第6話 デートなので必殺技くらい出ます。
「騎士姫さま、ですか? 私が?」
手を繋いでの長距離移動は命に関わる、と心臓を手で押さえたアーロンに言われて、シェーラは広場に面した行きつけのカフェへとアーロンを誘った。
パンケーキで老若男女に人気の店である。
シェーラは屋外に拡げられたテラス席に進み、「いつもの!」と顔見知りの店員にオーダーをする。アーロンも「同じので」と笑顔で言ったので、注文は実にスムーズだった。
十段重ねパンケーキ・同量の生クリーム添え・フルーツ別盛り(ボウルに一杯)。
どん、とテーブルに置かれると、ほとんど城壁越しに会話をしている状態になる。「シェーラさんが遠くなりました……」とうっすら笑って呟くアーロンに対し、責任を感じたシェーラは「たしかに、魔術師団と騎士団の間に壁を築いている場合ではありませんね!」と答えて、もっくもくと食べながら会話をした。
その流れで、アーロンが思い出したように言ったのだ。「シェーラさんは魔術師団の中では『騎士姫さま』と呼ばれていまして」と。
「魔術師団と騎士団は、表面上仲が悪いこともあり、互いのメンツの問題で団員間の交流というものが活発ではありませんが……。同じ職場で、場合によっては遠征先で共同作戦も展開する間柄なわけですから、シェーラさんの勇猛果敢さのファンとなった団員は、魔術師団内にも多くてですね……。遠くから『騎士姫さま』と呼んで慕っているんです。俺も心の中でずっと、シェーラさんはお姫様だと」
「それ!!」
アーロンの声が控えめになったところで、シェーラはここぞとばかりに口を挟んだ。
その勢いに、アーロンは目を見開き、口を閉ざす。
遮った形になったのをわずかに気にしつつ、シェーラはメープルシロップのついた唇をさりげなく指でぬぐって、話を引き継いだ。
「わかります、騎士団の中にもすごく多いんですよ、ヴェロニカ様のファン!」
「ヴェロニカ?」
ん? と首を傾げたアーロンに対して、シェーラは興奮しきりにぶんぶんと頷く。
「あの大胆な戦法と、統率力。アーロン様とは別作戦になることが多いので、実際の戦場でのヴェロニカ様をあまりご存知ないかもしれませんが、本当に素敵なんです……! しかもあのお美しさ。女性としても憧れですけど、私が男だったら放っておかないですね」
「ヴェロニカを?」
まだピンと来ない様子で、大ぶりにカットされた桃をもっくもくと食べているアーロンに向かい、シェーラはじれったい思いで言い募る。
「アーロン様は、近くにいすぎて気づかないのではないですか? ヴェロニカ様の素晴らしさを」
「優秀さは、把握していますよ。それこそ同じ一族で同年代、子どもの頃から何かと一緒に勉強したり修行したり」
「ですよねっ! お二人は幼馴染なんですよねっ!!」
シェーラはすかさずその話題に食いつく。「うん……」と曖昧に頷くアーロンを前に「いいなぁ……」と呟き、うっとりとして頬を染めた。
「私、騎士団で初の副団長なんて言われてきましたけど、目標とする女性がいたのもあって頑張れたと思っています。ヴェロニカさんは私の恩人なんですよ。その、遠巻きに見ているだけですけど。話すなんてとんでもない、恐れ多いですからね、あんなお美しい方」
「客観的に見て、ヴェロニカの容姿が評価に値することには大いに同意します。本人の努力が多分にあると思いますので。ですが、個人の好みの話としては、俺はシェーラさんの方が」
アーロンの声を聞きつつ、シェーラは手にしたナイフを構え直し、七段までかさを減らしていたパンケーキをずばっと一刀両断。
無意識の行動。
気づいて、はっと息を呑む。
「すみません。戦場のヴェロニカさんを思い出していたら、ついつい必殺技が出てしまいました。剣と魔法でなければ、お手合わせお願いしたのになって」
「……だよね。いま必殺技出たよね。綺麗な断面だね、パンケーキ」
「あっ、アーロン様、よろしければ私、切り分けましょうか? コツがわかるまでは結構難しいですからね、積み重ねたまま綺麗に切るの」
まだ九段分のパンケーキを残しているアーロンを気にしてシェーラから申し出ると、アーロンは蕩けるような甘い笑みを浮かべて頷いた。
「シェーラさんに切ってもらえるだなんて、幸せ過ぎてドキドキします」
そして、すっと居住まいを正す。
その様子を見て、シェーラは慌てて言った。
「アーロン様は切らないですよ? パンケーキですからね? でも必殺技が出ますから、安全のため少し避けて頂いた方がいいかもしれません。じゃないとその……、誰かに見られたときに問題になりかねないので。私が食事中のアーロン様に不意打ちで切りかかっていたなどという誤解が生まれ」
早口になったシェーラに、アーロンが笑顔で答える。
「そのときは二人で誤解を解きましょう。『ただデートをしていただけで、たまたま相手に向かって必殺技が出てしまっただけです』と言えば、たいていの方ならわかってくれるはずです」
「そうですね!」
気遣いに満ちた言葉に、シェーラもまた「どうしても私、心配しすぎちゃうみたいで。心配性なんです」と言い訳をしながら、同意した。
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