける。

 今度は先程のような荒っぽい口づけではなく、どこまでも優しかった。


 そのまま、ユリスはリリィをソファへ押し倒しお互いに満足するまで抱き合った。



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