第17話

 リゲルがリリィの両手を拘束しそのまま無理やり口付けようとしたその時、ユリスが魔法薬庫の鍵を無理やりあけて入ってきた。


「ユリスさん!」


 ユリスの姿を見て悲痛な叫びをあげるリリィ。


「……うちのリリィに何してる」


 魔法薬庫に来たユリスは、リリィとリゲルの様子を見て怒りをあらわにした。


「あんたは研究課第一部門の……いや、ちょっと昔話をしてたんですよ。な、リリィ」


 リゲルはヘラッとした笑いでリリィに返事をうながすが、リリィはリゲルを怯えた様子で見つめ、それからユリスを見た。その瞳は明らかに動揺し助けを求めている。


「昔話?……あぁ、なるほど、あんたか」


 はぁ、とため息をつきながらユリスはリゲルに近づき、リゲルからリリィを奪ってリリィを庇うようにして立ちはだかった。


「うちのリリィに変なことをするのはやめてもらえますか。しつこい男は嫌われますよ」

「は?何言ってんだ、しつこいのはこいつだろ。わざわざ研究課に移動して俺に会いに来て……」

「だからそんなんじゃないわよ!何度言えばわかるの、あなたになんて二度と会いたくなかったのに……」


 リリィはユリスの背後からリゲルに向かって言い放つ。そんなリリィをユリスは静かに

見つめ、そっとリリィの肩を抱いてリゲルを一瞥した。


「もうリリィに不必要に近寄らないでください。それからリリィへ仕事を頼むなら俺を介してください。それじゃ」


 ユリスはそう言ってリリィを連れて魔法薬庫を後にしようとする。


「ちょっ、何勝手なことを……!」


 リゲルがユリスたちを引き止めようと声をかけたが、ドアを開けて出る寸前にユリスだけが振り返りリゲルを見る。その視線は憤怒と憎悪が入り混じった恐ろしい視線でリゲルは思わずヒッと息を呑み呟いた。


「なんなんだよ、あの男……」






 魔法薬庫をあとにしたユリスは、リリィを連れて無言で突き進み人気のない廊下で突然立ち止まった。


「ユリスさん……?」


 リリィが静かに声をかけると、ユリスは突然リリィを抱きしめた。その力はあまりにも強く、リリィは苦しくなってうめいてしまう。


「ユ、リスさん……」

「よかった、リリィが無事で、本当によかった」


 強く強く抱きしめるユリスにリリィは何も言えず、ただ苦しさでうめくばかりだ。ユリスはすぐに手を緩め、リリィの両肩を掴んで顔を覗き込んだ。


「魔法騎士団の団員に俺たちの紹介をされた時、明らかにリリィの様子がおかしかったから嫌な予感がしたんだ。いつの間にかリリィがいなくなって、団員たちに聞いたらリゲルって男がリリィに仕事を頼んだって聞いたから急いで駆けつけたんだよ。そしたらあんなことになってて……変なことされなかった?」


 苦しそうな表情でユリスが尋ねてくる。


「ユリスさんが来てくれたから大丈夫でした」


 その時のことを思い出してまた恐怖が蘇ったのか、リリィの両手は震えている。その両手をユリスは掴んで、はぁーっと大きなため息をつきリリィをじっと見つめる。その目は明らかに怒りを含んでいた。


「リリィ、どうしてあんな男にホイホイついていったの。どう考えてもダメだろ。何をされるかわかんないんだ、それなのに」

「……仕事を頼まれたんです、それに最初は違う人に頼まれて、魔法薬庫の在庫がないから確認して補充してほしいって言われたんです。それで魔法薬庫に行ったらあの人が来て……」


 リリィは苦しげに弁明するがユリスは怒った表情のままだ。


「たとえ仕事を頼まれたとしても、一度俺に知らせてほしい。あんな男がいる場所でいつ何が起こるかわからないんだから。現にこうなっただろ」


 ぎゅっとリリィの手を掴むユリスの力は強く、痛いくらいだ。


「……ごめんなさい」


 しゅんとして謝るリリィを、またユリスは抱きしめた。今度は苦しくなるほどではないが、それでもやはり力は強い。


(あいつがリリィに触れたと思うと本当に嫌だ。ムカつく。誰にもリリィに触れてほしくないのに、よりにもよってあんな男が……)


「今後、どんな行動も俺と一緒にすること。これは先輩としての命令だから」

「わ、わかりました」


 その日、ユリスはどんな業務を任されてもリリィのそばを一時も離れなかった。そしてそんな様子をリゲルが忌々しそうな目つきで追っていた。



 


 魔法騎士団の応援に来てから一日が終わり、リリィは騎士団本部の宿舎の一室で一息ついていた。ユリスとは部屋が別だが、ユリスの部屋はすぐ隣で何かあればすぐに駆けつけると言っていたので安心だろう。


 明日は実際に東の大森林へ魔物討伐のために足を運ぶ予定だ。リリィは魔力も人並みで実戦向きではなく回復部隊などの後衛に回されるはずだったが、ユリスの鶴の一声でユリスと共に前衛に赴くことになった。ユリスは特級魔法士ということを業務上隠しているが、上級魔法が使える数少ない魔法士ということは魔法省内に知れ渡っているのでユリスの発言力はかなり強い。


(ユリスさん、結構過保護なのかもしれない。そもそもは私がちゃんとユリスさんに言わずにリゲルとあんな風になってしまったせいなんだろうけど)


 ふうっとため息をついてからベッドに倒れ込む。まだたった一日なのに色々ありすぎて本当に疲れた。しかもリゲルがいるなんてやっぱり心がどんよりと曇ってしまう。ユリスがいることによって安心ではあるが、ユリスの怒る様子を見てそれはそれでなんだか息苦しく申し訳なく感じてしまうのだ。


(明日、無事に討伐が終わるといいな……)


 疲れきった体と頭のおかげなのか、リリィはそのまま眠りについた。





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