第7話 えぇい、埒が明かない(※別視点)

「状況をお伝えします。二人の間に壁ができました!」


 アーロン、シェーラ両名の動向を追いかけていたユリウスが、声を張り上げて報告をした。


「壁……!?」


 再び、空気がざわりと揺れる。

 今にも「なんですって」と言い出しそうなヴェロニカの横を、白髪の少年騎士エリクが走り抜けた。


「ユリウスくん、僕も偵察任務に入ります。報告は僕に任せて」


 窓際に立つローブ姿のユリウスと肩を並べ、身を乗り出して眼下に視線をすべらせる。

 銀髪に透き通るようなすみれ色の瞳のユリウスは、「あっ、あっ」と慌てた声を上げた。


「いまお店に入っちゃって、テラス席なんですが角度的に直接は見えないんです。水の精霊ウンディネの力を借りて、噴水の水に反射させて見ているところで」


 二人がいま座っている席を、こうして水から水に媒介して……と律儀に説明を始めるユリウス。

 エリクは窓枠から体を起こすと、正面からユリウスと向き合い、真面目そのものの顔で頷いた。


「わかった。それなら、見たままを僕に教えてください。会話は聞こえていますか?」

「ごめんなさい。風の精霊シルフの力を借りられれば探れたと思うんですけど、僕の力ではそこまでできなくて」

「了解。見えたものを教えてくれるだけで十分ありがたいです。僕がうまく翻訳しますので、お任せください。姉様は思い込みが激しいので、妄想が先走らないように全方向の可能性を潰して塞いで、間違いようのない言葉で正確に伝えるのが大切なんです」

「はい!」


 弟ならではの助言に、ユリウスは目を輝かせて返事をした。

 そして、再び偵察任務に戻り、実況を始める。


「すごい壁なんです。あれでは会話もままならないと思います。溝の方がまだマシだと思うんですよ。二人の間に溝」

「壁の材質は?」

「パンケーキですね」「了解」


 ユリウスから問題なく情報を聞き取ったエリクは、後ろに控えた面々を振り返って告げた。


「仲良くパンケーキを召し上がっているようです」

「ん? なに? わからないわ、どういうこと? エリク、いま姉様に対して何かごまかさなかった? 壁……」

「姉様、落ち着いてください。パンケーキを召し上がっているだけです。きっとお二人ともお腹が空いていたのでしょう、少しばかり大盛りを注文したんだと思います」


 騙されないわよ? と言わんばかりに前のめりになったヴェロニカを手で制し、エリクは毅然とした受け答えで切り抜ける。

 その隣で「水の精霊ウンディネさんお願いします」と呟いていたユリウスであったが、とらえた光景にショックを受けたように「アッ……」と叫んで絶句した。

 エリクは、素早くその肩に片手を置いて「落ち着いて教えてください。どうしましたか?」と尋ねる。


「騎士姫さまの奥義が炸裂しました……!」


 エリクは頬を強張らせ、まなざしを鋭くした。


絶対的アブソリュート竜殺戮剣ドラゴンスレイヤーで間違いないですか?」

「はい……! 僕、騎士姫さまのファンなので、見間違えはありえないです!」


 力強く断言をされて、エリクは顎に手をあてて考えるような仕草をする。「どうした、なんか変な報告が聞こえたぞ。竜が出たのか」とバートラムが遠巻きに声をかけると、エリクは「大丈夫です」と素早く答えた。


