第30話 毛玉の求愛
どうして今それを言う、とシェーラに問われたリルは、目を大きく見開くと、乱れた呼吸を繰り返しながら呟く。
「だって、危険は無いって。無害な相手かと思ってました!」
「無害ではないですね! 相手は魔物なので!」
シェーラはそれ以上リルと押し問答することなく、視線をすべらせた。
張り詰めた神経が、樹間に魔物の気配を拾う。シェーラが確認できるのは、五感で探れる近距離のみ。まったく視界のきかない奥の方まで、即座に数を割り出すことはできない。
それでも、左右から大きく囲いこみ、徐々にその範囲を縮めながら近づかれていると察知する。
戦いの気配。頭が冷えていき、淀みなく次の行動が見えて来る。
無駄のない、最適な行動を。
「細い道で隊列が伸びた頃合いに急襲するというのは常套手段ですが、
シェーラは、騎士たちに魔術師を囲んで守るようにと指示を出しつつ、剣を抜いた。
「
「見ようによっては可愛い」
シェーラの返答に対し、「可愛い魔物は戦いにくいなぁ」と呟いてエリクがわずかに顔をしかめた。
騎士が十人、魔術師が二人。
魔術士をかばうように騎士で囲んで、油断なく辺りを見回す。
「なんかすごい魔法撃ちますか! 火の魔法は得意です!」
緊迫した様子のリルが、大雑把かつ物騒なことを言い出した。
シェーラは「山火事は損失が尋常ではありません!」と言い返す。
「いざとなったら、団長が雨降らせてくれるから大丈夫ですよ。あのひとそのへんの気遣いばっちりなので」
リルとは対照的に、のんびりとした調子で魔術士の青年バリーが口を挟んだ。
(アーロン様、ものすごく頼りにされている……! さすがです!)
名前が出ただけでテンションが上がったが、そんな場合ではない。
「アーロン様は、今回の調査任務に参加していません! いないひとをあてにした作戦はだめです!」
ごくまっとうなことを言って諌め、シェーラは周囲への警戒を強めた。
のそ、と草を踏みしめる音が聞こえた。
ほとんどすべての方向から、のそ、のそ、と音と気配が近づいてきた。
「女性は攻撃されないんですよね……?」
まだ怯えた顔をしているリルが、誰にともなしに呟いた。
シェーラはさりげなくリルを背にかばいながら、小声で答える。
「怖いなら私の後ろにいてください。
言い終わらぬうちに、「見ようによっては可愛い」「おっかないビーバー」が二本の後ろ足で立った姿で木の間から現れた。
鋭い前歯を持つ、大きな獣たち。
「あれは、全然可愛くはないです!」
背後のリルから猛然とした抗議を受け、シェーラは振り返らぬまま「毛玉の生き物は大体可愛い!」と言い返す。
「副団長。魔物の肩を持っているところ恐縮ですが、襲いかかってきたら切って良いんですよね? あいつら普段は男に容赦無しらしいので」
周囲を警戒したまま、エリクがシェーラに声をかけた。
シェーラは目の前に現れたひときわ大きな個体を見つめ、見た目は可愛い毛玉だなと再確認しつつ、断腸の思いで返事をする。
「相手は魔物だからな。身の危険を感じたら、優先するのは仲間と己の命だ」
厳しい声で告げるシェーラの前で、
「か……かわいい……」
思わず呟いたシェーラに対し、他の騎士団員たちは「迫ってきてますよ! 副団長!」と戦意を呼び戻そうとするかのように声をあげる。
その最中に、リルがぼそりと呟いた。
「は~……シェーラ副団長って、見かけによらず可愛いもの好きなんですね。じゃあアーロン様なんて、全然好みじゃなくないですか?」
「何言ってるんですか!? アーロン様は可愛いもかっこいいも優しいも素敵も全部兼ねてますけど!?」
煽られたシェーラが言い返したところで、大きな個体である
「副団長……!」
危機と見てとったエリクが、注意喚起するかのように叫んだ。
「花?」
なんだこれは私に? とひたすら不思議がるシェーラの耳元で、リルがくすっと笑った。
「シェーラ副団長、求愛行動ですよ! 魔物からすると、たくましいシェーラ副団長はお姫様に見えてるんじゃないですか? わぁ、アーロン様よりもお似合いです! 結婚しちゃえばいいのに」
「私はもう人妻なので無理です! リルさんは独身ですか?」
「はー!? なんでいま魔物を私に斡旋しようとしました!?」
自分は間に合っているので、とシェーラは冷静に返したがリルは「失礼じゃないですか!」と怒り心頭の様子。先に自分が失礼なことを言ったのは、すでに忘れているらしい。
相手をしていられない、と見切りをつけたシェーラは
「夫がいます。あなたとは結婚できません」
数秒の後。
突然、周囲を取り囲んでいた
様相が一変し、不穏な気配が漂った次の瞬間、シェーラの目の前の
表情を鋭いものに変えたシェーラは、即座に応戦しようと剣を構える。
その背に、リルが体当たりをしたことで、シェーラはバランスを崩した。
(えっ!?)
体をひねりながらシェーラが目を見開くと、視線の先でリルも驚いた顔をしていた。
そのまま、無理な体勢で
「遅くなりました」
そのシェーラの体を、横合いからかっさらった、力強い腕。
覚えのある声。
どうして、と声にならない声で呟いたシェーラを抱え直すように抱き寄せて、不意に姿を現したアーロンは
「俺の妻に求愛行動? ふられたから実力行使? 殺す理由は十分すぎる」
片腕を振り上げると、強力な風の魔法を行使して、
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