第5話 物見の小部屋から状況を整理します。(※別視点)

「団長のお姫様抱っこを確認しました!」


 広場に面した市庁舎の塔の上、物見の小部屋にて。

 眼下で繰り広げられた光景を目視で確認した若手の魔術師、ユリウスが窓辺から叫んだ。

 瞬間、居合わせた者たちの間で、空気が揺れる。

 くつろぐにはやや狭すぎるその場には、古ぼけたテーブルがひとつ。囲んでいるのは、四人の男女。そのうちのひとり、魔術師のローブをまとった黒髪の美女ヴェロニカが、豊かな胸をそらしてふっと吐息を漏らした。


「『お姫様抱っこ』ですって。ほほほ、お聞きになりました? お姫様だっこ。まあ~騎士姫さまってば、かわいい♡」

「あ、ええと」


 ユリウスがいかにも物言いたげに手を差し伸べたが、ヴェロニカはすでに聞いていない。


 ヴェロニカは魔術師団の副団長にして、姓はエウスタキオ。アーロンの従姉妹にあたる。年齢はアーロンと同年代ながらその地位にある時点で、実力はもちろん魔術師団屈指。

 そしてまた、ずばぬけた美貌の持ち主でもあった。身に着けているものこそ魔術師の証、紺色の地味なローブながら胸元は傍目にもはっきりとわかるほど盛り上がっており、身動きをするだけで布越しにメリハリのある体型が浮かぶ。

 視線を流せば、壮絶な色香。

 偵察係のユリウス以外の三人、いずれも筋肉質な体つきに騎士服をまとった男たちを見回すと、余裕たっぷりの笑みを浮かべて言った。


「噂の騎士姫さまはいかほどのものかと思っていましたが、アーロンに即落ちみたいですね。ほぉら、あなたがたが大切にしすぎたから、男耐性・免疫ゼロなのではなくて? もう、うちの団長からしてみたら赤子の手をひねるものでしょう。歯ごたえのない」


 面と向かい合って煽られるにいいだけ煽られているのは、騎士団の団長バートラム。ううむ、と唸るものの、色気満載の魔女を前にして、強く言い返すことはない。

 バートラムに付き従っていた、もう一人の騎士も状況は同じ。苦虫を噛み潰したように顔をしかめつつ、唇を引き結んでいる。しかしいまひとりの、入隊間もないであろう十代半ばとみられる白髪の少年騎士が、眉をひそめて言った。


「姉様、失礼ですよ。姉様は魔術師団の副団長じゃないですか。騎士団の団長であるバートラム様とは、階級でも差があるんですから、そこまで感じ悪く挑発するのはやめてください」


 少年騎士の名は、エリク・エウスタキオ。見事な白髪の印象が強いが、もしそれが黒であればヴェロニカとの顔の相似はより鮮明に、誰の目にも明らかであっただろう。姉弟である。

 自軍魔術師団優勢と過信し、安心しきった姉ヴェロニカが、エリクにとっては直属の上司バートラムに投げかけた失礼極まりない言動を、真っ向から諫める。

 ヴェロニカはキッとエリクを睨みつけ、きつい口調で言い放った。


「おだまり、エリク。魔力が無いからって騎士団に入団したような我が一族の裏切り者に、姉様はとやかく言われたくありませんの」

「姉様、おとなげない。信じられないくらいおとなげないです。騎士団を敵視するのは、やめてください。同じ国の別部署ですよ? いがみあう関係性ではないんですよ、本来なら」

「お説教? あなたね、エウスタキオの一族としての誇りはどうしたの? 今は長年に渡って争ってきた仇敵を、大将同士の一騎打ちで一網打尽にできるチャンスなのよ! 姉様、このチャンスは絶対に逃しません。生かします。ここぞとばかりに、この筋肉髭男を打ちのめします」


 まるで私怨でもあるのかと、危ぶまれるほどに。

 迷いのない口調で、攻撃的な言動を繰り出す魔女ヴェロニカ。

 あちゃー、と顔を歪めたエリクは、「姉様、言い出したらきかなくて。すみません、団長」とバートラムに対して小声で謝罪する。

 バートラムは腰に片手をあて、エリクにちらっと視線を向ける。


「いやまあその。大丈夫だ。魔女の挑発に乗らないだけの分別はある。というか、どうも魔術師団の中の一部の者にとって、今日の見合いが雌雄を決する最終決戦という認識になっているらしいことはわかったが、違う。あれはデートだ。シェーラが団長に即落ちしたならそれはそれで平和遠からじ……」


 ぶつぶつと言うバートラムに対し、窓際で偵察を続けていたユリウスが、すかさず言った。


「あの、団長、抱っこされてる方です。騎士姫さまに、うちのアーロン団長が抱っこされてます。お姫様抱っこ」


 不必要なほどに「抱っこ」が繰り返される。ぴしっと、こめかみに青筋をたてたヴェロニカと、ぼさっとした表情で目を瞬いたバートラムの声が重なった。


「なんですって?」「どういうことだそれ」


 主にヴェロニカから発される殺気に、少女のように可愛らしい顔をしたユリウスは泣きそうな表情になりながらも、果敢に返事をする。


「笑顔の騎士姫さまに手を繋がれて即落ちです、団長が」「うそおっしゃい、ユリウス」「騎士姫さまに抱っこされて」「前後のつながりどうなってるの? なんで即落ちしただけで抱っこされてるのようちの団長は」「衛生兵を呼ばれてましたが」「本気で心臓に不具合か何かで死にかけてんじゃなくて?」「天に召されかけてましたけど、先程騎士姫さまの手から下りまして、自分の足で立ちました」


 話を遮る勢いで茶々を入れまくるヴェロニカにめげず、ユリウスは最後まで報告を終える。

 ふーっと、ヴェロニカは息を吐きだした。そして、まるで最後の「自分の足で立ちました」だけを報告として聞き入れた様子で、ちらっとバートラムに目を向けると、勝ち気な笑みはそのままに高らかに宣言した。


「お聞きになりましたでしょう? やるときはやる男ですから。アーロン、できる男です。たとえ一騎当千の騎士姫さまを差し向けられたところで、負けたりなんかしませんからっ!!」


 言い終えたと同時に、ほんの少しだけ場が静まり返った。「ねえさま……」というエリクのごく小さな呟きが響いたところで、バートラムが「皆まで言うな」と言わんばかりにエリクを制する。

 そして、実直そうな、きわめて騎士らしい表情で頷き、言った。


「まさにその通りですな。これは良い勝負どころか、最終的にうちのシェーラが、アーロン団長の胸を借りる展開になるかと愚考します」


 途端、ヴェロニカは大輪の花がほころぶほどにぱっと顔を輝かせ、手を組み合わせつつぶんぶんと頷いた。


「そうでしょうそうでしょう! 見てなさいね、いまにアーロンが目にものを見せてくれますから。吠え面をかかせてやりますわっほほほほほ」


 うんうん、と腕を組んだバートラムはすべてを受け流すように頷いている。「あー」というユリウスの呻きと「ねえさま」というエリクのやるせない声がひっそりと響いた。

 委細気にした様子もなく、ヴェロニカは笑顔で言った。


「さ、偵察の続きをしましょうね。ふふふ、今晩は美味しいお酒が飲めそうね~~」








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