「もし街中に竜が出現したら今頃大騒ぎです。竜は出ていません。しかし副団長の奥義が……」

「なになにどういうこと? 二人、早速決裂したの?」


 ヴェロニカが結論を急かすように尋ねる。

 エリクはそこで顔を上げて、きっぱりと言いきった。


「ほどよい緊張感の中、二人で仲良くパンケーキを召し上がっている、と。この推理で間違いありません」


 その横で「あっあっ」とユリウスが短く悲鳴を上げる。「そんな、騎士姫さま、団長にまで奥義をっ」エリクはバートラムを真っ直ぐに見つめた。


「副団長が、アーロン団長のパンケーキを切り分けたみたいです。いや、ラブラブですね。完全にカップル仕草ですよ。熱いなぁ」

「いくらシェーラでもその場面で絶対的アブソリュート竜殺戮剣ドラゴンスレイヤーは繰り出さないんじゃないか?」


 話半分、と呆れた様子で受け止めて聞いてきたバートラム。エリクは、ユリウスに優しく声をかけた。


「参考までに聞きます。お二人が挑んでいるパンケーキ、ユリウスくんなら完食できると思いますか?」

「絶対に……無理ですね。あれは、僕には倒せません」

「そういうことです、団長です。ラスボスを相手取っているんですから、奥義くらい出ます」


 話をそつなくまとめあげようとしたところで、ヴェロニカが悔しそうに「くっ」と息をもらす。


「騎士姫だけに戦わせて、アーロンは何をしているの? 魔術師団長ともあろう者が情けない。ラスボスくらい瞬殺しなさいよ……!」

「姉様、それは無理です。アーロン様はそこまで大食漢ではないはず。ちなみにうちの副団長は底なしです。その点ではアーロン様、勝負にならないと思います」


 冷静そのもののエリクに断言されて、ヴェロニカはむすっとふくれた。

 弟を睨みつけ、苛立ったように言った。


「もう、黙ってられない。ちょっと行ってくるわね」


 身を翻して、物見の小部屋を出ていこうとする。

 その後姿に、バートラムがのんびり声をかけた。


「ヴェロニカ副団長。それはまずい。まだ保護者の出る場面じゃない」

「私は現場第一、前線主義なんです! いつまでも後方にはいられません!」

「しかし、あなたが出ていけば目立つでしょう。二人に気づかれたら、ここで作戦終了になる恐れがあります。それはまずい、ほら、陛下の手前」


 容易に説得ができないと踏んだバートラムが、さりげなく国王の威光をかざす。

 んぐ、とヴェロニカはひるんだ表情になった。

 そこに、エリクが果敢に割って入った。


「僕が行ってきます」

「だめよ! ラスボスがうろつくところにエリクを行かせるわけにはいかないわ。行くなら姉様が」

「あ~、なるほど姉様そこに引っかかっていたのか。いませんいません、ラスボスいません。ご安心を。姉様が行くと目立つので、行くなら僕が」

「そんなに言うなら、姉様がエリクっぽく変装すれば良いってことよね?」

「え?」


 全員が「?」となっている中で、ヴェロニカは素早く呪文を唱え、自分の体をべつのものに変化させた。




 にゃぁー……




 毛の白い子猫。

 その姿で、ヴェロニカは得意げににゃあにゃあと鳴く。「なんて言ってる?」とバートラムに振られたエリクが「ええとですね……」と考えてから答えた。


「僕っぽく変装した、と言っていると思います。たぶん、姉様そのものなら黒猫なんですけど、偵察係が僕なら僕の代わりになるように僕っぽく変装……この髪の色」


「変装どころか、変化できるならもうそれでいいだろ。むしろなんでエリク感出して白猫になる必要があるんだよ」


 真顔で言い切ったバートラムの足元で、白猫がにゃあにゃあと鳴く。バートラムは、エリクに「通訳」と命じた。

 エリクは首を傾げながら「おそらくなんですが……」と困惑仕切りの様子で告げた。


「歩幅が思ったより小さいので、塔を降りるのが大儀だから運んでほしいと言っています。団長がこの中で一番体力がありそうなので、運搬役に任命すると。なんかマジでうちの姉がすみません」


 とんでもない横暴を、と冷や汗を流すエリク。

 一方のバートラムはさほど気にした様子もなく「そうかそうか」と頷き、足元の猫を拾い上げた。


「それじゃ、もう少し近くから監視を続けますか、副団長殿」


 バートラムの大きな手にちんまりと収まった白猫は、目を輝かせて一声鳴いた。


「にゃん!!」


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